2005年05月07日
「運命」に込められたコノテーション/第29話「FATES」/機動戦士ガンダムSEED DESTINY感想
「ならば私が変える 全てを 戻れぬというのなら初めから正しい道を」(デュランダル議長)
タイトル「DESTINY(運命)」絡みのテーマ軸が十八番の対比構造を用いてついに描写された感じ。
最初の対比は、
「運命を受け入れる諦観者」−「運命に抗う者」
で、前者がクルーゼです。
「私のではない、これが人の夢、人の望み、人の業」
「私は結果だよ、だから知る、自ら育てた闇に喰われて人は滅ぶと!」
と、最終戦では私個人が自立的に世界を滅ぼしたいワケじゃないんです、勝手に滅ぶようになってるんです、それが運命なんです的な発言を繰り返していました。人が滅ぶのも自業自得で、いわば運命なんです。諦めましょう。このように世界が滅ぶという結末を諦観して受け入れていたのがクルーゼ。
で、当然それに対比されるのが諦められず、ラストに「それでも守りたい世界があるんだ!」と叫んだキラ。
そして及び、一番上の引用の台詞や、
「だがキミとて望んで生きたのだ、まるで何かに抗うかのように」(デュランダル議長)
といった、実は諦観じゃなくてクルーゼも運命に抗ってたんじゃないの?とクルーゼの諦観に意を唱えるようなことを言っている議長自身。
何とここに、あらかじめ決まってるからしょうがないとする諦観的運命観に関しては、議長もキラも反発してる点でクルーゼの対岸に位置づけられることに。
クルーゼ−キラ・議長
ですよ。
ところが、当然のように諦観的な運命観に反発してる点では議長とキラは同じでも、議長とキラでは反発のアプローチが全く違うので、反諦観的運命観カテゴリーの中でも、さらに議長−キラで対立が。
その対立は、
個人的反発−超巨視的反発
といった対立であるとこれまでの描写から考えられます。
繰り返しになりますが、
「ならば私が変える 全てを 戻れぬというのなら初めから正しい道を」(デュランダル議長)
と言ってることから(特に「全てを」と言ってる点)、議長は超巨視的に世界全部を悲劇的な運命から「正しい道」に変革しようと考えてる点。運命とは誰が描いているのかと言ったら「神」とか「ゲームマスター」ということになりますが、現時点の情報からだと議長の目的は悲劇的な運命に抗う形での正しい運命を、自分自身が「神」か「ゲームマスター」になって創出することのように思われます。しつこくチェス盤とセットで描写されてたのはその辺りの象徴性のためではないかと。
で、その議長にとって正しい「運命」を予定通りに構築するためには「運命」から「自由」な存在は邪魔なワケです。この場合の「自由」は勿論キラです。ここが、サブタイ「FATES(運命)」としながら、
・前作最重要シーン、「あなたが優しいのはあなただからでしょう?」(ラクス)
・キラの個人的な反乱、ラクス返還シーン。
・前作34話のキラの脱カテゴリ化、個人化、自由化のシーン。
と、やつぎばやに前作のキラ(及びその先導者としてのラクス)の重要シーンを総集編として挿入した意図だと思われます。
キラの「自由」度、「個人」度、を作り上げられた「運命」と対立するモノ(というか立ち向かうモノと捉えた方がカッコいいけど)として印象づけたかったのではないかと。
前作34話のキラ個人化、自由化のシーンの際の台詞なんかはモロにですよね、
「何もできないって言って何もしなかったらもっと何もできない。何も変わらない。何も終わらないから」(キラ)
戦争だ世界の終わりだといっても、「何もできないって言って何もしない」でそれも「運命」だと流されるままに諦観してしまってる人間へのカウンターとしての、「自由意志」で行動する「個人」であるキラというキャラクター。
クルーゼ的な諦観的「運命」とも議長的な構築された「運命」にも、反発する存在としての「自由」なキラ。この二重対比によって浮き彫りになるキラというキャラの立ち位置が、物語上重要になるのは間違いないでしょう。
◇今後の展開
公式サイトのプレ情報で、議長が開発に関わってるデスティニーガンダムがシンの新機体になることが明らかになっています。ここには、明らかに上述したようなシンのデスティニー(運命)VSキラのフリーダム(自由)という対比が象徴的に名称にかかっているものと思われます。そう言われてみるとシンは8話では、
