2007年01月15日
『機動戦士ガンダムSEED DESTINY スペシャルエディション完結編 自由の代償』/感想
「でも、こんなのは、こんなのはもっと嫌だ!」(シン・アスカ)1/12日の『完結編 自由の代償』のブロードバンド配信に合わせて、当ブログのコメント欄に反映された放映当時の世評などを踏まえながら、スペシャル・エディション版で『ガンダムSEED DESTINY』という作品を忌憚無い語り口で振り返ります。第四回(最終回)は『自由の代償』を視聴しながら全力で。
・オーブを撃ってはダメだ、お前が!
・その怒りの本当の訳も分からないまま、ただ戦ってはダメだ!
前回のジャスティス発進から、真っ先にシンのもとへ駆け付けるアスラン。地味に『それぞれの剣』相当時点でシンの(当人は認めない)本当のオーブへの気持ちを看破していたアスランは、シンにオーブを撃たせないがための参戦。このインフィニットジャスティス搭乗後から、アスランはオーブや、最終回ではルナマリアといった、シンが本当の気持ちの部分で大切にしてる存在をシンが撃とうとしてしまうのを、ギリギリで守る守り人としての役割を担っていきます。く、アスラン、急にカッコよくなりやがって。まあ、説得は相変わらず下手ですが(;´Д`)
されど、相変わらずレイの意見とアスランの意見の相克にオーバーヒートして思考停止の種割れをするシンに対して、アスラン、ついにシンにオーブを撃たせないためにDESTINY初の種割れ。そしてシンを圧倒。燃え。やはり自立意志でステップアップした者はSEEDの世界では強いです。
・その方の姿に惑わされないで下さい。私はラクス・クラインです。
・悪いのはあなたでは無いのだという言葉の罠に惑わされないで下さい。
そして、真・ラクス、世界のメディアに登場。チェック・メイト一歩手前という表情だった議長が、「バカな……ッ!」と作中で初めて本心から焦りの表情を見せるという、アークエンジェルサイドの切り札登場。
悪いのはロゴスだ……とシンを、一般人を他罰へと誘導していた議長に対して、「悪いのはあなたでは無いのだという言葉の罠に惑わされないで下さい」と自罰も考慮せよという正反対の主張を伝えるラクス。この辺りは、前作でキラとアスランを言葉責めにして自罰を促したラクスの本領発揮です。
この「二人のラクス」相当回を持って、視聴者とシンクロする作中の一般民衆的にも、議長とラクス、どっちが正しいんだ!?という混迷に投げ出されることに。「転覆しえる価値観」を一つは描いてたDESTINY色が色濃く出ていた場面です。
・本物なら何でも正しくて、そうでない者は皆間違いだとでも言うのか?
真・ラクス登場を受けてのレイの言。存在の真偽もテーマの一つにあったDESTINY。この台詞と同時に、ミーア、ネオ、クルーゼ(に対する自分)という「偽」の存在を連続で回想で挟むのが熱い。こうやって仕込まれていたからこそ、真でも偽でもない、あなたはあなたと着地するミーア、ネオ/ムウ、レイの着地回の感動が増します。逆に言えば、こう言うほど真とか偽とかを超えた所での「個」としての自分を潜在的に欲していたんだよな、レイは。だからこその、最終回のキラに「個」を同定されるがゆえの価値観の転覆劇。この辺り熱いわー。
・これは俺たちの弱さが招いた結果だということだぞ、シン。
ジブリールのレクイエム使用に関して、取り逃した俺たちの責任とレイが語るの絵。そんなこと言われたら当然シンはそれはオーブが邪魔したからだ!と矛先をオーブに向けるわけで(事実そう言いかける)、引き続きレイの誘導が続いてる場面と思われます。でもこの辺りまであからさまな誘導が続いてるからこそ、最後の出撃前の会話がちょっといい感じになるんだよなぁ。
・でもそれじゃ、願って、望んで、頑張ることには、何の意味もないというのか?ああなりたい、こうなりたいと望むことは無駄だと……?
議長の指し示す世界を聞いてのカガリの言葉。過度な願い(欲望)による競争の果ての戦争をある種ネガティブに描いた(最終回のクルーゼ演説参考)前作に対して、かといって願うことに価値が無くなった世界はどうなるのか?という疑問符をもとに戦うことを決意する今作。放映当初の雑誌インタビューで踊った「前作の否定」的な話は、ある意味本当だったのです。序盤の戦いを肯定するシンの方に目がいきがちですが、ここで、願う心を肯定するがゆえにアークエンジェルサイドが戦いを決意するというのも立派な前作の否定要素という点に注目したい所。
そして、
「宇宙(そら)へ上がろう、アスラン、僕たちも」
「キラ……」
「未来を作るのは、運命じゃないよ!」
「ああ!」
で、キラとアスランがハシッとやって、ついにすれ違い&迷走劇の果てに、前作最強コンビが再結託。TV放映時はここで流れた「君は僕に似ている」がハマり過ぎてカッコ良かった記憶が。まさに、歌詞にある「二人なら……」って感じです。
・あなたの役目はもう終わりですジブリール
・ありがとうジブリール、そしてさようならだ
ジブリール撃墜時のレイの上の台詞はスペエディオリジナルですね。議長が提案する世界は役割準拠型の理想社会なれど、役割を終えたもの/役割から外れたものは容赦なく抹消されていくという負の側面がつきまとうことがより分かりやすくなってます。
ミステリじゃないから種明かし回は無いんだけど、ロゴスを敵として誘導していって世界をまとめて、その戦争で犠牲者が出て(デストロイやレクイエムを議長は知っていた)、皆戦争が嫌になって思考がいっぱいいっぱいな所でデスティニープラン導入……みたいな流れが議長の中にはあって、その中で議長的にジブリールも一定の役割を果たしていたのだと個人的には解釈。
・焦らなくていい、夢は同じだ
指輪を外すカガリ。というわけで、『砕かれた世界』の感想の所で書いたけど、指輪は「焦り」の記号でした。それを外して夢を同じくしたまま今はそれぞれの道へ……というのが、DESTINYにおけるアスカガ(カガアス?)の着地でした。とは言いつつ、メイリンに向かって「あいつ、頼むな」と言うカガリの瞳に少し涙が浮かんでるのが切ない(過度に鈍感なアスランと違って、カガリはメイリンの気持ちを知った上で言っていると思われる)。国家とか、戦争とか、そういう所と遠い所で出会えた二人だったら良かったのにね。残念ながらそうでは無いので、今はそれぞれの道へ。
