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 本日発売の古味直志『ダブルアーツ』コミックス1巻のネタバレ感想です。
 ジャンプ掲載時に書いた感想の収録話分の再掲+書き下ろし部分の感想+収録されているデビュー作読切「island」の感想となります。ジャンプ掲載分で知ってる先の分のネタバレは回避して書いてるので、コミックス派の方でも読めます。
 っていうか、めちゃめちゃ単行本用の描き下ろし漫画&イラスト頑張ってるな!
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●ダブルアーツ/感想/第1話“運命の人”

 読切時からひじょーに輝いておられた古味直志さんの待望の連載作。たいへん面白かったので、本日売りのジャンプ掲載分の「ダブルアーツ」第1話「運命の人」のネタバレ感想です。

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 ファンタジーのボーイミーツガールものをやるという王道も王道への挑戦なんですが、随所にやりつくされた要素を一周回った後に敢えてやっているというメタな視点と、それでも敢えてやるんだという作者の気概とを感じます。

 「少年と少女…物語はいつも出会いから生まれる!!」というフレーズや、エルーが語り部として機能して使い古された「物語り」をしている点(それこそ「むかしむかしあるところに……」なノリです)などから察しても、作者も編集もこれが使い古された「物語」である点は十分に分かってると思うんですよね。ただ、使い古されて語られ尽くされた雛形、文法であろうとも、もう一度再構築してエンターテイメントに加工して、今のジャンプ読者、とりわけ子ども読者にファンタジーの王道を届けたい。そういう一周回った物語をあえて物語ってやるという感覚を感じます。

 そういったモチベーションからなのか、もうお腹いっぱいなほど、これぞボーイミーツガールファンタジーの王道という要素がめいっぱい第1話には詰め込まれています。

 古来から日常から非日常への導入装置であった「お祭りの日」、「時計の鐘」といったガジェット。病気の蔓延でという設定は少し珍しいかもですが、とりあえず滅びに向かって行っている世界。そういうお約束の「構造」の中で、少年は少女と出会う(少女は少年と出会うな視点になってるのが一周回った後に付け加えられた現代要素な感じでしょうか)。そのボーイ・ミーツ・ガール(ガール・ミーツ・ボーイ)の場面で、「実存」が生まれる。死にゆくしかなかったはずの少女の運命と、世界を変えたい少女の夢が天秤にかけられて、この出会いそのものがデスティニーブレイカーとして作用して、二人の夢を追う物語がはじまる。

 もう完璧です。面々と受けつがれた非日常への導入要素を完璧に使いこなして物語をはじめてくれたという印象。読者、かるく虚構の中へトリップです。

 あと、作品名「ダブルアーツ」の「アーツ」の部分が「Art」の複数形で「Arts」らしい点に合わせて、キリが初登場してる部分で半分欠けた未完成の絵を描いているという比喩(おそらくもう半分がエルーという比喩)や、バトル時に絵的に表現されている、徹底したシンメトリー構図、そして作品タイトルロゴの空色に透けたエルーとキリの手繋ぎシンメトリーロゴなどから、絵的な記号から何か奥にあるシニフィエを読みとって欲しいという、味わい深い演出装置にもかなり惹かれるモノがあります。

 そして、極めつけの、話題性を一番意識した部分とも思える、思春期の男女がずっと身体のどこかを触れ合わせていなければならないという、フェティッシュとも言えるような作中制約。

 これはなー。エルーもキリもわりと真人間の女の子男の子なだけに萌えるよなー。思春期の読者は自分を投影してドキドキするよなー。上手いよなー。

 そんな訳で、発売日ですが、もうキリ×エルー同盟(エルー×キリ同盟?)とか立ち上がるんじゃないかとワクワクした第1 話でした。

●ダブルアーツ/感想/第2話“ルチル家の人々”

 前回の感想で、シンメトリーの絵を作中で何か重要な意味をもたせている漫画だと書きましたが、タイトルロゴや第1話のバトルシーンに続いて、今回のカラー扉絵もキリとエルーの後ろ手繋ぎのシンメトリー構図。

 さらには、今回登場したキリの両親は、母が極端に小さくて、父が極端に大きいという、アンシンメトリーの組み合わせ。こういったシンメトリー−アンシンメトリーの構図が作中で今後どういう風に使われていくのか分かりませんが、何かしら意味を持たせて大事に使っている印象を受けています。今後も注目していきたい所です。

