クリスマス・イヴへ向けてのある布石。

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◇小学時代

 さして賢しい子どもだったとも思わないが、成績は良かった。「私の教師としての主義からオール5なんてのは出したくないんだが、出さざるを得なかった」という小6の時の担任の言葉を覚えている。
 習い事は水泳と英会話。水泳は背泳ぎで市の7位くらいだった。英会話は……役に立たなかった。エセ英会話教室だった。あとは陸上の高飛びが市で2位。市の規模を明かさなければ意味がないが、中々大きい市である。わりと、高く飛べた方だ。

◇中学時代

 さして賢しい中学生だったとは思わないが、成績は相変わらず良かった。ずっと、校内1位とか、その位。校外で空手をやりつつ、部活は剣道。コーチもおらず顧問も形だけで、独学でやれるほどには力がなかったため勝ち抜けなかったが、この時の友人が今でも交流があるいづみっチとh村君である。友人と出会えたのは、良かった。一番の収穫だったんじゃないかと思う。
 生徒会などをやりつつ、そのまま県下一の進学校に進学。わざわざ先生が持ってきた推薦の話を断って、敢えて普通入試で受けた。その辺りの妙なこだわりが、今にして思うと僕らしい。

◇高校時代

 中学までは勉強せずとも1位みたいな感じだったんだけど、さすがにそうも行かなくなってくる。でもなんだか1年のウチから勉強する気はおきず、高校生のスタンダードからは離れ気味になり、授業もサボりがちに、なんだか三田誠広小説の主人公みたいな生活を送るようになる。
 その分部活はやった。部活は柔道部。ただ強くなりたいとう一心だったのだけど、今にして思うと、どうも肉体的な強さと精神的な強さを混同していたようなふしがある。でもまあ、後期の三島由紀夫なんかも肉体的な強さを求めて腹筋をやってたなんて話も聞くし、その辺りはアリだろう。結果は県のベスト8。かなり打ち込んだわりにはこの程度だったのかとも思う。やはり、スポーツの才能は無い。
 結局、部活を引退後の半年間独学で勉強に打ち込み、大学には入った。

 ここまでは、ワリと順調な人生。でも、順調なのは、ここまで。

 <つづく>