「だから言ってるでしょ、皆が皆ヒビキさんみたいに強くないんだって」(立花香須実)

 惚れました。

 奇抜なデザインや設定に捕らわれて視聴前は地雷チックだなぁなんて言ってたんですが、コレ、面白い。過去最高に好きなシリーズになるかもだ。

 僕が観てきた龍騎、555、ブレイドの三作品は、どっちかというと主人公らが未成熟な「少年」の役割を担っていたと思うのですよ。20歳そこらの設定のわりには最初のうちは子どもっぽい言動ばかりで幼稚で。でも幼稚なんだけど、幼稚なりに与えられたパワーで敵に立ち向かっていく……そんな物語。その際、立ち向かっていく相手は誰かというと、「少年」が立ち向かう相手は「大人」、もっと広く言えば「大人の論理」だったんじゃないかと思うんですよ。

 龍騎:「正義は相対的なモノ」という「大人の論理」に、真司が情熱一本で立ち向かっていく。
 555:「異なる種族は理解し合えない」という「大人の論理」に、巧が迷いながら立ち向かっていく。
 ブレイド:「運命は変えられない」という「大人の論理」に剣崎が成長しながら立ち向かっていく。

 そんな感じで「大人の論理」に主人公達が熱意と努力と主人公特権のスーパーパワーで立ち向かっていく(#これはWJ少年漫画なんかにも共通する基本的な少年モノの物語構造。WJ漫画も大人の世界に反体制的に子どもらが立ち向かっていく話が多い。この構造は普遍的に子ども心を捉える何かがあるものと思われる)。それがここ三作品の基本構造。そこでは、「大人」は主人公達に感情移入する「少年」達からすると、乗り越えるべき「敵」としてのポジションでした。

 

 今作響鬼では(少なくともこれまでの所)「大人」は「少年」を守ってくれる憧れの対象なんですね。ヒビキが第02話で明日夢少年に話した「大人」な考え方が、ブレイドでは否定的に扱われてしまった「大人」が作り上げた「組織(猛士)」が、敵対すべきものじゃなくて、少年(明日夢)らを守り、少年らから憧れられる対象として描かれています。

 ここが、これまでの流れとは違っていて、新鮮にして僕の娯楽快楽中枢刺激しまくり

 ヒビキかっこイイよ。香須実さん素敵だよ。

 そんな大人の魅力が、大人の役者起用で見事に回っているのが素晴らしい。ここ三作は新人のたどたどしい演技を温かく見守ることが必須で要求され、それが一つの楽しみになっていた(というかならざるを得なかった)んですが、これまでのような新人起用では響鬼の魅力は出せなかったと思います。

 細川茂樹さん最高かつ蒲生麻由さんも最高。主人公とヒロインが最初から落ち着いた演技してくれるなんて今までからは考えられないですよ(香須実と日菜佳どっちがヒビキ的に正ヒロインなのかというのは置いておきます。つーか姉妹でダブルヒロイン?)。

 この大人の魅力を全面に押し出した物語、子ども視聴者視点の明日夢少年に父親がいないという設定からも、ヒビキに父性をゆだねているのは確実と思われます。これは、少年(視聴者の子ども)のヒーローとして、お父さんがヒーローだったらいいのにという、逆に大人視点からは俺がこの子のヒーローになってやらねばという、視聴者へのモチベーション鼓舞のように思われます(この辺りは「anan No.1450」のヒビキ役・細川茂樹さんインタビューにおける細川さんのコメント、「憧れの女性がいたり、戦いに負けてもいい。子供たちが「ぼくのお父さんがライダーだったらいいな」って想像できるような身近で人間味のある主人公にしたい」なんかともシンクロします。#anan、あいばは未読。僕の情報ソースは「響鬼ポコ突き団」様のこの記事)。

 以下、ピコポイント

「妖姫に音撃棒を奪われた響鬼だったが、火炎を吐いて奪還」(テレ朝公式
 火炎がデフォルト実装のヒーローだ!
・拳のトゲ
 悪役っぽい。一瞬敵の方が出したのかと思った。ぐさり。エグい。
・受験、友人の合格、母から聞かされるヒビキの態度
 こういった明日夢くんのフラストレーションがヒビキとの再会で昇華されるであろう展開が見えます。そして、その昇華を観たいと思わせる魅力が、既に細川ヒビキにはあります(^_^;

 あー、マジでハマッてきた。


布施明 『少年よ』/仮面ライダー響鬼テーマ曲