 そして、とにかく王道の構成で、使い古されたクラシックファンタジーの物語の型を、それでも一周回って敢えて踏襲してガチガチのボーイミーツガールファンタジーを届けようという気概をこの「ダブルアーツ」からは感じると前回書きましたが、そういった王道の型にのっとるなら、今話は冒険の前の、家、家族の風景の描写ですね。そして、今話での経験が、おそらくヒロインの精神的な回帰点になるという徹底したスタンダード構成。

 どこが回帰点かって言ったら、やっぱり触るだけでトロイを移してしまうゆえに人々から敬遠されて生き続けてきたエルーが心に背負っていた負担を、キリの、

 「だいたいおかしいでしょそんなの だってこの手はさ…今まで何十人何百人の人間を救ってきた手なんだろ?」

 「まぁでも安心しろよ オレだけはあんたに触れても絶対不幸になんかならない 絶対ならないから」


 の言葉が無効化してしまう場面でしょう。たぶん、ここが、最終回級で回帰点になる、エルー視点からのエルーとキリの物語の原点になるんでしょう。第2話に入れてくる辺りもクラシックです。

 この辺り、第1話からエルーがモノローグで物語を「物語って」いるという構成を取っている本作。おそらく描かれている物語は未来のエルーが「物語って」いる一種の回想だということだと思うんですが、そういった叙述の仕方が効果的に効いてるエルキリの原風景を描いた場面だと思います。

 そして、萌え萌えな感じも油断なく1話、2話とふんだんに入れてる辺りも忘れられない、というか嬉しいポイントです。今回で言うなら、いきなり男の子(しかもヒロインとしてもまんざらでもない)の家のお父さんお母さんに紹介されてしまうというイベントが、同年代の男女読者の自分達のお付き合いを社会的に認めて貰いたいという潜在的な承認欲求を満たす感じで萌えだと思いますし、手繋ぎお風呂イベントとか、手縛り同衾イベントとかも、ストレートに萌え萌えです。

 まあ、広義の言葉になってる「萌え」な中でも、あんまりエロティックな方向じゃなくて、ピュアチックな方向でなんか読んでて心をくすぐられる感じが大変いいんだと思いますが。

 まあ、そうは言ってもエロ同人誌も出ると思うし、それでいいんですが、さっそく「ダブルアーツ 携帯夢小説」とかで先週からこのブログにアクセスがあるデータが出ています。象徴的なキーワードですよね。小学校高学年のおませさんあたりから、中学、高校辺りの多感な時期の読者に、キリかエルーのどちらかに自己投影する感じでキュピーンと萌え心をくすぐる漫画だと思います。

 叙述の視点を女の子(エルー)に置いてる辺りが、女性読者(というか女の子読者?)をかなり念頭に置いてる最近のジャンプという感じですが、すこぶる健全な視点なので、エルー目線から読めるような女性読者は好きだなー。

 大変面白い、というか第二話時点で非常に「好き」だって言える漫画なんで、可能な限り毎週追っていこうと思います。

●ダブルアーツ/感想/第3話“スイ”

 キリの幼馴染みのスイなるキャラクターの登場と、エルーの親友というアンディ・フラウなるキャラクターの存在が示唆されました。

 これはパーティでの冒険になるのかなぁ。手繋ぎ設定的には二人旅で、舵の切り方では私とあなたが世界のいわゆるセカイ系にも行けそうな現状ではあるんですが、第2話のキリ父母とエルーの絡みなんかが楽しかったので、まあそうではなくて、皆でワイワイやる型の楽しさを出していくのかなという気はしています。キリとエルーが今のところ戦闘力が低い設定なので、バトル担当がこのスイとアンディなのかな。

 そして、第1話の初登場時の絵を描いてるシーンから何かしらアーティストな人というのは示されていたキリですが、今話冒頭の創作アトリエ的な自部屋に、敵のナイフを組み合わせて武器を創作した今話のバトルシーンなんかから見るに、特殊能力は創造することみたいです。そもそも作品タイトルに入ってる「アーツ」がArtの複数形でArtsと思われているので、何かしら芸術的、創造的、「創る」「描く」というのが作中是の作品なんでしょうね。そう考えてみると、作中の難敵であるトロイという病気は透過病ということでどんどん人間存在が透明になっていく病気です。これは人間存在という絵、彩りを消してしまう病気と言えるので、その病気のカウンターとして絵を描く、創造する能力を持っているキリと、そういった人の存在、彩りが消えてしまうのを防ぐ能力を持っているエルーがペアで主人公で「ダブルアーツ」というのはよく出来てるなと思ったのでした。

