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 アニメ『甘城ブリリアントパーク(公式サイト)』第4話「秘書が使えない!」の感想です。仙台にて地方遅れ視聴中。

 ネタバレ注意です。
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 元々「甘城ブリリアントパーク」という「場」の再生と、児玉誠也時代の破綻から立ち直るという可児江の「個人」の再生がリンクする作劇の作品だと思っていたのですが、「個人」の再生の方は、いすずさんにもかかってくる話だったと明らかになった感じの第3話。

 第2話のワニピーの慟哭しかり、会社にリストラされたみたいな方面で、リアルでも何かと個人が破綻を経験する昨今。そういう辛い事、それを一人では乗り越えられない人の弱さ、そういうのに寄り添ってる作品だと思います。

 「再生」の処方性は二つくらい描かれている気がしていて、一つは京都アニメーション的な「輝き」の場にはやはり必要な、人と人との繋がりということ。僕がよく使う言葉でいうと何らかの形での「共同体」ですね。その共同体の場としての「甘城ブリリアントパーク」の水没を乗り越えるという一話なのですが、携帯による通信とかバケツリレーとか、何かと「繋がり」を意識させる絵が多かったと思います。いすずさんの個人の挫折には、甘城ブリリアントパークのキャストの人達に嫌われてしまった(と思い込んでいる)という要素も大きかったのですが、実はいすずさんとキャストのみんなには繋がりや信頼はあったと、いすずさんの再生の一歩を描いていたと思います。

 もう一つはやっぱり「代替不可能性」で、可児江がいすずに甘城ブリリアントパークなんか放っておいて逃げれば良かったのに、って言うのですね。そして、いすずはその発想はなかったと。代替可能なものはどんどん進歩を求めて換えていけばよいという世の動力が一つ描かれていて、それは例えば第2話の栗栖が言っていた負け犬とは付きあうなという考え方だったり(負け組の人間関係は勝てる人間関係に代替していくのが良いという考え方)、消耗品的に代替可能な沢山のエンターテイメントパークをスマホで眺める消費者の描写だったり(どこのテーマパークでも、とにかくより良いものなら良い、という考え方)なわけです。でも、そういう世の力学への反逆が描かれてる作品なのですね。他のテーマパークでマスコットやる気はない、甘城ブリリアントパークじゃなきゃダメだ、というモッフルだとか、今回の、甘城ブリリアントパークを捨てる発想は持たなかったいすずさんだとか。その人、その場じゃないとダメなんだ! という「代替不可能な価値」の輝きというもの。だから、可児江もいくら役に立たない面が見えても、いすずを更迭はしないのですね。この話は、今話は可児江が自分の弱さを見せる、という点に置いて、恋愛フラグ的にラティファに傾いていたのがいすずが同格まで上がってきた一話でもあるので、恋愛ネタ的に、他の誰でもない、いすずじゃないとダメだ、という方向まで膨らむ話でもある。それこそ、何万人の野球場にいた人々誰でもいいわけじゃなく、キョンにとってはハルヒじゃなきゃダメだという話のように。

 他、最終的にはそういう場の再生とか個人の再生とか全部乗せてラティファの救済に向かっていくストーリーなのかなとか、今話まではぐだぐだのワニピーが立ち上がる展開があったら熱そうだとか、本当面白い。

 そんな中、次回はいよいよ世の問題解決には避けて通れない「お金がない」問題を扱う様子(甘城ブリリアントパークが資金不足なのはここ数話でずっと伏線を張ってる)。結局の所代替可能で進めばいいじゃんっていう動力が発生するのは突き詰めると資本主義の問題にいくので、そこを魂を売らずにどう解決していくのか、楽しみ。

→エンディングテーマ



→Blu-ray



→前回:『甘城ブリリアントパーク』第3話「テコ入れが効かない!」の感想へ
→次回:『甘城ブリリアントパーク』第5話「お金が足りない!」の感想へ
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【関連リンク:これまでの当ブログの京都アニメーション作品感想】

『涼宮ハルヒの憂鬱』最終回の感想はこちら
『けいおん!!』最終回の感想はこちら
『氷果』最終回の感想はこちら
『Free!』(第一期)最終回の感想はこちら

『中二病でも恋がしたい!』(第一期)最終回の感想はこちら
『境界の彼方』最終回の感想はこちら