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 「でも、カガリは今泣いているんだ!」(キラ・ヤマト)

 1/12日の『完結編 自由の代償』のブロードバンド配信に合わせて、当ブログのコメント欄に反映された放映当時の世評などを踏まえながら、スペシャル・エディション版で『ガンダムSEED DESTINY』という作品を忌憚無い語り口で振り返ります。第二回は『それぞれの剣』を視聴しながらのんびりと。
 ◇

・本当は何が正しいのかなんて僕達にもまだ全然分からないけれど
 やはりキラをして、高次に信念を獲得して高々と一つの正義を貫くキャラではなく、模索者としての一主人公。この『それぞれの剣』相当の第2クールでのコメント欄でのキラ(アークエンジェルサイド)批判には、具体案/代案となるビジョンが提示できないのに行動しているというものが多かったけど、言い換えれば模索状態を認めないというそういった批判は、個人的には中々暴力的に感じられてもいました。されど、そういう模索状態は否、行動するなら完成された代案があってしかるべき……みたいな考えを持ってる視聴者にも優しくない作品でした。三主人公、全員をして、模索者として設定されており、どちらかというと、『砕かれた世界』ラストの、「誰もがとどまれない刻の中にいるのなら それでも進まなくてはならないのだ。おそらくは、それが生きるということだから」のアスランのモノローグにある通り、模索しながらでも、至らないながらに一生懸命前に進もうとする姿勢を是とした作品でありました。だからこそ、議長に向かってキラが叫ぶ「変わらない世界は嫌なんだ」という趣旨の台詞が最終回に出てくるのだと思います。この辺りは個人的には宇多田ヒカルの「光」の歌詞の「完成させないで」を思い出していました。どんなに至っていてもっともらしかろうとも、完成してしまったらそこが終着点。だからこそ、模索しながらでも変わっていけることが素晴らしいと、そんな落としどころだったんじゃないかと解釈。
 一方で「これが正しい」という代案はなくても、「これはダメだ」という点は分かってるがゆえのアークエンジェル出航というのが、この部分のキラの台詞から分かります。キラ曰く、「諦めてはダメ」&「ダメだと分かってて何もしないのもダメ」。前作第2クールを受けての台詞と思われます。戦争だから仕方がないと諦めて、何もしないでいては、前作中盤のラストのキラとアスランが殺し合ったような事態になってしまう。それではダメだということだけは知っているから行かなくてはならない。それがこの時点でのアークエンジェル出航のバックボーンです。

・やはり彼かな、キラ・ヤマトを倒すのは
 議長のスペシャル・エディション版オリジナル台詞。DND解析でシンがSEED持ちであることを知っており、ゆえにインパルスを与えていた&当初からシンはキラを想定した駒だったという、TV放映版ではボカされていた所を明示。もう視聴者は知っているということで、議長がキラ(&ラクス)を敵対視してることもこの時点で明らかに。

・キラが一緒なら大丈夫だ
 アスランの依存と紙一重のキラへの信頼。こうまで想ってるのに途中で意思疎通が不可能になるからこそ、ダーダネルスでの戦闘以後のすれ違いが面白くなるのです。またこうまで想っているからこそ、第3クールでキラがシンに撃破された時のとりみだしよう。この辺りでまだ至らなく描いてるからこそ、二人のストライクフリーダム搭乗&インフィニットジャスティス搭乗イベントを経ての、ようやくステップアップした二人が、

 「未来を作るのは運命じゃないよ!」(キラ)

 「ああ!」(アスラン)


 で、二人ガシッ!!と結託する最終パートが映えるのであります。

・ガイアガンダムが可愛い件
 やっぱりガショガショと走る犬は可愛い。ご主人様に抱きつくような感じで飛びかかってくるのもマル。ホワホワベクトルでは、一番好きなモビルスーツだなぁ。

