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 BS11で地方遅れ視聴中のアニメ『氷菓(公式サイト)』、第四話「栄光ある古典部の昔日」・第五話「歴史ある古典部の真実」の感想です。
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 『氷菓』事件、一旦の決着回まで。

 千反田邸での最初の推理を終えた後の、帰り道の奉太郎と里志の会話は良い。灰色の奉太郎が千反田さんにはしぶしぶ関わってしまうのは、薔薇色に憧れてしまったのではないか、という、一般的にはありそうな仮説について語り合われる。たんたんとそうかもしれないと述べる奉太郎に対する里志の神妙な雰囲気が印象的。里志は里志で、薔薇色最高、今の輝きロケンロー、みたいな人ではないのだろう。

 しかし、この「薔薇色への懐疑」が仕込みで、『氷菓』事件にはもう一層奥の真相が描かれる。つまり、千反田さんのおじさん、関谷純が45年前に学校から去った時の心情について。初期推理では充実した学校闘争の果てに英雄として去っていった、つまり関谷純も当時の「今、ここ」を薔薇色で生きた人であろう無条件の前提があったのだけど、真実は違った。いやいや学校闘争の代表にさせられ、『氷菓』=アイスクリーム=I scream、と心中で悲鳴をあげていた、そんなある意味弱き人だった。

 真相へ到達するにあたって、二名の「過去、古典部で"今、ここ"を過ごし、そして現在も"今、ここ"を生きている登場人物」が関わってきます。一人は、司書の糸魚川養子で、もう一人は奉太郎の姉。

 司書の先生が出てくるストーリーラインは上手いと思いましたよ。(古典含む)文学は全てテキストから読解せよ、の原則を崩す、書いた人本人に聞けばいいじゃない! ロケンロー。僕も、可能なら『源氏物語』の紫の記号性について紫式部に直に聞きたいよ。

 しかし、そういう本格ミステリにおけるピッキング的な話じゃなくて、テーマ上、もはや古典的過去のテキストになった45年前の『氷菓』時代を生きた人が、「今」もちゃんと生きているというのが大事なのだと思う。第三話の、「全ては古典になる」のちょっとした別解。まだ生きてる。この「時効/時効以前」が重要な作品です。

 養子先生が「今」薔薇色かは分からないけれど、一方で、奉太郎姉は、過去の「今、ここ」へのコミット、薔薇色を尊重しつつも、実際の今も結構アクティブで薔薇色継続中にもみえる。そんな主題が、最終的に折木奉太郎と、千反田えるのあり方に全て写像されていく。第五話ラストシーンの下校中の二人の会話はいい。千反田さんは、「今、ここ」の気持ちが大人になった時にどうでもよくなることは怖いと、現在の薔薇色性を尊重する発言をし、しかし奉太郎は、結局当時は薔薇色ではなかったらしい関谷純に自分を重ねているふしがある。『氷菓』事件を経ても、奉太郎自身は灰色の場所から相対的にしか薔薇色を観れず、だけどそれがネガティブなニュアンスじゃない。実際の所、奉太郎と千反田さんはイデオロギー上対立するんじゃないのくらい違うあり方で、薔薇色の千反田さんに奉太郎が導かれるというようなストーリーラインにも思えない。おそらくは、二人は同格の正義。だから揺れ、矛盾を感じたりしながら、だけど惹かれる部分もある。萌ゆる。

 関谷純の「今」が何色なのかに収斂していく気もしますが(行方不明という美味しい設定)、これ、奉太郎最後までこのままいってほしいんですけど。京都アニメーション文脈で言うなら、『けいおん!(!!)』的、日常の輝き延々続行とまではテンション上がらない人間もいる。でも、それならそれとしてそのまま生きていこうぜ、っていうのは逆に熱いメッセージだと思うんですけど。

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