・私達は誰も自分以外の何者にもなれないのです。
・あなたの歌と夢はあなたのものです。
真偽のテーマの偽の一角を担ったミーア、自立か役割かのテーマで役割の部分を担ったミーア、本当のラクスの語りの前に「個」を肯定されて着地へ。
されど、役割から外れたものは抹消される議長の世界の負の側面を描くのに一役買ってしまい、ここにて舞台から退場。ここで、負の側面を描写したのに被さっていよいよ議長のデスティニープラン発表という流れへ。さらに被さる、決意の顔のラクス。前作ラストの何もできなかったラストから、今作では積極的な行動を忌避していたラクスが、ついにやる気に。デスティニープラン(の特に役割から外れた者は抹消される部分)だけは掲げられないと、キラ、カガリ、アスランに続いて、ついに前作主要四人組最後の一人にして、前作では破格の超越者ポジションだったラクスが「戦う」ことを決意。いよいよ、最終決戦です。
・そのための力だろ、デスティニー
・あのエクステンデットの少女のように
レイとシンの最終決戦前の最後のコアな会話。ここらで明確にシンの戦う目的が、シンの本当の想いから離れて「デスティニープランの遂行を邪魔するものを排除するために」というものにすり替えられてしまうんですが、ただ、レイはシンに素の友情も持っていたのだと解釈したい場面。基本シンを議長にとって都合の良いように誘導していくのがレイの役割でしたが、やはりステラを逃がした時や、ここでテロメアが短いことを告白する時なんかは、普通に友人として語っていたのだと解釈。
ここでレイの口からステラのことが出てくるのが超重要ポイント。現存の世界の被害者であり、過去が無い点などが、レイとステラは同じで、かなり近い役割を作中で付与されたキャラなのです。レイは最終的にキラから「個(過去)」を与えられてしまい、ステラはシンから与えられたというのが違うくらい(そして二人とも最終回に「明日」という言葉を口にする)。そこを押さえておかないと、最終回でレイとステラが異様に存在感を示してる辺りの解釈が難しくなります。
・戦わねばなりません。
・全ての生は未来を得るために戦うものです。戦わなくてはならないのです。
ラクスのデスティニープランを反駁しての戦いの肯定。こうやって戦いを否定していた者たちが戦いを肯定するように変わり得るから。戦うものには戦うだけの理由があるから、やはり戦争が終わるのは難しいと。SEEDシリーズ、どうしても主人公達が活躍して世界を平和に導きました的な帰結はつけたくなかった作品なのだというのがこの辺りから伺えます。
・キラ・ヤマトというたった一人の夢のために
・父も母もない
・はい、俺もレイと同じ想いです。
「父も母もない」辺りは、ラストの疑似家族エンドへの布石。そして、そんなレイの境遇を知ったシン、様々なこれまでの出来事の回想を経た上で、議長サイドとして戦うことを決意。誘導されて本当の想いとは遠い所へ行き着いたゆえではあるんですが、純粋にレイへのエンパシーも大きな要因を締めていたと思われるのがポイント。この辺りでステラ=レイと重なるこれまでの仕込みが生きてくるんですね。戦争被害者へのエンパシーが強く、そういった人達を守りたいという想いだけは(利用されて誘導されちゃったけど)本物だったシン。レイも被害者であったと知って、ステラと重ねるかの如くエンパシーを感じたがゆえの最後の決断。この被害者/弱者へのエンパシーだけは最後まで持ち続けたシンは、純粋で、優しくて、まぎれもなく主人公の一人としてカッコいい主人公でした。
・それが君の運命なんだよ
レイとクルーゼのシンクロ演出。クルーゼの文脈から繋がる、過去も個もないがゆえの運命への諦観と既存の世界の否定。されど、そんなレイに向かって、最終回、キラの言葉の一撃が飛び出します。
「でも違う!生命(いのち)は何にだって一つだ!だからその生命は君だ!彼じゃない!」
一番呪ったはずの宿敵から思わず肯定されてしまった、一番欲していた「個」としての自分。この一撃が、諦観の最右翼として描かれてきたレイの価値観をも転覆させます。「転覆し得る価値観」をテーマに紡がれてきたDESTINY。最終回にて、最も「議長が正しい」で作中で肯定される所の「変化」から遠かったレイの価値観をも転覆。キラVSレイ、決着。
・お前が欲しかったのは、本当にそんな力か!
アスラン、ついにシンに一撃。当初から伝えるのが下手なだけで、シンの深層の所の本当の想いは看破していたアスラン。シンが欲した力は、デスティニープランに異を唱える者を排除するための力でもなければ、ましてや本当は欲してたはずのオーブを撃つための力でもない。
されど誘導の末に遠い所まで来てしまったシンにはそのまま許容することもできず、結果、価値観の奔流に耐えきれず錯乱。止めに入ったルナマリアにまで手を……
という所でアスランの一撃。
アスランがシンの未来をギリギリで守った場面。撃破されたデスティニーに涙を流すシンの残映が重なるのは
・ステラ昨日をもらったの、やっと。だから分かるの、どっちだか分かる。明日。嬉しいの。だからシンとはまた明日。
ステラとシンの不思議な世界での邂逅劇。シンから過去(貝殻に表象されるシンと過ごした時間ね)を貰っていたステラは、復讐でもなく、議長の提示する変わらない世界でもなく、変わっていく明日を願っていた。ようやくシンがそのことに気付く場面。ステラ、レイ、あとネオ(記憶を取り戻します)と、皆過去を獲得していって、それを踏まえられるからこそ変わっていける明日へ……と、最終回のテーマが収束していきます。
・オーブは撃たれなかった
ようやくステラの本当の想いに気付き、自分が本心では欲していたオーブが撃たれなかったことをルナマリアから聞いて、ただ子どもの様に涙してルナマリアの胸に顔を埋めるシン。カタストロフ。本当の想いとは遠い所まで来てしまったシンだけれど、撃たれなかったオーブとルナマリアが救いとして機能しております。良かった。打倒されるラストもあり得ただけに、救いがある結末で本当に良かった。
・分かっていけることも、変わっていけることも。だから明日が欲しいんだ!どんなに苦しくても、変わらない明日は嫌なんだ!