・アンタなんか何も分かっちゃいないくせに!
・だがその時欲した力を手にした時から今度は自分が誰かを泣かせる者に変わるんだ
 シンが命令無視して大暴れの末、連合の強制労働施設を解放した時のシンとアスランの言い合い/すれ違い。アスランはシンが家族が犠牲になった過去から、普通に暮らす人々に特別なエンパシーを持ってるということが分からない点で本当に「何も分かっちゃいない」し、シンはアスランが自分も過去に母親を失った動機から力を求めて暴走してとんでもない所(キラとの殺し合い)まで行き着いてしまった経験からアドバイスしてることが分からない。それゆえの、お互いのすれ違い劇。結局この時のアスランの言葉は最後までシンの心に落としこまれて理解されることなく、前作でラクスに言葉責めにあって違う道へと進んだアスランに対して、シンは自分に対してYESと言ってくれるレイや議長に誘導されながら、本当の想いは家族との温かい世界にあって誰かを泣かせるために力を振るうのは嫌なはずなのに、その想いからは離れて、悪いロゴスを、悪いオーブを打つために、戦争を終わらせるためになら力を振るってやる的な所へ流れていってしまうことになります。そんな後半部分へと繋がる仕込みも、こうして見ると結構早い段階から。

・ギル…
 レイ、議長に抱きつくの図。腐女子支援の描写なのか!?と、リアル友と僕自身も放映当時話し合った部分(笑)。でも実は、そう見せかけておいて、タリアのレイを見つめる視線も同時にこのシーンに入ってるのがポイント。最終回の疑似家族エンドへの布石です。ちなみにコメント欄ではこの時に限らず、腐女子層にユーザー層を絞ったからこの作品は駄作だ的な批判もありましたが、いわゆるボーズラブをネタにした同人誌が多数存在する作品であるのは確かなんですが、大マジでそういったボーイズラブ好き層を中心ターゲットに定めて作られてる作品だとか思ってる人は、マーケティングのマの字から勉強し直した方が良いです。子ども層向けにけれんに溢れたロボ描写をする意義と、ディープな大人ロボ好き層向けに芸術ベクトルのロボ描写をする意義との区別をつけづにロボ描写を批判するコメントなども多かったですが、全体的に、マーケティングのマの字も知らないわりには、マーケティング通ぶって批判してる人も多かった印象です。これは一応、ここ数年勉強してる一マーケティング好きとしての意見。

・戦うべき時には戦わないと、何一つ、自分たちすら守れません。普通に平和に暮らしてる人達は守られるべきです
 自分が家族との普通の時間を失ったがゆえに、そういう普通に暮らしてる人達は守られるべき、そのためには自分は力を使ってやる……という、戦いを肯定するシンの動機を一番簡潔に述べた場面。ただ、この動機は、守るために戦いたいという飢餓感の裏返しでもあって……、そこで、レイの、

・それは望むものがいるからでしょう。戦争を
 が炸裂します。犠牲者ゆえに力を欲して、その振るい先を求めていたシンのもとに、議長とレイの誘導によりロゴスという敵の存在が与えられます。この辺りから、議長とレイのシンの誘導が開始。第1クールのアスランの飢餓感を満たしてやる過程といい、議長はその人が飢えているものを甘く与えてやってコントロールしていくのが上手いです。TV放映時は、この頃はまだ議長とレイがシンを誘導しようとしてるのかよー分からない段階だったので、コメント欄はロゴス黒幕説だったら安易……みたいな批判も。でも一方で、終盤でロゴス打倒だけで終わらなかったら終わらなかったでまた批判も。僕的には、ロゴス黒幕でアークエンジェルサイドとミネルバサイド最終的に共闘展開よりは、一方を作中悪と定めない正義相対の今作の落としどころの方がガンダムシリーズっぽくて良かったと思います。いきなり話が飛びますが、去年僕が活字部門ベストに選んだ『ひぐらしのなく頃に解』という作品の最終回の裏テーマが、まさにこの辺りのトピックを扱ったものだったんですが、結果から見ると、ひぐらし作者の竜騎士07氏が最終話のスタッフルームで行ってた問題提起はこの作品でも踏まえられていたことになります。

