「今のこの世界では我らは誰もが本当の自分を知らない。その力も役割も知らず、ただ時々に翻弄されて生きている」

 「人は自分を知り、精一杯できることをして役立ち、満ち足りて生きるのが一番幸せだろう。この戦争が終わったら私は是非ともそんな世界を作り上げたいと思っているのだよ。誰もが皆幸福に生きられる世界になれば、もう二度と戦争など起きはしないだろう」(デュランダル議長)

 アスランが看破したのは議長は議長に取って都合の良い役割を全うする者だけを優遇し、そこから外れた者は消し去る人だ……という所までですが、視聴者としての僕はもう少し先の回で明らかにされるであろう議長の真の目的を予想できる材料が今回得られましたよ。
 あくまでまだ予想なんで外れたら笑ってくれて構わないんですが、議長の真の目的、簡潔に言えばロイス・ローリー『ザ・ギバー―記憶を伝える者』に描かれているようなユートピアを作り上げることじゃないでしょうか。


ザ・ギバー―記憶を伝える者

 リンク先の「出版社/著者からの内容紹介」から引用すると、

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 社会にうずまく悪や欲望、苦痛や悩みなどがすべえてとりはらわれた理想社会――喜怒哀楽の感情が抑制され、職業が与えられ、長老会で管理されている規律正しい社会

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 がユートピアとして描かれてる作品なんですが、最終的には一見ユートピアに見えるこの世界が人間の尊厳を殺している部分がクローズアップされていき、最終的に主人公はこのユートピアからの脱出を試みる……といった話です。

 で、議長の真の目的は、

1.まず、『ザ・ギバー』の長老会に相当する、世界の管理者の立場に議長自身がつく。

2.世界の管理者の立場につき、『ザ・ギバー』の長老会が住民にそれぞれ職業(役割)を割り振っていたように、引用部分の今回の作中の台詞いわく「本当の自分」としての各々の役割を世界中の人に割り振り、そこから逸脱しないように管理する。この際、議長はDNA解析の専門化という伏線及び、第29話「FATES」で議長が「初めから正しい道(世界)」を作ると決意表明する際に四種の塩基配列(DNAを構成している4つの要素のこと)の名前を叫んでいる描写辺りから、何かしらDNA的な根拠に基づいて最初から人々に「本当の自分」、「最も適性な役割」を割り振ってしまおうと考えているのではないかと予想します。

3.そして、そのあらかじめ割り振られた「本当の自分」、「役割」から逸脱した者には、今回のアスランのようにexecutionが加えられるという世界システムを構築(『ザ・ギバー』の世界にもこのようなシステムは描かれている)。

 こんな所じゃないかと。

 31話のレイ(議長の思想にシンクロ)の、

 「ただ祈って明日を待つだけだ、俺達は皆」(レイ)

 の台詞もこの予想をサポートします。運命によって与えられた役割をこなすのがさだめな自分達は、祈って明日を待つだけ……というような台詞に取れます。

 このような議長の目的に真っ向から対立するのは勿論「自由」のキラ&ラクスで、誰かに定められた「本当の自分」に従うのではなく、「本当の自分」は自分で決めるというスタンスです。

 議長は今話でキラは不幸だった。戦士としての「本当の自分」に気付いてちゃんと「役割」を果たしていれば幸福になれたのに……と語り、

(議長の言う)本当の自分、役割を全うした気付けずに時々に流されて生きた
幸福不幸
(例えば)今のシンキラ


 という図式を描くんですが、ラクス、キラサイドの正義としてはキラは本当に不幸だったのか?ということですよね。キラにとっての「本当の自分」とは本当にその力に特化して生きる戦士としての生き方をすることだったのか?ということです。この点は前作ラストの

 「僕は それでも僕は 力だけが僕の全てじゃない!」(キラ)

 と叫んだキラの叫びは本物で、キラの力じゃない部分に触れて変わったフレイの存在はそんなキラを肯定してくれている……というのは僕が書いた前作SEED感想を読んでくれてる方には分かって頂ける部分だと思います。ここにも前作VS今作の対立。今作の正義の議長は前作のキラを偽りで本当のキラは力の存在として捉える一方で、それに対立する前作の帰結的にはキラは力だけが全てじゃないという部分が真実として描かれているという(僕が前作最終話で一番感動したシーン、キラのこの叫びと共にフレイがカットインしてくるシーンがDESTINYも終盤に入るという所で再び意味を持ってくるというのは嬉しいっスね)。