議長VSキラ(と背後にいるラクス)の最終章。相互理解の可能性、そのために必要な「変化」と、100話あまりかけてキラが獲得した希望を「明日」という言葉に賭して叫びます。
されど、そんなキラに対して、私が示す世界と君が示す世界、皆はどちらを選ぶだろう?と問いかける議長。この議長とキラが銃を向け合う場面まで、視聴者にどちらが正しいのだろう?と問いかけ続けてるのが凄いです。
・彼の明日……
と……視聴者に問いかけるのはここまで。最終的には、あくまで作中において、レイの銃弾により、キラの未来が選ばれます。キラを否定したクルーゼと同じ遺伝子を持つレイが、キラの望んだ明日を願ったという作中の帰結。勿論その背後には、作中で描かれ続けた「個」の肯定がキラによってなされたレイ……というのがあるわけで。正義相対のこのDESTINYという物語で最後に選ばれたのは、変わっていける明日。
・これが運命だったということじゃないの?
・やめてくれ
・お母さん……
議長、タリア艦長、レイの疑似家族エンド。現存の世界ではタリアさんと結ばれなかったという個人的な動機を世界規模の行動にまで拡大しちゃったガンダムの敵役らしい議長に、過去が無いゆえに父も母もなかったレイが、タリア艦長に包まれて疑似家族を形成して幾ばくかの救いを与えられて決着。
ここで議長の口から「運命」を否定する言葉が出てるのもポイント。こうして見返してみれば、矛盾を抱えながら行動してたのはキラやカガリ(らアークエンジェルサイド)とシンだけじゃなく、議長もだったんだな。運命に諦観する世界を作ろうとしていながら、自分自身はまったく運命に諦観していなかったという矛盾。そんな矛盾を、「やめてくれ」と自ら運命を否定することで解消してのラスト。何が正しいのかは分からずとも、作中では運命に依拠した諦観は否定されて決着を迎えます。
・でも、こんなのは、こんなのはもっと嫌だ
・いくら吹き飛ばされても、僕らはきっと花を植えるよ
・それが俺たちの戦いだな
どんどんと本当の想いと離れていったシンが、アスランに敗北して、ステラと邂逅して、撃たれなかったオーブを見て涙して、ようやっと自分の本当の想いに回帰できたという仕込みを受けてのラストシーン。ついに、どこかでオーブを、綺麗事的な風景を欲していたシンが、あの日キラと出会ったオーブの慰霊碑の前で本音を口にして矛盾が解消されて大団円へ。夕日の記号に彩られてすれ違いを続けてきた三主人公が、アスランが仲介する形でキラが手をさしのべ、シンがその手を握り替えして、朝日の記号に彩られた「相互理解」に着地しての決着。よく見てた視聴者にはずっと分かってた、一番大事なものは同じなのに、様々なパラメータが違ってしまってたがゆえに戦いあっていた三人が、最後は皆が共通する「大事なもの」によりそって想いを一つにして終幕。流れ出す「君は僕に似ている」の歌詞が全てを語っているという美しいラスト。何度見ても、良い場面だ。
・白服キラ
今回スペシャルエディションで追加された、何かと話題のショートエピローグ。なんか、雑誌ニュータイプでは「熱い友情に燃えるキラとアスランが、こいつになら任せられるとお互いの立場を交換したのではないか!?」みたいなことが書いてありましたけど(笑)、そこまで想像を広げなくても作中の既情報からある程度は解釈可能で、普通に1点は、今作DESTINYのラストは無印SEEDの主要キャラが結局何もできずにただ泣くしかなかったラストとは違って、それぞれが選び取ってそれぞれの戦いを続けていくという結構前向きなラストなので、ラクスも隠居したりせず、プラントに戻って議長の世界を否定した分の責を負って為政に関わる決意を固めた感がある点。そうなれば、ラクスの伴侶であるキラもプラントに渡ってしかりというのがまずあります。あとは、個のキラVS組織のシンという構図が作中にあって、個のキラの方が勝って決着してしまったので、両方の正義を否定する気がない作風としては、別に組織を否定するわけじゃないよということで、個だったキラが今度は組織の面からアプローチしていくという「止揚」を表現してのキラの白服(組織に属した証)なのかもしれません。この辺りは、今度はシンが逆に個としてのアプローチで劇場版で活躍したりしたらそれこそ立場シャッフルによる止揚って感じで熱いと思うんですが、その辺りどうですかね?
