ブログネタ
佐原ミズ に参加中!
 「明日の君が、どうか笑っていますように」

 単なる傑作。漫画短編集の中で僕の中のバイブル、榛野なな恵『卒業式』に並んだ。それくらいの珠玉の短編集。
 ◇

 疲れがちな社会の中で、皆何かを抱えてるわけですよ。生き死にがどうこうとかそこまでいかなくても何か「上手くいかない」日常を生きている。そこに「恋愛」という魔法のトランキライザーが差し込んだ瞬間、あるいは効果を発揮しだした瞬間を、漫画にしか出来ない手法で鮮やかに切り取ってる珠玉の短編がずらりです。

 以下、短編ごとに簡単な感想。

●空曲がり停留所

 木村さんと少女とで、「飛行機」が鬱屈した現状から飛翔させてくれるかもしれない「何か」を賭した象徴なわけですよ(カラーページで木村さんは飛行機を見上げ、少女は飛行機を手で写真型を作って切り取ろうとする)。木村さんの方は売れないマンションの営業に埋没してる鬱屈した会社人としての自分で、少女の方は好きな人が自分より他に好きな人がいるという、恋愛の悩みに埋没してる自分。だから、バカバカしいとは本心では分かっていても、10回飛行機を捉えられたら「願い」が叶うという占いに想いを託してしまう。

 でも、木村さんの方は少女に、

 「毎日 空の下歩ける仕事なんてなかなか無いと思う ね お兄さんのお仕事だってちゃんと良いトコロあったでしょ」

 と言ってもらえたことで、その鬱屈が払拭されるわけです。だから、埋没してた営業の仕事にも価値が見いだせて、お仕事も好転しはじめる。

 そんな折に見かける、涙を流している少女。自分とはうらはらに、少女の恋愛の方は失敗してしまったらしい。

 そんな二人が出会ったトコロで二人で見上げる、本日10機目の飛行機。この場面が異常に綺麗。飛行機のように飛翔しては行けなかった少女の恋愛。

 「……私…飛行機見つける前にフラれてしまいました……」

 ところが木村さんは今の飛行機で本日10機目。本当に願いが叶うならと、

 「明日の君が、どうか笑っていますように」

 救われて救い返されて、そうして始まる新しい恋の物語……というトコロで、ラストカットはもう飛んでいった飛行機の残響だけという美しい絵。これは、本当珠玉の短編です。

●さくら町停留所

 これも槇原先生は引きこもりの生物教師として、何か満たされ無さを抱えたまま生きてるんですよ。一方で、ヒカルの方も明示はされてないけど、何かを抱えてるように推測できるような感じで描かれてる。そんな二人が惹かれ合ってるんだけど、ヒカルの大学進学と同時に、「約束」だけを頼りの関係に。そこには、「心変わりは人の世の常」という常識、現実、一般論の壁が立ちはだかってるわけで。

 ラストは、そんな常識、現実、一般論の壁が破られて、ヒカルは本当に来てくれたという、ただそれだけの短編。なのだけど、季節が巡れば変わらずに咲く桜の絵に「約束の確かさ」を象徴させる技法で非常に美しく締められています。これも、素晴らしい短編。

●忘れ名ヶ岡停留所

 これもユカは高校時代の恋愛対象にはなれなかった友人の想い人を忘れられず、社会人となった今も何かに満たされてないで生きていたんでしょう。一方で、竹中くんの方も新社会人か何かで社会の荒波の中のはかない個という印象を受けるような感じになってます。

 で、ユカは高校時代に一度だけ友人の想い人に自分を見てもらうために、ひっそりとバスを下車して、聞こえないと分かっていても相手に対して「スキ」という言葉を口にした思い出を思い出すと。

 で、竹中くんが今度はその時とまったく同じ技を使って、バスを下車してユカに向かって何かを喋ってるわけです。ユカだけはその時の竹中くんの気持ちが痛いほど分かるから、そこで途中下車。

 「聞こえないのは淋しいです……だから聞きに来ました……」

 新しい恋のはじまりに何かを補填されたユカは、ようやく昔の想い人の結婚に祝福の電話をかけることができたというラスト。これも綺麗。

●天気読み

 これも司法試験浪人の中本くんという、社会からの見られ方的にも、自分的にも満たされない男の一心情を切り取った短編。彼女の方が優秀で、それに嫉妬して自分から別れ話を切り出したというカッコ悪い過去を持ち、そんなこんなで今は落ちぶれてたワケですが、彼女の残していった傘の内側には、

 いつか雨の日に、またあのバス亭で

 のメッセージが。

 それで何かを補填されて、司法試験勉強に再び打ち込み始める中本くんという絵で締め。この心情は、なんか分かる。真逆に、俺にはもう勉強しかないんだ!パターンもモチベーション上がるけど、こっちの方が健全な印象。

●バス走る ダドレアの路

 これはシニフィエが多様すぎると思うので、それぞれ感じてくれればいいんじゃないかと。戦争というマクロ的な事態に翻弄されても、どこかで最後まで繋がってた僕と彼女の絆が平和への礎となるという、一種の反戦寓話と僕は受け取りましたが。

●ナナイロセカイ 眼鏡泥棒

 二視点構成の洗練度が高い恋愛短編。加納は実は秋乃のためにだて眼鏡をしてるという秘密を、秋乃は加納のためにノートを取っているという秘密を、お互いがお互いを想ってるゆえに所持している。その事実は読者には前提として明かされたままスラップスティックミステリのノリで最後に想いが疎通して大団円となるまでを若干のコミカルさとユーモアを交えて綴っております。

●ナナイロセカイ オトナの制服

 小学生時代の子供のままの友だち関係から、中学生に入って「恋愛」の関係に変遷していく過渡期を切り取った美しい短編。雛焚は「恋愛」に染まっていく周囲にはなじめなくて、体も生理がまだで子どものままで……だけど幼馴染みの千ちゃんへの想いは無意識化で恋愛感情に変遷してしまってるとうアンビバレント。ラストが、

 「まだ途中なの」

 と、告白を賭した雪だるまが未完成という絵で終わってるのが見事。恋愛感情になるまでの変遷の着地、大人へと足を踏み入れた着地として、「変化後」に達するまでを描いているのではなくて、あくまで過渡期の多感な情感の揺れを切り取った短編として異様にふさわしいラストの絵です。

 ◇

 ……と、いろいろ言語化できる部分の魅力を中心に書いてみましたが、全て絵も込みの漫画でしかできない技法をフルに使って描かれてる作品ですので、言葉だけでは1/10も伝わらないと思います。是非実際に手にとって、この創出された美しい世界を堪能してもらいたいトコロ。

バス走る。

マイガール 1 (1)

ほしのこえ