「誤魔化せないのかも・・・、いくら綺麗に花が咲いても人はまた吹き飛ばす」(シン)
と、人とはそういう救えない者だ的なクルーゼ的な諦観的運命観を受け入れているかのような台詞をもらしていますし(というかこの台詞を当のキラの前で言わせてるというのが、ここまで対比が明らかになった今から思うとかなりの鳥肌演出)、現時点では議長の作る「運命」に特に抗わずに行動してるようにも取れます。
そういう状況なんで、最初のシンのデスティニー(運命)VSキラのフリーダム(自由)は、本当に様々な対比を背負った上でのバトルなので、燃え度高しは間違いないでしょう。
ただ、シンがそのままクルーゼ的な「運命」、議長的な「運命」を背負ったままキラの「自由」と対立し続けて物語が終わるのかというと、そこは多いにまだまだ疑問の余地ありです。特に議長の言うままに闘い続けられるかは、リーダーが優秀なら組織も悪くない!的な思想をシンが受け入れきれるのかによってきます。どうせなら、最後はキラと対立するにしても、どこかで重なるにしても、シンのバックボーンに象徴される「運命」のコノテーションは何かしらシン的に一段高く昇華されたモノになってるのを希望。そこを、クライマックスとして期待したいじゃないですか。
◇他、ピコポイント
議長の行動のバックボーンにはタリアとの過去イベントがある模様。ここは、「鳴動の宇宙」ではアズラエルの行動のバックボーンにもアズラエルの個人的な差別体験を追加描写として入れたりで、大きな思想にもその背景には小さな個人的なバックボーンがあるという描き方をするのが好みの模様。タリアが「子どもが欲しいからプラントのルールに従う」という言い方をしてるのが何気に超重要伏線です。少なくとも2点、
・議長とでは子どもが生まれない。
・議長は何かしらプラントのルールに従っていない。
という情報が提示されます。議長の目的、行動、思想の謎のバックボーンがこの辺りにあるかもだ。
◇ラストの倒れたチェスピースのカットの象徴性
コレはさすがにコレだ!という自信がある解釈はないです。倒れてるんでどちらかというとネガティブ象徴だと思うんだけど。何か思いついた人はコメント待ってます。
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この記事へのコメント
自信無いですけどね.
なんにせよ,これから激動の展開になるでしょうから楽しみですね.
ただ単に、チェスの相手がいるはずの対面にクルーゼを映したりしていたのでクルーゼの思想・運命に縛られるのはここまでだって言う事。そしてラクスが動き出した事に直接対応をとる訳ですから議長自身も、もう後戻りはできないって事ぐらいじゃないでしょうか?
最近DVDで観直していて思うに、
やはり駒を使って道を作り出す議長の思考の象徴なのではないかと思うんですよ。
それだけに、
今回倒れたチェスピースがあったのは、
今後議長とラクスの対立が表面化する事により、
開戦以前に考えていた議長のシナリオがこれから崩れていく事を暗示しているんじゃないですかね。
詭弁を使って議長側に取り込んだアスラン然り、
キラ達と接触した事によって議長始めミネルバサイドにも「変化」が生まれていく展開だとしたら、
僕としては最高の一言です。
>何とここに、あらかじめ決まってるからしょうがないとする諦観的運命観に関しては、議長もキラも反発してる点でクルーゼの対岸に位置づけられることに。
この展開には驚きました。
そして、議長がタリアのことを本当に好きだったということについても、驚きました。
>タリアが「子どもが欲しいからプラントのルールに従う」という言い方をしてるのが何気に超重要伏線です。
プラントには婚姻制度があるので、決められた相手以外の人間と子どもを作ることを禁止しているのかもしれません。議長はそんなプラントの体制に異論があるのではないでしょうか。
自分は「倒れたチェス = クルーゼの死とクルーゼの考えた方の拒絶」をあらわしているのだと思います。クルーゼの考えを回想し、クルーゼの考えを再検討する議長。その結果、クルーゼの考えを拒絶し、クルーゼを象徴していたチェスを議長は倒した。議長がチェス(クルーゼ)を倒したことにより、議長は、自分の「ならば私が変える 全てを 戻れぬというのなら初めから正しい道を」という考えを実行するために、30話以降にこれから行動していく決意をかためたのではないでしょうか。