●総括
・最終回のコメント欄
最終回や作品全体のまとめや善し悪しを語り合う以前に、2ちゃんねるにでも張られたのか、基本的なモラルやマナーができてない人が多数乱入してきて自己顕示の毒吐き文を書き込んでいって、どうしようもない感じに。この辺りは本当やめて欲しかった。アニメの非難してる前に、我がふり直せと。なので、当時僕が著しく体調を損ねていたこともあり、1年間も熱心に感想書いてきた作品のわりに、最終回当時のコメント欄は僕のレス無しのまま放置という状態に。最終回を機会に久々に書き込みしてくれた人とかもいたのに、レスできなくてすいませんでした。今になって謝っておきます。
ただまあ「最後の力」相当の最終回では、キラ(とそのバックにいるラクス)、議長、レイ、タリア艦長くらいにしか決着ついてないよ!というのがあります(何と、FINAL PLUSではない最終回には、最後のメサイア内にアスランがいないのです!)んで、やっぱり、アスランやシンにも分かりやすく決着がついた「FINAL PLUS」の方が最終回としては数段イイと僕は思ってますね。
・回想
1年を通してコメント欄につきまとった批判の一つが、回想シーンの多さ。まあ、アスランは回想王なんだからいいじゃんなんて僕は思うんですが(笑)、ただ、もちろん尺を埋めるための回想もあったんでしょうが、意外と回想は意味がある場面で使われていたのも多いというのが僕の印象。レイとクルーゼの関係を印象づけるために前作のクルーゼとキラの回想を入れるとか、シンの本当の想いにフォーカスが当たる場面でマユやステラの回想が入るのとかが、そういった必要な回想の例。こういうのは、分かりづらい!という層のために敢えて作り手が入れてる部分なんだけど、分かりづらい!という人ほど回想の意図を解釈せずに、回想が多い=時間稼ぎが多い駄作と単純に結びつけてるのが皮肉な感じでした。むしろ、ここを補完して欲しくて入れてるんだなというのを視聴者が理解した上で、入れなくても分かるから!という観点から批判が来るくらいの世の中になればアニメ大国の日本としてカッコいいと思うんですけどね。残念ながらそんな批判ではなかった感じ。
・バンク
もう一つコメント欄にてつきまとった批判がバンクの多さ。まあ、この点は妥当と言えば妥当。実際には、ロボットアニメで大変だからバンクがあるのではなく、バンクが使えるからロボットアニメが作られたんだ的な歴史を鑑みるに、一概に否定はできないんですが、ロボットの戦闘シーンのロボ画以外にも沢山ありましたからね。僕的に目についたのが、あのシンがコックピット内で何やら吼える時に使われるバンクと、タリア艦長が「撃てー」的なことを口にする時に使われるバンク。もう、一体何回使い回してるのかと(笑)。今回『砕かれた世界』見て、ああ、このバンクの初出はここだったかと感動したくらいです(笑)。
ただ、それでも3Dにしないで2D画のロボットバトルで1年ものをやりたいという作り手のこだわりゆえなんで、3D化やバンクが使えないゆえに他の出色な部分が削られるというのには賛成できない所。少しかじった知識だと、アニメ作るのにはバンクを管理する係の人が専門でいるくらい、バンクはあってしかりとして作られてるものらしいですからね。
バンクの話含め、絵に関してはとにかく視聴者の目(特にオタクの)が肥えてきてしまったのが必然的に批判の多さを招いていたという印象も。絵を1年全部『涼宮ハルヒ』クラスでやれとか、それくらいのことを平気で要求してくる人ほど批判していた感じ。まあ、視聴者なんでニーズの一つとして礼儀をわきまえた上で要求する分には何言ってもいいんですが、1年ものの2Dロボットアニメで高作画を高い水準で維持というのはやはり難しいですよ。その辺りを考慮すれば、80点クラスを常にキープという作品ではなかったですが、業界全体の相対値からすれば十分に及第点はクリアしていた作品だったという印象。それでいて時々インパルスVSフリーダムみたいなぐりぐり動くすごい絵を見せてくれてたんだから、僕的には満足。ストーリーや構成、演出などのその他の出色な部分と相殺されるほどのマイナスイメージは感じないで見てました。
・個人の好き/嫌いと、客観的な世評との誤謬
「売れてるけど僕的には嫌い」はなんら問題無いんですが、「僕が嫌いだから売れてない」的な流れでの主張をコメント欄によせてくる人が多かったのも気になる点でした。自分が嫌いなものは、世間一般も嫌いに相違ない……というのは、そう思いたいのは分かる気もするんですが、真実とは異なると言わざるを得ない点。そこを誤謬して、なんだかたよりないソースに依拠して作品の評価をネガティブに客観化しようとする人がちょっと目立ちました。個人の好き嫌いじゃなく世間一般の評価を、「その作品がどれだけ沢山の人を楽しませたか/感動させたか」で定義すると、あんまりアテにならない指標としては、「ノイジーな非難屋が集まってるWEB上の感想集積場所での感想」や、「Amazonのレビュー欄(このケースの場合)」、比較的アテになる指標は、「DVDをはじめ、関連商品が売れてるか」、「アニメ誌など、ちゃんとした統計手法で統計をとってる場での統計」、「視聴率」、「二次創作の盛り上がり度(意外とバカにできない)」……などがあげられます(他にも色々あるけど、あくまで僕的にね)。「ノイジーな非難屋が集まってるWEB上の感想集積場所での感想」は、2ちゃんねるなんかは母集団として非難屋気質の人が集まってる点に注意しなければなりません。母集団から負の方向にフィルターがかかってるので、「普通に楽しんでる」層が得る楽しさを基準に客観化するには適切じゃありません。そういった非難屋気質の意見が連鎖して大きくなってあたかも客観的な世評を形成してるかのように錯覚してしまうのも問題です。ネットの特徴として、似たもの同士での連鎖を形成しやすい点がありますが、非難屋が非難屋の意見に左右されてネガティブ評価の連鎖を形成していくのはよくある現象です。自分では何ら気にならなかった点が、非難屋の意見の影響を受けてしまって自分もなんだかマイナス点のように感じられるようになってしまい、結局自分も非難の感想をWEB上にアップしたなんて経験がある人は要注意です。非難の連鎖に巻き込まれて、いつの間にかその中が世間一般の客観だと誤謬するようになってしまいます。もう少し、そういった負のフィルターがかかりにくい情報源を客観を語る時には参照されることをお勧めします。Amazonのレビュー欄も大体同じです。売れてる作品ほど、単純に母集団の増加からノイジーな非難屋が流入しやすくなり、非難連鎖を形成しやすい土壌になっています。『世界の中心で愛を叫ぶ』、『バカの壁』、いずれもメガヒットの書籍ですが、Amazonのレビュー欄は散々たるものです。DESTINYも大体同様の状況。この辺りは売れてる作品ほど、それを非難することで自分がエラくなった気になれるという幼稚なフィルターがかかることは、Amazonを使って商売をしてる人にとっては常識ですので、特にDESTINYの場合はAmazonのレビュー欄をあまり過度に客観的な基準として参考にしない方が良いでしょう(DESTINYの場合と限定するのは、一応参考になるケースもあるから。ただ、この辺りはマーケティング用語におけるセグメンテーションの話をしなきゃならなくなって長くなるので割愛させて頂きます。Amazonのレビュー欄から世評を読むには、結構技術が要るのだという点だけ覚えておいて頂きたいと思います)。で、逆に参考になるのは、やはり一番客観的な指標の権化とも言える、「数字」でちゃんと出る指標です。まずは「DVDをはじめ、関連商品が売れてるか」ですが、DESTINYは売れてます。むしろ、あのレビュー欄の酷評にもかかわらず、AmazonではタイムリーDVD刊行時に上位にランクインしていた辺りからその凄さをうかがい知って欲しい所。