・ハロ直しキラ
 スペエディオリジナルのサービスカットかな?アスランから貰ったハロをラクスの前でキラが直してあげてるというほのぼのした場面。アスラン、ハロ送りすぎ!は無印の頃に誰もがつっこんだ点でしたが、キラもこういう工作的なこともできるんだ。アスラン、カガリにはハロ送らないのな。(ユウナ・ロマとのことは)やっぱり面白くないから……とか言って、指輪じゃなくてハロ取り出したら面白かったのに。

・この娘…<中略>俺がちゃんと守るから
 シンがステラを戦争被害者と勘違いして「守る」宣言する場面。この「守る」、ステラは記憶洗浄ゆえに一度は忘れてしまうんですが、のちに奇跡的に思い出し、洗浄されたら記憶が残らないはずのエクステンデットに「記憶」「過去」が獲得されるという感動展開に。最終話の、「シンが昨日をくれたから」に繋がる仕込みです。ステラらエクステンデットの物語は、議長のデスティニープランやレイの物語と濃密にリンクしてるのがポイント。無印で語られたクルーゼの虚無の背景としてクローンゆえに「過去」が無い点があげられるんですが、その点を今作でもレイが継いでおり、過去が無いステラらとレイとがシンクロされてるという、気付く人だけ気付いて的作劇。ここで、シンがステラに過去を与えてくれたから、最終話でキラの言葉によって個としての存在(個としてのこれまでの過去)を与えられてしまったから、ゆえに連呼される最終回での「明日」という言葉。途中退場ながら、デスティニープランにそうように、役割を与えられて自立意志を持たずに生きても幸せになるとは限らないということを提示した点で、やはり途中退場ながらステラの作中での役割は大きいです。ちなみに、DESTINY終了後に制作された、ステラらの物語にステラらのifとしてのスウェンという主人公を設定して、若干の救いを与えている(ステラもちょっと登場)『機動戦士ガンダムSEED C.E.73-STARGAZER-(スターゲイザー)』もいい作品なんでステラらの物語が好きな人は是非視聴してみて。

・スペエディではアスランハーレムは無し
 終盤の展開を受けてか、ルナマリア→アスランへのアプローチがほぼカットされており、むしろルナマリアはシンを気にかけてる描写が増やされております。アスランハーレムは地味に第36話をきっかけにアスランを囲んでた女性陣の道が分かたれるという仕込みなんで、少なくともあの雨の中で手を差し伸べ合うシーンをやるために、ミーア→アスランのアプローチだけは描いておかないとと思うんだけど、ほとんどカットされてたなぁ。まあ、『砕かれた世界』での食事しながらの会話の部分だけで、役割を全うすることに意義を感じてるミーアと、一時はそっちに流れるアスラン……というのは仕込まれてますけど。そこを転覆させる第36話相当部分は早く見たい。

・じゃあお前、どことなら戦いたい<中略>割り切れよ
 ハイネの名場面登場。コメント欄ではハイネの存在意義がないという批判意見と、いや、ハイネの意義はアスランを議長サイドに縛り付ける接着剤の役割だろうというちゃんと見てる人との意見と平行していた記憶が。ハイネが接着剤になって、シンとアスランの関係も少し落ち着きます。そして、「戦争だから割り切れよ」と、無印で抜け出したはずの「戦争だから」という諦観へアスランを再び引き戻すのがハイネの役割。ここでハイネが効いているからこそ、続くキラとの再対立がスムーズなんですねぇ。

・君は本当はオーブが好きだったんじゃないか?
 シン関係では最終回までほとんど役に立ってないアスランですが、地味にこの辺りで表面上は否定してるシンの本心を言い当てています。この辺りから仕込まれてるからこそ、最終回の「お前が本当に欲しかったのは……!」とアスランがシンに一撃を食らわすシーンと、その敗北を受けて最後に慰霊碑の前で本心を口にすることができるシンというのが映えるんですねぇ。

