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 『涼宮ハルヒちゃんの憂鬱』を読みながらちょっと考えたことを書き残しておきます。
 記事中には『涼宮ハルヒシリーズ』の他に、『ビューティフルドリーマー』、『リトルバスターズ!』『Fate/hollow ataraxia』の結末までのネタバレを含むので注意です。
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 『涼宮ハルヒちゃんの憂鬱』が原作のキャラクターイメージをアレンジしつつも、とにかくハチャメチャで楽しいSOS団の日常をギャグ四コマに切り取っていて大変面白かったんだけど、原作版と違ってシリアス要素があんまり無いからこそ、こういう日常が作中で続いて欲しいなと思いつつ、だけど、やっぱり最終的には原作の方の『ハルヒ』作中では楽しいSOS団の日常っていうのはいつかは終わる方向なんだよなというのに逆に意識がいってしまって、なんだか妙に寂しくなった。

 虚構の楽園で楽しく過ごしていても、いつか厳しい本当の世界、現実に出て行かなきゃならないっていうのを描いてる作品っていうのは沢山あって、実は直に見たことは無いんだけど『ハルヒ』に影響を与えている、というか谷川先生が意図的に前提としての既存作として踏まえていると思われる『ビューティフルドリーマー』もそんな作品らしいし、僕が知っている最近のビジュアルノベルでは、『Fate/hollow ataraxia』と『リトルバスターズ!』がもろにこの構造をした物語で、主題としても「いつか虚構の楽園からは出なきゃいけないんだ」というのを扱っている作品。

 で、『涼宮ハルヒシリーズ』もかなりこの構造が見て取れる作品なんですよね。「エンドレスエイト」がまさにホロウとかリトバスタイプのお話で、ずっと繰り返される学生にとっての虚構の楽園たる「夏休み」を最後には脱出するお話な訳ですが、僕は結構この「エンドレスエイト」に『涼宮ハルヒシリーズ』全体の物語の縮図の意図が込められている気がしていて、『涼宮ハルヒシリーズ』全体で描かれているSOS団のみんなとの楽しい日常っていうのも、いつかは終わる虚構なんじゃないか?っていうのを谷川先生は読者に暗示させておきたいのかなと思っています。

 まだ謎になってるけど、ハルヒやキョン、SOS団メンバーが過ごしている世界は過去になんらかの原因で出来た世界らしいっていう世界観全体の設定もそうだし、もうちょっと小さい視点でSOS団のメンバーが一緒にいられる時間という意味に限定しても、『憂鬱』で大人朝比奈さんがSOS団の部室にやってきて懐かしそうに部室を眺めて、愛おしそうにコスプレ服を触るシーンから、楽しいSOS団の日常というのはいつか終わりを告げて、その結果として大人朝比奈さんは存在しているんだというのが分かります。

 なので、『Fate/hollow ataraxia』でアンリとバゼットが最後には楽園の虚構世界から出ることを選んだように、『リトルバスターズ!』で理樹と鈴が楽しいままでいられる虚構世界から出て最後に過酷な現実に立ち向かうことになるように、『涼宮ハルヒシリーズ』でも、いつかみんなでいられるSOS団の楽しい時間は終わって、最終回近辺の物語では何かに立ち向かう展開になるのかなと。

 Fateホロウではイリヤ、リトバスでは恭介みたいにこのタイプの物語にはその世界の仕組みを知ってて、主人公を導いてあげる存在のキャラがいるのが常なんだけど、『ハルヒ』の場合それが大人朝比奈さんなのかな、と。「禁則事項」を使ってキョンにも読者にも伝えないけれど、やがて来る何かを大人朝比奈さんは知っていて、その時のために色々と立ち回ってくれている印象。

 まあ、そういう感じで、Fateホロウは終盤のクライマックスもいいけど、ゲームの大部分を成すまったり楽しい日常パートも良かったし、リトバスもRefrainは感動だけど個別ルートの普通のギャルゲーみたいな話も良かったしということで、『ハルヒ』もやがてそういう終盤のクライマックスが来るのかもしれないけれど、SOS団の楽しい時間パートもいいよなと。

 なので、『涼宮ハルヒちゃんの憂鬱』はアリだなと、そういうお話でした(エー)。

涼宮ハルヒちゃんの憂鬱 (1) (角川コミックス・エース 203-1)

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