他、様々な独自のソースを提示することは可能ですが、何よりも、ディレクターズカット版(FINAL PLUS)の作成、スペシャルエディション4部作の作成、そして劇場版の制作決定と展開してきた事実が、DESTINYも商業的に成功していた証としては理解しやすいと思います(まさか、まったく売れてなかった作品をそこまで商業展開するほど作り手もマーケターも無能だとは誰も思ってないと思います)。次に「アニメ誌など、ちゃんとした統計手法で統計をとってる場での統計」ですが、こちらも雑誌ニュータイプなどでは『涼宮ハルヒ』や『コードギアス』といった後発キラー作品が出てくるまでは圧倒的に作品部門1位を連続更新、キャラクター部門にいたっては、今なおキラとラクスがワンツートップという状況。また、アニメイトの機関誌「きゃらびぃ」の最新号では、放映終了後から1年以上経っているというのに、DVD予約部門の第3位に「自由の代償」がランクインです。これらは、ニュータイプにしてもきゃらびぃにしても、母集団が普通にアニメを楽しんでる層ということで、非難屋気質の人達が母集団のもとでの評価よりは、よっぽど健全で客観性が高い指標であると考えられると思います。そして、視聴率、ですが、これはあんまりアテにならないんですが、とりあえず母集団の総数の多さを知る上では有効な指標なので一応入れておきます。が、単純にビデオリサーチ社が発表する数値よりも、レコーダーにレコードされている分の数値も加算するとより客観的な指標になるという点を踏まえておいて欲しいと思います。これは(確か)いつぞやのIT-メディアか何かの記事で、視聴率では苦戦してると解釈されるDESTINYが、レコーダーの分も集計に入れると一躍善戦してることが分かるという記事を読んだ記憶があります。『プリキュア』や『ONE PIECE』など、もろに子どもに受けてる作品ほど単純な視聴率は高いので、子ども層にはあんまり受けなかったのかなという判断は可能ですが、それでもなお、一映像コンテンツとしては申し分のない母集団を抱えていたアニメとしてある程度客観性のある判断が可能です(勿論、他のアニメ作品との相対値からの判断)。最後に「二次創作の盛り上がり度」ですが、これは作品を観た人における、ヘビーユーザーの割合みたいなものです(よっぽど好きじゃないと二次創作まではやらない)。これも、放映終了後1年以上経っても未だに同人誌が売ってるようなお店に行けば、DESTINYが根強いという事実を感じて頂けると思います(さすがに最近は減少傾向にある感じですが)。
・まとめ
……と、ある程度客観的なことを語るにはこのような指標を参考にした方がヨロシイのではないかという話をした所でまとめさせてもらうと、『ガンダムSEED DESTINY』、僕個人としては、オールタイムベストに入る傑作。世間一般としては、通時的にはともかく、共時的には今なお多くの人を楽しませている優良作品(勿論相対評価)といった感じです(通時的にはやはり『ファーストガンダム』とかの方が客観評価は高くなるでしょう)。とか言いつつ僕はDVDまでは買ってないんですが、それも僕が30歳になる頃にSEED〜DESTINY〜劇場版を完全収録したストライクフリーダムDVD-BOXみたいなのが出るんじゃないかと見越してのこと。そして30になった僕は振り返り視聴しながら、また振り返り感想を書いたりするのです。それくらい好き。劇場版も2回くらいはデフォで見に行くと思います。完成が待ち遠しいぜ!
◇
……と、そんな感じで、今回のスペシャルエディションで『ガンダムSEED-DESTINY』を振り返ろう企画は終了したいと思います。皆さん、また劇場版の感想で会いましょう!

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この記事へのコメント
(新・吼えろペン)
そういえば、最終話のコメントにあいばさんのレスがなかったなぁ……。当時、私も病を患っていましたので、お気持ちはお察しします。そういった心身の状態で上記のような『病みはじめてる人々』のガス抜きにつきあうのは時間と気力のムダですから、あまりお気になさいませんよう。(続く)
(新・吼えろペン)
私個人は『種運命』は残念ながら失敗作であったと考えています。理由は単純明快なもので、かつて、こちらのブログでも述べた通り、
『いくら綺麗に花が咲いても、人はまた吹き飛ばす』
というシンの(というより『種運命』の根幹に関わる)問いに本放送の中で明確な回答が成されなかったからです。勿論、FINAL PLUSにおいて、
『いくら吹き飛ばされても、僕らはまた、花を植えるよ』(キラ)
という見事な回答があったことは知っていますし、そもそも、物語のテーマを台詞で語ること自体、愚の骨頂であると承知してはいますが、それでも、土曜の夕方という大多数が視聴し得る時間帯の作品のテーマが、深夜の、それも一部の地域では放映されない特番でしか補完されなかったことは、作品の完成度を著しく損なうものといわざるを得ないでしょう。(続く)
いつもあいば様の記事を拝読しております。客観的で深く鋭い考察にいつも感服しております。
特に私が好きなのはコードギアスとSEEDシリーズで、ルルーシュとキラのファンです。
SEEDのネットでの評判には心を痛めておりましたので、あいば様の記事には心慰められました。
さて、今回の記事で気になった点が一つあります。
「アスランの一撃で撃破されたデスティニーに涙を流すシンの残映が重なる」場面は、既にFINAL PLUSにあります。
これからも頑張ってください。応援しております。
それと、今まで『種運命』への批判を述べてきましたが、だからといって『種運命』がダメだというつもりは毛頭ありません。構成上、失敗していても面白い作品は他にも沢山ありますし、逆にストーリーに整合性があっても、面白くも何ともない作品だって山ほどあります。
『プロ野球でもきちんとなんでもこなせる選手は二軍に多いとか……一軍はズバ抜けていいところもあるが、ズバ抜けて悪いところもある! しかし、とにかくズバ抜けているところがないと一軍には……』
『そのとおりだよ! ズバ抜けて悪いところがなきゃ、ダメなんだよ!』
(吼えろペン)(まだ続くw)
ラクスの真贋論争や、キラへの胸に秘めたる憎悪の炎など、冷徹な仮面の下に隠した感情の渦は、もう一人の彼である『ラウ・ル・クルーゼ』を彷彿とさせました。
そして、デュランダルによって『定められた世界』を生きてきたレイが、最も憎むべき(そして排除すべき)存在であるキラに『個』を触発され、『個』として生きる(或いは『個』として死ぬ)ために、それまで、自分の世界を創りあげてくれたデュランダルを撃たなければならなかった、という流れは見事というほかありません。今、思うと、
「あぁ、俺は『種運命』の中ではレイが一番好きだったんだなぁ」
とようやく気づいた次第です。
長文、雑文、失礼致しました。
それと橘花様、レスでサンドウィッチしてしまい、申し訳ありません<(_ _)>。
す、すごい量と熱い文ですね。クールな印象があるので、結構意外です。
種運命に関しては、僕も途中で一時批判する側に回ってしまったので、あいばさんの言葉は少し痛いです(苦笑)。あいばさんのおっしゃるように、ネットでの感想に飲み込まれてしまって、あとからバカだなぁと思いました。憑き物に憑かれるというのは、こういうことを言うのか(笑)。
憑き物が落ちたのは、あいばさんの感想のおかげなのです。
どうもありがとうございました(続く)。
スペシャル・エディションも良かったです。
でも!でも!ひとつだけ言わせてください。
……バルトフェルドさん、切なすぎ!