・ダーダネルス海峡戦
 いよいよ、もっとも熱く、コメント欄でもアークエンジェルサイドとミネルバサイドに別れて、どっちが悪い、どっちが正しいと議論が巻き起こったダーダネルス海峡戦。まあ、TV放映時は俯瞰する位置にミリアリアを配置して描いたように、どっちが正しいということはなく描いた部分だったとは思うんですが、やはり「Meteor」シンクロ演出を使って、前作第35話と同じフリーダムが一機で戦場を鎮圧するお話なんだけど、ここまでシン&アスランサイドから物語が構築されているゆえに、アスラン視点からはフリーダムが何考えてるか分からなくて、ぶっちゃけ今回は敵として映るというのを表現したのがもの凄い所。
 その上でも、フリーダムを何より信頼して、「頼むぞ!フリーダム!」と願いながら敢えてカガリを撃とうとするトダカ一佐の場面なんかは好き。
 描かれるのは、戦場で綺麗事しか言えずに無力という、引き続き落とされ続けるカガリ。それでもウズミ様の演説をバックに、理想を追求するも力足らず何もできないカガリが涙してる場面は相応のカタルシスが。
 そして、アスラン視点からだと、ハイネの接着剤の力もあってこの時点ではすっかり議長の思想がバックボーンになってしまってるため、本当にそんなカガリの気持ちを理解できないアスラン。「キラやめろ!何故おまえがそんなことを!」と本気で言っています。それはもちろん、キラからすれば「カガリが泣いているから」なわけですが。ああもう、アスカガファンとしてはフラストレーション、この時のアスランにはまったくそんなことは分からない。なんだかんだでカガリのこと一番大事にしてくれてるのはキラだよな。泣いてるお姉ちゃんのためにどんな批判も顧みず戦場を鎮圧してくれるこんな弟が欲しい。究極のシスコン作品とも言えそうな言えなさそうな。キラからすれば、一番辛かった時にナチュラルとコーディネーターのカテゴリを無化して接してくれたカガリを大事に想う気持ちなんだけど、カガリからすれば実はキラのことが好きだったんだけどラクスがいるから……みたいな。この辺りの微妙な人間関係は好き。

・相対正義の一角としてのフリーダム
 フリーダム介入によって出た犠牲者の描写(ハイネ含む)をちゃんと入れてくれたのは良かった。当時のコメント欄で、フリーダム(キラ)が正義みたいな描き方がこの作品は悪いとか言ってた人は、この辺りの描写を見逃していたのだと思います。どちらかというと、前作では正義的だったフリーダムも、視点を変えれば悪にもなり得るというのを描写したのがこの辺りのお話でしょう。

・まず決める、そしてやり通す。それが何かを成す時の唯一の方法ですわ、きっと。
 天使湯でのサービスシーン的な一幕ですが、僕的にはこの後ラクスがプラントへ渡ると言い出す動機を描写してる場面だったのだと思います。つまり、この台詞はラクス自身へもかかっており、ラクス自身も何かを決めて行動を起こすことを決心したという場面。地味に、綺麗事しか言えないけど行動だけは起こしてたカガリを見て、前作ラストを受けて積極的な行動を控えていたラクスの気持ちも変わってきたのではないかと。

・第24話「すれ違う視線」相当のキラ(&カガリ)とアスランの会話
 この回もコメント欄はどっちが正しいどっちが悪いと議論が巻き起こってた記憶が。お互い見えてないものがあるゆえにすれ違うように作ってるんだよなぁ。まずキラは、アスランが第1クール当時あんなに飢餓感を持っていて、それを補填してくれた議長に今は考えのバックボーンを委ねてることに気付いてないから、いつの間にかザフトに復隊して悪い連合を撃て的なことを言ってるアスランが理解できない。一方でアスランは、キラが大事な人を失うことを極端に忌避してるがゆえに、カガリやラクスのために戦っている、その結果が「世界」の方と相克するなら従えないというのを今ひとつ分かってないため、ラクスが襲われたという事態をキラほど深刻に受け止められず、「だからといって議長を疑うのは早計じゃないか?」などと言ってしまう。結局、ラクスをバックボーンに置いてるキラと、議長をバックボーンに置いてるアスランゆえにまたすれ違ってしまってるというのがこの辺りは面白い所。
 キラの撃ちたくない、誰も撃たせたくない発言に、「綺麗事を言うな!」とアスランぶち切れ。この口ではそんなこと言いながら実際には自分も撃ってるというアークエンジェルサイドの矛盾はこの辺りがピークですね。まあ、この辺りはアスランもブチ切れるわな。一方でだからといってカガリの気持ちを汲まずにオーブといえども敵なら仕方ないから撃つ的なアスランの言もキラ&カガリ視点からしたら信じられないわけで。ああ、とにかくこの場面はすれ違い、すれ違いに尽きます。

