本日で9.11から10年、3.11から半年。
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 9.11に関しては、当時米国と日本を行ったり来たりしてる外国人の先生の映像論の授業を取っていたのですが、9.11後しばらくしてアメリカに戻って帰ってきた先生が、「(アメリカがナショナリズム的な方向で)異様な雰囲気だ」と憂鬱そうに語っていたのを覚えています。

 先輩の卒論を担当した際には映像論でナショナリズムを扱っていたり、授業で使う映画が『トゥルーマン・ショー』や『マトリックス』だったりと、まあそういう方面に強い先生だったのですが、日頃陽気な英語で話しかけてくる先生が、えらく鬱な表情をしていたのを覚えています。何か、ヤバいことの始まりになるかもしれないことを、聡明な先生は感じ取っていたのだと思います。

 陰謀論などとは別次元で、あの出来事の頃、どういう人達がどういうのを目指してどう動き、結果どの辺りの人達が益し、どの辺りの人達が犠牲になったのか、というのは一度考えてみるといいかもしれません。

 一例をあげると、9.11の後、消費が落ち込むのを避けるために、金利を下げるということをアメリカはやった訳ですが、その影響で住宅を中心に色んな人達のローン(負債)が増えました。これは、心理的な側面から今思えば、9.11の映像を見た人達の「どうせいつ死ぬか分からないし感」もあったのではないかと推察します(だから負債を組んででも欲しいものを買った。低金利だったし)。しかし、その辺りをきっかけに、少なくともその辺りがブーストになって、繋がっていき、既に起こったこと(サブプライムローン問題・リーマンショックなど)があり、これから起こるであろうさらに大変なことがあります。消費拡大志向経済を維持するために、その後アメリカは何をやったか。消費には当然供給が必要ですが、アメリカに供給を続けた国(分かりやすいのと分かりにくいのがあります)はどの辺りだったか。(借金が増えていった訳だけど)アメリカの国債を買っていたのはどの辺りの国なのか。

 そういうことを解きほぐしていくと、そろそろ世界経済にどういうことが起きそうなのかはある程度見えてきて、準備も始められるのではないかと思います。

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 3.11当日は、僕が母親の側にいて良かったというのがまずあります。大変だった介護生活の6年半にも意味はあったとも思いました。

 例えば吹っ飛んだ家具や完全に倒れた温水器の近くに母親がいたらまず死んでいたと思いますが、とにもかくにも本震時は僕が母親を守ることができ、ヘルパーさんや近所の人の手も借りて脱出して、しばらく避難所まで移動することができました。一人の要介護高齢者に、一人(僕)がしっかりと付いている強みでした。

 一方で、沿岸部(超高齢者の施設はそっちの地域に多いです)の施設では一人の職員が何十人も要介護高齢者をみているという状態だった訳ですが、少ない職員のリソースでそんなに何人も逃がせるはずもなく、沢山の要介護高齢者が津波の犠牲になりました。

 7年前、僕も沿岸方面の施設に母親は入れて、あなたは自分の人生を歩んだ方がよいのではないかというような提案は受けた訳ですが、あの時そっちを選んでいたら、もしかしたら母親も今回死んでいて、僕は都会で働きながら「何もしてやれなかった」とか言っていたのだろうかとも思います。

 既に超高齢者の面倒をみるリソースを削って、各々は自己実現を目指したり消費の拡大に努めたりしている点で、一種の姥捨て山社会は出来上がってしまっています。

 介護生活の地獄は筆舌にし難いので、安易にやって下さいとも言えないんですが、自分の親とか祖父母とかに介護が必要になった時にどうするのかという決断には、こういう凄い深層の点から、「後悔がないように」選択して頂けたらと思います。

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 前半と後半は少し繋がっていて、これから、それもそんなに遠くなく、高齢者のような弱者に相当厳しい局面がやってくると僕は考えています。経済力もあるし日本脱出して残された人のことなど考えないで引き続き自己実現人生を歩めるぜ、という人はいいのですが、そういうのは何か引っかかるという人は、とりあえず自分自身と自分と近しい大事な人達は守れるように。あとはちょっと余力があったら困ってる人に少しでも手を差し伸べられるように、今のうちにできるだけ「強く」なっていて頂けたら、と少し思います。人事ではなく、僕も現在死にものぐるいで勉強したり準備したりしてる最中ですが……。