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 BS11で地方遅れ視聴中のアニメ『氷菓(公式サイト)』、第二話「名誉ある古典部の活動」・第三話「事情ある古典部の末裔」の感想です。
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 各話に「五週連続同じ時間に借りては返却される本」、「部室を詮索されたくない先輩」といったショートの「日常の謎」要素が入りつつ、縦軸の謎っぽい「千反田えるが幼少時におじさんから聞いたこと」が提示された二話。涙し、だけどいつもは優しいおじさんはあやしてくれなかった、そして聞いた内容の記憶がない。

 何かしら己の実存に関わるようなその体験の謎を解くために、千反田さんは密かに行動していた。今回、四十年以上前のおじさんも関わっていた古典部の文集、『氷菓』が見つかるまで。しかしおじさんも執筆してると思われる創刊号だけはなし。

 これは熱いな。日常の謎なんだけど、ネットで検索したりでは解けない類の謎。ガリ版刷りであろう過去の文集、己の内面、出会いがもたらした頭脳(奉太郎のことね)そういうパーツで迫っていくしかない。

 そして、千反田えると折木奉太郎の関係は萌えるものがある。日常の謎が解けてキャッキャと色彩がある世界で笑い合う友人たちを前に、俺はこうはなれないと自分を客観視してる奉太郎の心情は何か分かる。京都アニメーション文脈を持ち出すなら、初期ハルヒ的、日常への諦観だろうか。世界(社会)と自分の実存のミスマッチ感、みたいな。

 だけど、いざ見つかってしまったおじへの手がかりを前に、本当は知らない方がよい類のことなんじゃと脅える千反田さんに語りかけるのも奉太郎。全ては遠近法で過去へと移ろい、古典になる。だから時効だ、と。

 奉太郎は非常にカッコいい。上の部分とか、自己と世界への客観視と、強く言えば諦観から出る言葉だと思うんだけど(全部時間が過ぎれば古典になるだけだ、というのは相当なもの)、ネガティブなニュアンスではない。日常に"輝き"が見つかる、というほどのことは言えない。だけど、省エネでできるだけ色々なことに関わらないようにしていたはずなのに、千反田さんには、時効だから関われ、と言ってしまう。そして、自分も条件付きながら、千反田さん問題に関わり始めてしまっている。これが、第一話で福部里志が奉太郎評の中で言っていた「矛盾」か。この作品、けっこう文学的だよね。

 喫茶店での他人にはどうでもいいけど己にとっては実存に関わる打ち明け話とか、図書館での学校学力的なものではなく、思考を生み出すシステムについて知りたい、という千反田さんとの会話とか、すごい青春の香りを切り取っていると思う。遠近法の遠(過去)を背景に近(今)の青春を描くというのも『けいおん!(!!)』的京都アニメーションイズム。過去のおじさんの話と今の千反田さんの話どう接続されていくのか楽しみです。

氷菓 限定版 第1巻 [Blu-ray]
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氷菓 (角川文庫)
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