・ロドニアのラボの件
 にて、ますます悪いのは地球軍的な感じに。そして、このラボのエピソードを機会に、ステラ、アウルの涙を受けての熱い出撃。そしてシンとの再会イベント。この辺りもステラに「過去」が補填される重要シーンですが、ステラとシンの関係の物語上の意味合いの話はさっき上の方で書いたので割愛。軍規を無視してでもステラを助けることに必死になるシンの絵は広範囲で共感しやすかったのか、シンが好きになった的にコメントもこの辺りで増えた気がする。

・そして第28話「残る命散る命」相当のクライマックス戦
 基本的には引き続き正義相対。「なんであんたはそんな綺麗事をいつまでも!」と、本当はどこかで綺麗事を欲してるはずなのにそう激昂する(というか演出上、シンとカガリは実は似たもの同士)シンによってさらに否定されるカガリに、「撃ちたくないと言いながら、なんだお前は!」と上述の矛盾をついてアスランに否定されるキラ。されど、そうやって否定されるアークエンジェルサイドの反論の一撃が、「でも、カガリは今泣いているんだ!」のキラの言葉。大事な人が泣いている、大事な人の大事な人達が死んでいく、ただ、今それをさせたくない、だけどそのためには議長の誘導する「世界」とは相克する。キラの一撃でアスランのセイバー大破。基本的に信念とか心の勢いで勝敗が決まるのがSEEDシリーズなので、まだ迷いを持ち続けてた(カガリのこと含む)アスランに対して、何が正しいかは分からなくても大事な人は守るという一点にのみおいては揺るぎないキラがこの時点ではアスランを圧倒。されどこの時のフリーダムは悪人顔演出。大事な人を守るためと言っても、視点が変われば悪にもなるという演出。
 怒りをハジケさせるシンの手によって、シンの恩人トダカ一佐に刃が振り下ろされ、理想の追求敵わず大事な人達をただ失っていくカガリの大号泣という所でエンディングへ。

 で、このスペシャル・エディション版オリジナルエンディングが出色ですよ!アスカガ、キララク、シンステルナ…と三主人公それぞれの男女関係を表すカット連続から、左右にシンVSキラの構図で配置して、後からその真ん中にアスランが浮かんでくるという、まさにシン−アスラン−キラという作品の構造を指し示した映像。ミーアをバックにするアスランVSラクスをバックにするキラというもう一つのテーマである「真偽」対比の絵、そして最後はフリーダム、ジャスティス、デスティニーをバックにキラ、アスラン、シンの配置でのカット。いいわー、このエンディング。思わず3回くらい見返してしまった。TV放映時にこれ流してたら、三主人公の意図も伝わりやすかったかもなぁ。

 『それぞれの剣』の主題歌の名前が『tears』というのは聞いてたんですが、まさかカガリの「涙」に合わせてこんな技アリ演出で流れ出すとは。このエンディングだけでも、この『それぞれの剣』は見る価値ありです。SEEDシリーズ、エンディングへの入り方は本当いいよなぁ。

 ◇

 とりあえず、第二回はこんな所。怒濤の第3、第4クールの印象が強くて忘れがちだったんですが(というか時間の経過で単純にこの頃のお話は忘れ気味だった)、第2クールも面白かったです。いよいよ、シンVSキラ、名話「アスラン脱走」相当回、そしてインフィニットジャスティス発進と続く『運命の業火』もウキウキで視聴することにします。楽しみ。


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