チェスピースは連合、ザフト、AA一派等世界情勢を表し、そのこまを全て倒す=世界情勢を一気にひっくり返す、そして自らが望む未来への扉を開くと・・・。そのために彼はロゴスでありブルーコスモスという一大組織すら掌で動かそうとしているのかもしれません。
>>「子どもが欲しいからプラントのルールに従う」
確かコーディネータは繁殖能力が極端に落ちていて、試験管ベイビーが一般化しつつあるような描写が前作であったように思います。なので一般的にプラントで子供を作るには体外受精での試験管培養が一般的なのでしょう。
議長はクルーゼの内情を知り、子供は母の胎内で宿すものと唱えてるのではないでしょうか?タリアは純粋に子供が欲しかった、ただヂュランダルはその考えにNoとしかいえない。必然的に二人は別れるしかなかったのかなと・・・。
私はなんの根拠もなく
シンとキラは最後は仲良くなり
同じに敵に向かって戦うんだ、とばっかり
思っていましたが、どうも違うようですね・・・
倒れたチェスのピースは白のクィーンでした。
クィーンはチェスでは最強の駒。クィーン=ラクスではないかと思いました。
根拠はありませんが…
何かの伏線かなぁと思います。議長は決断したんじゃないでしょうか。
倒れているということが意味することは何なのか考えさせられます。
倒れたチェスにはやはり意味があるような気がします。
あれは議長が以前の仕方なく選んだ道の末をイメージしていたんじゃないでしょうか? クルーゼが生きていた頃の、運命を受け入れていた頃に進んだ道では望んだモノは手に入らなかった。議長はその頃を思い返していて、その頃のチェス面をイメージさせているんじゃないかと思います。だから最後のシーンで自虐的に微笑んだのかな〜と。
あともう一つあるかな〜と思ったのが、その運命に従っていた頃に選び得なかった道(駒)を意図している、という予想です。タリア艦長とのシーンでその駒が度々出てきてたような気がするので、あの頃には選び得なかった道を表しているのかと(だとすると駆け落ちみたいなものでしょうか^_^;)。
いずれにしろ、思わぬ事態を暗示しているように思えます。
個人的に今回あまり描写されなかったシンとカガリが気になりますね。
今二人ともすごく落とされていますから。
議長にとって二人がイレギュラーな存在だったらチェスゲーム(議長がしている何か)を壊すのは二人だと思うんですけど飛躍しすぎですかね。
いつも興味深く拝見させていただいてます。
チェスピースについてですが、盤の中央で倒れていたのは十字がついていたのでキングでしょう。
とすれば、デュランダル議長が想定した筋書きを壊すものがキラであるという暗示か、議長が「正しい」世界を構築するために邪魔者キラを倒すという決意、のどちらかを意味しているのではないかと思います。この2つは矛盾しないので両方の意味を持たせている可能性もありますが。
先週のニュータイプ議論、死者との対話は出来ないとゆー話から今週。実にタイムリー。フレイと比べると議長はクルーゼの魂と会話しているというよりは、議長の頭の中のクルーゼとの会話ですな。過去を振り返りつつ、クルーゼならこういうだろうとか、こう言ってたとか、動きも過去のもの。小さいレイがいるのもそこら辺を考慮?
嬉恥ずかし勘弁しての過去振り返り。あれ?キラが若い。全然変わらないと思ってたのに2年は経過してるってコトか。昔の彼らの想い、戦い、死、様々なものを再認識。アスラン・・・君の変わりようは僕には何かあるようにしか思えない。あんなにキラ想いで凛々しかったじゃないか。雲の上の人達の操り糸を感じざるをえない。
ロゴスってスタッフではないのか?いや、ロゴスより上にスタッフがいるのだ。(ぇ
シン「なんでそんなヤツらがいるんですかぁっ!!」
ラストのでっかいガンダムに乗るのは監督なんだ。監督を倒して世界を救うのだ。すなわちFATE!!間違いない!(ぉ
そう、スーパーロボット達が戦いを終わらせるにはバンプレストを倒さなくてはならないのです(ぇ
議長とキラが組めば戦争も終わるかな?紆余曲折の末に議長がAAの軍師になれば理想だけど
子供を優先して別れたのならあの半ケツは何?もしかして夫と子供はいても肉体の関係はどうこうとかだというのか!?