 そして、議長の真の目的がこのようなモノだと予想できるようになり、今まで別軸のテーマだと思っていた「真」VS「偽」のテーマがメインテーマと融合して解釈できるようになってきました。

 すなわち、「偽」だとしても「運命」に従って割り振られた「役割」を演じて生きることを受け入れるか、自分にとっての「真」を誤魔化せずにその「役割」を拒否するか。

 前者が今話のミーアで、後者が今話のアスランというのはかなり分かりやすく描写されていたと思います。ミーア、

 「役割だっていいじゃない!ちゃんと、ちゃんとやれば、そうやって生きたっていいじゃない!」(ミーア)

 と、割り振られた「役割」を「偽」として生きることを肯定する叫びをあげます(本人は甚だ葛藤しながらという描写でしたが)。

 一方で、今話で何回も印象的に回想シーンとして使われた、アレックス・ディノとして生きていたアスランのシーン&第03話の、

 「名はその存在を示すものだ、ならばもしソレが偽りだったとしたら、それが偽りだとしたら、それはその存在そのものも偽りだと言うことになるのかな? アレックス、いや、アスラン・ザラ君」(デュランダル議長)

 のシーン。

 驚くべきことに第03話から張ってあった「真」VS「偽」のテーマの伏線。ミーアとは逆に、デュランダル議長が「本当の」アスランだとした、戦士としてのみの自分という「役割」を受け入れられず、アスランはミーアのもとを去ります。お互いに一緒に行こうと手を差し伸べ合いつつ、議長から与えられた「役割」を肯定した者(ミーア)と否定した者(アスラン)とに別たれたシーンが印象的でした。

 そんな感じで、議長の目的が大体でもいいから予想通りだとすると、ここまでは「現実」サイドVS「理想」サイドという言い方をしてきましたが、ラストの物語は「運命」サイドVS「自由」サイド……という言い方をした方がしっくりきますかね。議長が作り上げる「運命」によって与えられた「役割」とexecutionシステムが導くユートピアに賛同できるサイドVSそれに抗う「自由」サイド。

 今の所、完全にコアな「運命」サイドにいるのは議長とレイだけのような感じですね。アスランは今話でもろに「自由」サイドへ揺り戻しがきましたし、ミーアは今話で口では「運命」サイドについていきます発言をしながら内面ではまだ葛藤してる感じです。そしてシンは今の所「運命」サイドですが、まだ議長の提唱するユートピアの正の部分だけしか知らなくて、負の部分には気付いてない感じです。対比が延々と描写されてきたシンVSキラ、まんまサイドの名称を背負ってのデスティニーVSストライクフリーダムが待っているんで終盤まで「運命」サイドでいくのは確かだと思うんですけど、最後の最後にどうなるか。これまでの「現実」サイドVS「理想」サイドという見方をしてるとシンはあくまで「現実」を貫くヤツのような気がしますが、こうやって「運命」VS「自由」という見方をすると、シンは「運命」に抗うことも選び得るヤツって感じがしてきます。

◇メイリン

 セカンドOPで暗示されてた&15話辺りを筆頭に所々に描かれてたルナマリアとメイリンの違いを踏まえて、ホーク姉妹離別イベント発生。メイリンだったか。議長に疑惑を持ってるのはルナマリアの方が大きそうな描写が続いてたんですが、なんか性格的にはルナマリアはアスランと一緒に脱走まではしないだろうって気がしてたんで、脱走パートナーがメイリンの方だったのはワリと納得。

◇次回サブタイ「雷鳴の闇」

 デスティニーガンダム初出撃。なんか、最初の発進が脱走者の追撃、しかも相手の機体が量産型グフというのは地味です。初出撃燃えはストライクフリーダム発進回の方に持ってくるのかなぁ。

◇今週の和み想像

・アスランの前で脱ぐメイリン

1.お腹を気にしてるメイリンがなりふり構わず脱いだくらい一途にアスランを想っての行動だった。

2.日々のシェイプアップが実り、憧れのアスランさんの前で脱げるほどにスタイルに関するコンプレックスは解消されていた。

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