 今話内では明かされてない、一晩明けたら出来ていたキリのアザは何かなぁ。なんか、くだらないオチだと思うんですが。

・寝ぐせっ娘というエルーがちょっと可愛かった。
・スイがキリの恋人だったとしたら私悪い子、ドキドキ、みたいなエルーが可愛かった。

●ダブルアーツ/感想/第4話“Beauty&Beast”

 ノウライトさんのこの記事の真ん中あたりの「ダブルアーツ」感想が大変良くて、トロイは作中では透過病という名称だけど、比喩的には現代社会っていうか今の世の中向けに「孤独病」とでも表現した方がいいような意味合いを持たせてるんだよね、たぶん。

 触れ合うことができなくなる、つまりは他者とのコミュニケーションがとれなくなる病気で、そのまま放っておくと、やがては透明になって世界(社会)から消えてしまうという。シスターということで設定上トロイに冒されていたエルーは世界(社会)側から拒絶され続けていて孤独を抱えていたんですが、それを第1話にキリが触れてくれたこと、第2話でキリのお父さんお母さんがミトン越しにでもしっかりと触れてくれたことで、しっかりとコミュニケイトしてくれて、その孤独が解消される原風景を得たと。

 コミュニケーション不全病。世の中的に生々しく表現するなら、引きこもりとか、そういうヤツの比喩な気がしますよ。他人とコミュニケーションできなくなって当人はツライんだけど、だからって放っておけばその人は社会的に、あるいはマジにか死んでしまう、透明な存在になってしまう。それを救う治療方法は、たいへん原初的で、触れてあげること、コミュニケイトしてあげること。そんな感じ。

 本編第4話はバトル編。この辺りで子ども読者の票が取れるかが長期連載への別れ道です。その辺りは圧倒的なスイの強さは爽快だったと思うんですけど子ども読者にはどう映るかな?地味にとどめは合体必殺技みたいなのを使ってタッグバトルを見せてるあたり、僕がよく言ってるように、1VS1のバトルが複数の展開よりも、集団戦の要素があって面白いと思いました。

 第1話でエルーがキリと手繋ぎで戦っても不自由を感じなかった所とか、今回キリがスイに触れた所で何かが発動してエルーが身体が軽くなったのを感じてる所とか、逆に手を繋いでいたのを放してしまったら、発作とは無関係に身体が重くなったのを感じてる所とか、キリの謎の能力は、一つは何かしら補助系の能力っぽいですね。それがスイにはよく分かってるから、あうんの呼吸でキリ×スイで合体必殺技が出せたと。

 ラストは、スイがキリの元彼女だったことが明らかになって引き。前回のエルーのスイがキリの恋人だったら?という妄想は当たらずとも遠からずで伏線になってた訳だ。エルーがそのことを知ってどういう気持ちになるかは前回で既に暗示させられてる訳で。その事実(スイはキリの元彼女)に対するエルーとスイとの受け取り方のギャップが面白そうです。

●ダブルアーツ/感想/第5話“特別”

 前回第4話の感想記事で書いたように、作中悪のトロイが誰とも触れられなくてやがて透明になって消えてしまう病気ってことだったと思うんですが、今回はそのカウンターとなる作中正義であるだろうキリの能力「フレア」が解説されました。

 誰とも触れられなくということで「孤独病」とでも表現できるようなトロイに対してはストレートな解答で、それは人と触れる(繋がる)ことで強くなる力でした。もちろん、作中では肉体的に触れることが現在表面的に描写されてますが、もっと広く精神的にも肉体的にも人と触れ合うこと、繋がること、コミュニケーションを取ることの是を表現してる能力なんでしょう(逆に、トロイはコミュニケーション不全誘発病とも言える)。