カミーユ「歯ぁくいしばれっ!!そんな大人、修正してやる!!!」
結婚してるようには見えなかったけどなぁ。子供がいるようにも見えない。失敗?破局?一人身?ざまぁ(コラ
まだ結論は早い。待つとしよう。ゲンドウスタイルで(ぉ
・・・ああ、総集編のフレイが、フレイがキツい。ってかこの総集編全体に広がる桑島法子率はどういうこよ。デビルガンダムか?広がる!世界に不幸のジンクスが広がっていく!
助けてドモーーーン!
チェスピースの件は「何かを表している」に一票!です。やっぱり倒れていたことから、議長にとって厄介なモノが現れるという方向で…ラクス(AA)が妥当かと思うのですが、VS議長で考えれば予期できなかった躓きということで、タリア離反でもOKかと…。大穴はカガリ。あるいは偽りの女王ミーアの失脚。チェスボードは自分が管理するこれからの世界の象徴…とか?
ところで、総集編という事でしたが、前作には無かったシーンで、(多分)アスランとラクスの婚姻統制による婚約当初・出会いのシーンが、どこかしら暗示的なものがあったと思うのですが。タリアさんの行動については賛否の分かれるところかと思うのですが、幸せそうに微笑むタリアさんと別れ際に涙を浮かべていたタリアさんを考えると、その後幸せになれたかは微妙ですよね。ある意味彼女も弱い女であったのかと…。
日記を拝読させてもらいましたが、ただ、ただ唖然です。
なかなかわかりにくい29話だっただけに、今、自分の中でいろいろ考えが動き出しているような気がします。
毎週楽しみにやってきたいと思います。ありがとうございました。
僕は生粋のジョジョ信者なのですが、作中の名台詞のひとつに「運命とは『眠れる奴隷』だ」というのがあります。
運命とは果てしない連続であり、決して変えることのできないものだけど、『運命の奴隷』である彼らが、ただ運命に流されるのでなく、眠りから目覚めることで、同じ結果になったとしてもそれを意義あるものに変えてゆくことができるという意味です。
主人公であるシンはまだ眠っていて、家族を失った日の悪夢の中でもがき続けている状態なのかも知れません。シンが目覚めるのは、いつか?
キラは、眠りから覚めてるというより、寝惚けたまま暴れまくってたらたまたま正しいルートに乗れそうという感じ?
アスランは不眠症で鬱ってる状態かな
初めましての、
>Satoさん
>rainbowsさん
>boreboreさん
チェスピースに関してコメントどうもです。コマの種類はrainbowsさんの言う通り僕にはキングに見えましたね。で、キングを倒す行為は「投了」の合図というのがチェスではあるんですが、この場合、議長自身が自分で倒したのか、自然に倒れたのかで解釈が違ってきますよね。自分で倒したんだったらこれまでのゲームを破棄して何か行動を開始する意思表示、勝手に倒れたんだったら議長の思惑を邪魔する存在(キラやラクス)の暗示……って感じかなぁ。
シンとカガリがセットで後半重要な意味合いを持ってくるというのは、開戦時の二人のリアクションが同じだった演出なんかから、コアなDESTINY視聴者の間では無標な予想ですが、今回に限ってチェスゲームに結びつけるというのはどうですかね。描写されなかったからこそ結びつけるというのは僕には馴染み無い感覚です。やはり描写されてたからこそキラとラクスに結びつけるというのが僕の感覚です。
前作には無かったアスランとラクスのシーンというのは気が付きませんでした。出生率が低下してるのは前作で言及されてましたが、婚姻統制については具体的な言及や描写は今まで作中では無かったと思うんですよね。だから分かりづらかったんですが、本当に婚姻統制がキーワードで、関連してキラとラクス、議長とタリアあたりに暗示をもたせて今後の展開に繋がっていくとしたら、そもそも婚姻統制が遺伝子操作云々に由来する話なんで、DNA方面のテーマを描くのにピタリと繋がりますね。
>ももかさん
初めましてコメントどうもです。公式SEEDCLUB!存在は知ってましたがどういう所なのかは知らなかったりです。お友達とかできる場所なんですね。面白そうです。基本的に毎週感想は書くと思うので、またおいで頂けたら幸いです(^_^;