ドキンと申します。
SEEDのファンの一人で、今回ふらりとココに辿り着きました。
あいば様の熱い記事に、とても嬉しく思いました!
私的には、DESTINYという作品が『非常に解り辛い』アニメと映りました。
大きな意味合いを含ませ過ぎた…というのが、最終的に思った事です。
しかし、それでもやはり、SEEDというアニメが好きで仕方が無い。
なので、あいば様の温かく熱いレビュー(見方)に、思わず感動すら覚えました。
長々とすみません。(TBさせていただきます)
では、この辺りで失礼を…。
近頃私も妙にDestinyづいていたのでいろいろ細かく思い出せて楽しい感想連発でした。「あいばゆうじ!きさま!見ているな!」とかこっそり思ったのは内緒w
DestinyはSEED以上に大胆な構成で驚かせてくれたわけですが、ハルヒやワンピース、ネウロなど、近頃は1話ごとの小さなまとまりよりも、凄い構成で見せてしまう話がクリエイター側の主流になりつつあるのかもしれませんね。そのあたりを読む習慣のある人とない人の間で評が分かれすぎた感があります。
あ、ちなみにAmazonの評価の正しい見方を読者の方にご紹介(笑)
「単純な否定意見が多いものは傑作(懐古的比較を含むとなおよし)」「ネタっぽく否定または、ほめ殺し的なものは駄作」ですかねー。簡単な話で、つまらないものには誰も見向きもしないというだけです。
雑誌ニュータイプの考え方は面白いですね(^−^)!ユニフォーム交換かよ!と。カガリから「ルージュ貸して!」と気軽に借りて大破させたみたいに、アスランとも軍服を気軽に交換しちゃっていいのかよ!と。
まあ、そんな与太話はさておいて、実は何気にキラ、これで作中の主な三勢力(連合・ザフト・オーブ)を制覇したことになりますね!脱走常習犯のアスランより先に、しかも一回も脱走すること無く!!アスランの立場ね〜(^−^;)。
「カテゴリー無化」のテーマを大きく内包するSEEDの事。ここら辺が劇場版でキーの一つになったりしたら、かなり熱い展開が期待できそうかもです(^−^)!!
愛人を失った者同士であったマリューが、死んだはずの愛人と結ばれて、アンディさんは一人、余生を過ごすというのは、
「確かにムウ×マリュはいいけれど、かつてのマリューと同じく、愛人を失ったアンディの存在を忘れちゃいないか?」
という、ムウ×マリュ派の人に対する、監督の皮肉なのかなと感じております。
(続きます)
ネットではかなりSEEDに対する批判(と言う名を借りた罵詈雑言)を言う人が多いようですね。
「この作品は人気だけど、自分は嫌いかな」という人ならまだ仲良くやっていけるのですが、
「この作品は自分は嫌い。きっと世間も自分と同じ意見だろう」
と言う人とはちょっと・・・ですね。
中には
「種は有名アーティストのプロモーションビデオ的なアニメであり、作品の内容としては実に幼稚でお粗末。
それを制作側は、派手な戦闘シーンでごまかした!
