ブログネタ
仮面ライダー鎧武 に参加中!
 『仮面ライダー鎧武(ガイム)(公式サイト)』、第44話「二人の目指す未来は」の感想です。

 ネタバレ注意です。
 ◇◇◇

 「黄金の果実」で超常の力を手にして、世界のルート変更を試みるも失敗して自責する舞に、紘汰が一人で抱え込むな、という言葉をかける。それは、裕也を殺してしまった自責の念で紘汰が一番苦しんでいた時に舞が紘汰にかけてくれた言葉でもある。『龍騎』の優衣でも『まど☆マギ』TVシリーズのまどかでもイイのだけど、一人で全て背負って犠牲になって世界の均整を願うようなゼロ年代作品ラストのあり方に対して、その次を描いて行くなら、ここから始まりそう。

 一方で、戒斗はこの終盤に来て物語開始当初から主張していたように力を求道して、魔王になって世界を作り変える発言。戒斗の親の町工場が巨大資本のユグドラシルに淘汰され、ユグドラシルがより強者のオーバーロードに淘汰され……と力を持つ強者が弱者を淘汰していくのが世界のルールなら、自分自身が最強の強者になって世界を制す。

 この戒斗の親たちが淘汰された時の犠牲者意識が根にあるからこそ反動で力を求める、というのも分かる。ただ戒斗は物語の途中で強者の求道オンリーだけではない考え方に揺れてもいて、オーバーロード編ではより強者であるオーバーロードに淘汰されそうになった紘汰や街を守ろうとしているし、例の作品の核心であろう舞との「強さ」に関する問答では、舞の淘汰されるような立場になっても形を変えて舞い続ける類の強さに理解を示していたりもする。ダンスチーム同士の抗争のステージの頃は、当時の「強者」であった凰蓮と戦った時に、強者の打倒よりも、傷を負ったチームバロンの仲間を尊重する場面が入ったりもしている。戒斗自身、ちょっと変わったり、二重の側面があったりするように描かれ続けていた。のだけど、やっぱり幼少時の犠牲者意識より、力を求道してしまう志向も根強いのであろうという所で。……

 まさかの、残り3話でザックに焦点が。

 ザックが、上記のチームバロンの仲間を尊重するような側面の戒斗の象徴なのかな。ここでザックよりにふれるか、そのまま魔王道を行くかが、戒斗の最後の分岐として描かれそう。凰蓮の時といい、舞との対話といい、強者に淘汰されそうになった時こそ、支え合う仲間と共にその圧力の中で何とか形が変わりながらも生きていくということ、そういう価値、そういう類の強さがあることを本当は戒斗も分かってる感じなのですけどね。

 これ、中盤から予想し始めたように、これで「黄金の果実」分割エンドだったら素晴らしいのですけどね。一方で、そんなに綺麗にまとまらないで、『まど☆マギ叛逆の物語』エンド的に視聴者を茫然とさせるようなステージに突入してエンド! みたいなのも観てみたい。いずれにしろ実質ラスト2。最後の一ピースまで楽しみな作品。

→スマートフォン用ゲーム(Androidのみ)

仮面ライダー ライダバウト!【Android】

→メモリアルフォトアルバム



『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語』の感想へ

→前回:仮面ライダー鎧武第43話「バロン 究極の変身!」の感想へ
→次回:仮面ライダー鎧武第45話「運命の二人 最終バトル!」の感想へ
『仮面ライダー鎧武』感想の目次へ

【関連リンク】

小説『仮面ライダー龍騎』感想へ
仮面ライダーディケイド最終回・メタ解釈の解説へ
『仮面ライダー×仮面ライダー W(ダブル)&ディケイド MOVIE大戦2010』の感想へ
『仮面ライダーディケイド』感想の目次へ

『仮面ライダー555(ファイズ)』感想へ(大昔のサイト)
『仮面ライダー響鬼』感想へ
『仮面ライダーカブト』感想へ
『仮面ライダーW FOREVER AtoZ 運命のガイアメモリ』感想へ