>構成
ラクス再出撃を受けて「やり遂げる意志」を確認したのは、旧主人公以外にもう一人いたわけで。それぞれの正義を相対化しつつ、旧主人公&クルーゼ&議長の価値観を比較描写する構図の妙が気持ち良い。そんな第27話[裏]でした。
>運命
運命に耐えきれず滅びを選んだクルーゼと、運命に耐えながら生きる旧主人公&議長。人の自由意志によって過酷な運命に耐えようとする旧主人公と、神の方程式を解くことで運命に束縛されない未来を恣意的に捏造し、耐えずに済む運命を作り出す神になろうと企てる議長。そんなところかと。議長がチェスマスターとして描かれるのは、戦争を動かす黒幕であることと、運命を司る神になろうとしていることの二つを暗喩しているのではないでしょうか。
クルーゼにしろデュランダルにしろ、選んだ道は「願いは叶わぬものと知った時、それが定めと知った時」に「抗い、(もしくは)求めた」道。心の底では「もしもあの時、もしもあの時」と考え、いつまでも「選びえなかった道の先」にある「本当に望んだもの」を意識&否定しながら、生きている(いた)わけで。そうやって誰よりも強く希望の光を求めたからこそ、絶望の影はより濃く深く、その身と心を苛む(苛んだ)わけで。
そういう意味では、彼らにとって、旧主人公たちの在り様こそが「選ばなかったもう一つの道」なんでしょうね。だからこそ、種50話のクルーゼも、キラやアスランたちの姿に「もう一人の自分」を透かし見ながら、どこか満ち満ちた、それでいてどこか嘲笑じみたスマイルでご逝去されたように思えます。
アスランから離れてキラと添うたラクス(タリア)。大事な友達から貰った大事な存在(レイ)。親友の死(クルーゼ)。想いだけでも力だけでも叶わなかった願い。手にした力(遺伝子技術)。コーディネーターとしての肉体。カテゴリーからの脱却…
デュランダルの辿った過去は旧主人公たちと同じで、彼もカガリと同じように「生きる方が戦いだ」と考え、キラと同じように彼の「守りたい世界」を守るため、AAの皆と同じように「己のできること、己のすべきこと」を為し、戦っているのではないでしょうか。その上で、ラクス再出撃を受けて、キラたちと同じように「やり遂げる意志」を再確認したのではないかと。
今回の前作映像は、そんなデュランダルの過去を彩る対比描写の一部として、意図を伴った確信的演出っぽかったです。激燃え。
そうなると、デュランダルも彼なりの希望を抱いて、旧主人公と同じように「血の道」を彷徨っているわけで。違いは、本当に望んだ未来から目を背け、現実を受け止めずに「戻れぬというのなら、初めから正しい道を」と考えて、現実を捏造する道を選んだ点でしょうか。相対化するだけではなく、旧主人公との共通項も確保しましたから、ますます否定しづらい…。結末が超楽しみです。
>友
ただ、クルーゼにはデュランダルという友が、デュランダルにはクルーゼという友がいたわけで、レイにもシンやルナという戦友がいるわけで。言葉を介さずともわかりあえる人、共に生きたいと思える人。旧主人公たちもそんな人とのつながり=守りたい世界を実感できたからこそ、過酷な生を選んだはず。そこも一つのポイントになるような気がしたりしなかったり。
加えて、「選びえなかった道の先に〜」の台詞から、議長自身も「本当に望んではいなかった偽りの自分」と自覚していそう。ますます「正しさは相対的だけど、真偽は証すことができる。己こそが知っている」的な帰結がありえそうですね。
思えば3話で「偽りの存在」というフレーズが出ていましたが、終盤、強烈につながってくるかも。真偽の定義について掘り下げてきそうなラクス&ミーアネタと共に「偽(・A・)イクナイ!」的帰結になったら燃え。そこにシンの携帯やステラの記憶を重ねてきたら発火するかも。
といったところで、コメント失礼しました。全体的に衒学&ヘーゲルさんのノリがチラホラ。全ての因果や伏線がつながったら気持ち良いだろうなと思いつつ、倒れた駒に「議長の想定から外れて動くラクスの存在」を感じつつ。それでは。