 また、手を繋いだ二人だけがパワーアップするのではなく、輪になる感じで何人も手を繋いでいけばその分だけかけ算的に力はパワーアップしていくってことで、いわゆるセカイ系な感じでのキミとボクで閉じてしまう世界観も棄却されました。孤独のカウンターとして「キミとボク」が提示されるというのは結構あるので少しだけ懸念してたんですが、そこはそうは言っても作風からあんまり心配していなかったように大丈夫でした。この物語は孤独に対するキリとエルーのキミとボクの物語ではなく、孤独のカウンターとなる「みんな」の物語。つーか、この手繋ぎかけ算パワー設定はスゴイと思った。もう、まだ序盤ですが、ここ数話で描いていたこの作品のテーマ的に、作品の是とする能力はこれしか無いという感じ。それでいて読んでて僕はパっとは思いつかなかったということで、over promise,over deliverされました。作者&制作陣に乾杯。コミュニケーションを断絶して一人で孤独になってないで(キリと出会うまでエルーはこっちにだいぶ踏み込んでた)、皆でコミュニケーション取れよ、連鎖させろよ、それが大きな力になるよ、ってことを言いたいんだろうなぁ。

 あと、スイも、誰彼構わず皆に告白、誰彼構わず皆に戦いを挑むって言うのは、一般的な倫理観からはどうだ?って感じなんですが、「独り」あるいは「キミとボク」状態ではなくて、「みんな」と積極的にコミュニケーション取ってるっていう比喩だと思うのね。だから、スイも作中的には肯定されるトロイとは真逆のポジションの、今の所単純な愉快なヤツって感じ。

 つーかマジで面白いなぁ。絶対終わって欲しくないので久々にアンケートだそうかしら。

●デビュー作読切「island」/感想

 すげー、完成度が高い読切だと思いました。

 扱ってるネタ自体は既存のファンタジーというか、むしろSFの方で使い古されている題材なんですが、よくここまで読切の漫画という形に落とし込んでいるなという。

 「現実に埋もれた大人VS夢を追う子ども」という少年漫画的な主題を、壁の向こうを目指さないで現実の生活をあくせくしている大人VS壁の向こうへ行くことを夢見るアイラとマルーの二人の子どもという構図でスタートさせてます。

 で、14歳の誕生日にアイラは壁の向こう側は全て海に沈んでいるという「現実」を教えられて、大人達も無根拠に「夢」を追うことを諦めた訳ではなかったことを知り、いつか人は「現実」を知る大人になる、「夢」を追っていられた少年(少女)でいられた時代の終わりを描く……という所に落とすのかと思いきや、そこからさらに転換します。

 ここが面白かった。「二転三転」とは言いつつ読切の中で「二転」まではまあ入れても、「三転」目まで入れるのは中々難しいと思うんですが、この作品はきっちりそれを入れています。

 つまり、そこからマルーの方は唯一持っている読字能力を駆使して、実は既に壁の向こうが海に覆われていることを知っていたという展開に。

 そしてそこから、アイラがやっていたような夢見がちな「子ども」の実験じゃなくて、物理や数学といった地に足がついた現実の「大人」の学問として、現実を見ながら具体的に海の向こうにまだ世界がある可能性、夢を追える可能性を論証していくという。

 で、そちらのマルーの理論に、夢を諦めた「大人」達が感化されて夢を取り戻していくという。

 「現実に埋もれた大人VS夢を追う子ども」

 の主題を、どちらの勝利という風でなく、ばっちり止揚させて決着させています。

 最後は大人達に見守られながら、海に向かって駆けていくアイラとマルーの二人の絵で、そのカットに物語の全てを象徴させているという。

 これは完成度高いなー。週刊連載で忙しく描いてるであろう「ダブルアーツ」よりも完成度は上、というか色々凝縮されている印象を受けます。繰り返し読み返してしまった読切というのは久しぶりだ。

●諸々

 コミックスのおまけが凄いっス。

 描き下ろしイラスト、巻末に描き下ろし漫画2ページ(読切とは別の、「ダブルアーツ」のキリママ、キリパパの馴れ初めを描いたモノ)入れてるだけでも頑張っているのに、各話の終わりにほぼおまけ4コマまで入れているという。

 あとジャンプ掲載時の方の感想のコメント欄にあった、第1話でエルーが素手で敵を殴ってる箇所は、袖の部分で手を隠して殴ってる感じに修正してあったので、どうやら制作者意図としては、敵であってもトロイを移していいという訳ではなくて、基本は「るろうに」「ワンピース」系列というか、不殺路線でいくみたいです。

 とりあえず「island」が初読だったけど大変面白かった。2巻は10月発売予定らしいですが、ジャンプに掲載された読切「恋の神様」も収録してくれないかなぁ。あれもかなり面白かったんですが、「island」と違って現代劇だからファンタジー括りでくくれないってことでダメかなぁ。

ダブルアーツ 1 (1) (ジャンプコミックス)

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