外伝のアストレイも同様。
というよりも、アストレイは制作しているオルフェの千葉が業界チンピラだから、論外だ!!」
などという頭の固い人もいるわけでして・・・。
(さらに続きます)
はっきり言いますと、上記で書いた人はガンダムシリーズをいわゆる「架空戦記もの」として捉えている人なんです。
(果たしてガンダムシリーズはそういうカテゴリーなのかと疑問に思うのですが)
結局何が言いたいのかといいますと、
SEEDで批判している人は、アニメでの戦争を「リアルな架空戦記だ」という幻想を抱いている人であるのかなと思います。
そして、そういう人達は、その幻想を取っ払うことが出来ないまま、「銀河英雄伝説」のような「リアルな架空千期の幻想を具現化した物語」に依存してしまうのではないかと思います。
堅苦しくて見ていて憂鬱になりそうな架空戦記と、SEEDのように頭をやわらかくして楽しめるアニメ。
どちらを視聴者が選ぶかは必然なわけです。
というよりも、ロボットアニメにリアルな戦争ものを求めるという風潮は、個人的に頂けないんですけどね。
あいばさん、長文失礼いたしました。
べ、別に掴みと引きに必ず『吼えろペン』を引用しなきゃならないルールとか無いですからね!(笑)
「FINAL PLUS」を作品の善し悪しの判断に含めるか含めないかは「FINAL PLUS」時のコメント欄でも仰ってましたね、与力さんは入れない派で、僕は入れる派。主媒体では色んな事情から終わりきらなくて、その分をコミックス補完で補うとか、WEB配信で補うとか、それこそDVD向けディレクターズカット版で補うとか、メディアの多様化と共に色々なパターンが出てきてる昨今なので、どこまでを作品の評価対象にするかというのは色々な見解が飛び交う時代なのかもしれません。
>橘花さん
どうも初めまして、コメントどうもです。
僕と同じです(笑)>キラとルルーシュが好き。
「デスティニーに涙を流すシンの残映が重なる」場面、FINAL PLUSに既にありましたか、ご指摘どうもです。早速直しておこうと思います。
またおいで下さいー。
どうも、「涼しげな顔の割にはなかなか激情家だな」と言われるあいばです。こんばんは。嘘。言われたことない。ちょっと『るろうに剣心』の般若の台詞を無性に引用したくなって言ってみました。
>価値観がいつのまにかすり替わってしまう経験もあまりできないと思うので
作中の登場人物や民衆の価値観が転覆するのを一つキーに作られた作品だと思うんですが、見てる視聴者の方の価値観も転覆し得てしまったりという感じですね。DESTINY、恐ろしい子です。
僕にとっても思い出深い作品ですねー。劇場版で、もう少し思い出作りは続きそうなんで楽しみにしてますけど(^_^)
どうも初めまして、コメントどうもです。
そうですね、象徴表現とかメタ演出が多いので、そういう意味ではよく読もうとすると「非常に解り辛い」作品だったかもしれません。
でも一方でキャラ萌えやロボットバトル燃えで気楽に楽しめるようにも作ってあったわけで、その辺りの融合具合が僕的にはDESTINYの魅力ですかね。
TBはどうもです。またおいで下さいー。
名前、アルファベットの方がカッコいいですよ!
チャット、終盤のあじさんのテニプリネタが、テニプリネタだと分かってる人にも分かってない人にも同様にウケてたのが印象的でした。許斐先生はやはり凄いです。
一気視聴感想はやってみると結構楽しかったですよ。長期構成タイプの作品だっただけに尚更。この調子で、次は『ONE PIECE』一気読みでも慣行しようかと思っております。いや、マジです。
Amazonの読み方は個人的に色々研究してるんですが、長くなるので割愛で!(笑)いや、あじさんの書いてることはもっともです。
そうですね、キラに三勢力コンプリートして貰ったように、アスランには劇場版でも脱走してもらって、三作品脱走コンプリートをしてもらいたいです。
まあ、真面目には、普通にカテゴリ無化の三勢力共闘がクライマックスでいいような気がするんですが>劇場版、その辺りを敢えて外してくるのか、王道で来るのか、何にせよ楽しみにしております(^_^;
虎(僕はこう呼んでます(笑))は、確かにムウとアイシャで失った者同士のシンクロ演出が入った時は、マリューさんとの恋愛話への仕込みだったのかなと思ったんですけど、終わってから思うと、単純に、その頃シンやアスランでも描かれてた、誰しも前の戦争では大事な人を失ったという点を描写しただけの場面だったのかもしれませんね。ミリアリアなんかもですが、後半は前作組でフェードアウトしていったキャラは結構いましたね。だけどまあ、虎もミリアリアも前作で主要な役割は果たし終えてた感のするキャラなんで、あんまり不満は無いんですが。
御返信ありがとうございます。
>べ、別に掴みと引きに必ず『吼えろペン』を引用しなきゃならないルールとか無いですからね!(笑)
はうぅ、申し訳ありません。
ただ、作品を批評する場合、大抵の人たちは受け手側からの論理に重点を置いてくるわけですが、やっぱり、作り手側からの意見も必要だろうと。そういった時に『吼えろペン』という作品は実に使い勝手のよい(私がいいたいことをズバリと表現してくれる)言葉が多いので、何度も引用した次第です。御気に障ったり、著作権の問題などに抵触するなどの問題があれば、今後は差し控えます<(_ _)>。 (続く)
これに関しては、多少、嫌ぁな話になってしまいますが、作品の製作にかかる金の出所と、それを製作者が自覚しているかどうかだと思うんです。
漫画雑誌は女性誌や情報誌などよりも広告費への依存度が低く、製本にかかる費用の多くを、その雑誌の売上で賄っています。故に武装錬金のように不本意な打ち切りを強いられた作品が、姉妹誌やコミックスで補完を行うのは、自腹を切ってやっているようなものですので、これには意義はないんです。
ですが、テレビ番組となると、その制作費の殆どはスポンサーが捻出しています。そして、スポンサーがテレビ番組に投じる金はCM料金であり、それらは、普段、私たちがする買物の金額に上乗せされたものです。(続く)
そうである以上、仮に毎週土曜日の夕方6時から30分のアニメ番組を放送すると決定して、スポンサーから制作費を集めたからには、キチンと放送期間内に、その番組のテーマをしめす義務がある(少なくとも漫画雑誌よりは多い)と思うのです。製作者側の都合で尺に収まらなかったものを、DVD特典など、他の媒体で補完するくらいだったら、
『じゃあ、最初っからOVAでキチンと創ってくれよぅ』
と考えてしまうわけでして……。
何か、判りにくい、纏まりに欠ける文章になってしまってすみません。(でも続く)
>『武装錬金』(与力さん読んでたか分からないんですが)
はい、全部読んでいます。アニメも見てます。斗貴子さんの声、ハマリ過ぎです。今度は実写でお願いします。パピヨンは及川光博氏を希望します(笑)。
>レイ
色々見返してみると、様々な場面で彼に関する複線が張られているので、ちょっと驚いています。
『美形にピアノ弾かせて、人気を獲るつもりだろう』
とかいう批判もあった、レイのピアノシーンですけど、アレは議長のプランを実行する、いわば『演奏者』としてのレイの役割を暗喩したものだったとようやく気づいた私。遅いよ。(終わり)
あ、いや、『吼えろペン』に関してはむしろ面白いと思ってふれたので、引き続きばんばん引用して下さい(笑)。著作権もこれくらいなら島本氏も引用の範囲内とおっしゃってくれると思います。
>FINAL PLUSと武装錬金ピリオド
少し分かりづらかったんですが、TV放映の作品と漫画雑誌掲載の作品とでは、その背後にあるお金の流れに違いがあり、追う責任も(程度として)違ってくるということを仰ってるのだと思います(……ということですよね?)、その上で2点、
1.TV放映作品も、漫画雑誌作品も、ユーザー(視聴者/読者)からのお金が制作者側に届いて作成されるというおおまかな流れは同じなのではないかという点
ユーザーが雑誌を買ったお金→<中略>→制作者へ
ユーザーがスポンサーの商品を買ったお金→<中略>→制作者へ
もう一つは、
2.そもそも作品の背後にあるお金の流れは作品の完結編を考慮するかしないかという今回のトピックとはあまり関係ないのではないかという点
柚木さん声の斗貴子さんには僕の日参ブログの中の人にも悶えてる人が多数です。今はお金無いんであれですが、そのうち絶対DVDで視聴はしようと思っております。
>レイとピアノ
なるほどー。この解釈は今回の書き込みで初めて気付きました。そうですね、そう考えた方がピタリとハマりますね。ちょうど議長がロゴスがどうのこうのとプランをほのめかしだした頃に入ったレイのピアノ描写だったと思うので。なるほどー。
FINAL-PLUSとの比較で言うと、残り5〜10秒のラストカットが最高だったなぁと。
- 花を吹き飛ばす人の業
- それでも花を植え続けることを誓った3主人公
- そんな3主人公の傍らで咲く、一輪の花
FINAL-PLUSでもキラとシンの握手直後に使われていた映像ですが、今回は本編だけでなく〆にも持ってこられた形。キーワードの「花」と絡めて締めくくったこのラストの映像が、もう最高に綺麗でした。
FINAL-PLUS放送直後に、自前でDESTINYの映像を使った「ignited」のカラオケアニメーションを作ってみたりしたんですが、その〆でこの映像を使っていたりして。DESTINYの制作スタッフにシンクロした気も(笑)
父を撃ち、そして共に逝くことを選んだレイ。
父を撃ち、そして共に逝こうとしていた(んじゃないかな?)アスラン。
デュランダルを撃ったレイに、前作ラストのアスランが妙に重なって見えたんですよね。前作にあってクルーゼはキラのIFだったと思うのですが、今作にあっては(特にキラの言葉によってレイがレイ自身の想いに立ち返ってからからは)、レイはアスランのIFとしての側面も持っていたんじゃないかなぁと。
そんなレイ=過去の自分が選んだ道を見つめながら、それはそれでレイ自身の選択として見つめながら、明日に向かって進む道を選んだ現在のアスラン。父の呪縛に囚われるのではなく、過去に囚われるのではなく、明日へと進むことを選択したアスラン。そんなアスランが語る「明日」への想い。
「だから人は手を伸ばすのだろうか、二度と戻れぬ、遠い過去に失った園を求めて」
「だが、時は戻らない」
「ならば俺は、向かう未来にこそ、それはあると信じたい」
アスラン視点で構成されたスペシャルエディションでしたが、そのラストとして、上記の「花」とは別の要素として、アスラン自身の「選択」によって綺麗に〆られたように感じております。
御返信ありがとうございます。
>『吼えろペン』に関してはむしろ面白いと思ってふれたので、引き続きばんばん引用して下さい(笑)。
ありがとうございます。お言葉に甘えて、これからもバンバン使わせて頂きます。まぁ、ホントは島本センセに頼らないで、自分の言葉で説明できれば一番なんでしょうが、私のような挫折した三文文士の発言と、北半球一熱い漫画家の台詞では、説得力が違い過ぎますからねぇ。(続く)
この辺りの理屈に関しては、自分でも整理できていないままに書き殴ってしまった面がありました。ホント、すんませんです。
ただ、やはり、全50話と決めて放送を開始した以上は、その中で主題に回答を出すのが、その番組に金を投じた人々に対する製作者の義務だと思うわけですよ。どんなに、FINAL PLUSや、劇場版のイデオン&エヴァ、新約『Z』のように、別媒体で作品の不備を補っても、
『やっぱ、それはずるっこだよね』
と考えてしまう私は古い……のかなぁ。
『そううまくスケジュールどおりに進められるなら……苦労はないんですよっ!!』
『苦労してスケジュールどおりに進めるのが、プロじゃあないんですかっ!?』
(新・吼えろペン)(まだ続く)
>この解釈は今回の書き込みで初めて気付きました。そうですね、そう考えた方がピタリとハマりますね。
お褒めに預かりまして恐縮です。
勿論、あのシーンはバンクや回想シーンと同じ『尺稼ぎ』なんでしょうけれど、それにキチンとした意味を持たせているところは巧いですね。『手』ではなく『力』を抜いたシーンだったと思います。種運命のスタッフも、やる時ゃやるなぁ。
お久しぶりですー。
前作のクルーゼは最終戦時点で確実にキラのifで、同じ人工物というバックグラウンドを持ちながら、世界の終末を諦観したクルーゼと、「それでも守りたい世界があるんだ!」のキラに別れたのは、キラには存在肯定してくれたラクスがいたのと、あと直接キラには伝えられませんでしたが、「力だけではない個としてのキラを好きになってくれた」フレイの想い(あの最終回のシーンは良かったなぁ)なんかがあって、その辺りのパラメータが違っていたからだと思います。
やっぱり島本和彦は北半球クラスだったんですね。それはそうと、「古い」とは言いませんが、今後メディアの多様化と共に別媒体で補完パターンは増えてくると思うので、それを全部許せないとなると少々心の平安的には大変かもしれないですね。ブロードバンドの普及により、WEBでの動画配信環境も整ってきたので、背後の事情で終わりきらなかった映像作品の完結編がWEB配信で追加作成なんてパターンも出てくると思います。それも、僕的には作り手がそっちをもって完結として欲しいと望んでるんだったら、好きな作品ほどそっちも見て善し悪しは語るようにしたいと思ってますねー。
レイのピアノは、「自由の代償」に封入されてる新規イラストにも議長をバックに弾いてるイラストが追加されてました。めっちゃ議長=プランナー、レイ=奏者って感じのイラストだったんで、やっぱりこの解釈は良さそうです。






























