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 アニメ『アイドルマスター シンデレラガールズ(公式サイトニコニコチャンネル)』第12話「The magic needed for a flower to bloom.」の感想です。

 ネタバレ注意です。
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 各アイドルの一人一人の魅力のありようが第1話から「それぞれに咲く花」の比喩で描かれていた本作。その花の魅力がユニットごとに調和していく様はこれまでのストーリーで描かれてきていたのだけれど、最後、14人全員での全体曲に至るまでにはもう一歩何かが必要で、リーダー役となった美波さんを焦点にその「何か」が描かれていたお話。

 合宿のある一日を運動会的な活動に使って美波さんが行ったのは、装飾のない言葉で言えば「調整」という感じがします。如何にそれぞれに咲く花が美しくても、みんな勝手に咲き乱れてればそれでOKというわけじゃなくて、全体曲となると全体的な「和」のような美しさが必要になるわけで。個人的な事情で入れ込み過ぎな感じがある未央にはクールダウンさせつつ全体が見えるように持っていき、ユニット活動をやってなかったゆえに一人不安な蘭子には、アナスタシアと美波と組ませて足りなかったものを補填してあげる。などなどと、そういう「調整」をやっていた感じ。

 そして最後にはもう一歩先の風景を見てみたいという気持ちを14人全体で共有するのですが、その気持ちの原点の風景は、第6話(感想)でラブライカとして初めてステージに上がる前の、美波とアナスタシアで手を繋いだ時にあるって描いてるのですね。つまり、先の風景を見たいと言っても進歩志向オンリーなのではなくて、仲間との紐帯を大事なものとしながら進歩も追っていくのがアイドルマスター方式だと。良いですね。第1話冒頭の時点では他のメンバーは皆辞めていって一人閉じたレッスン室にいた卯月を救っていますね。そのテーマを推していくとソロ曲の蘭子はどうなんだとなるので、そこにもフォロー入れてますね。

 前作『アイドルマスター』とのリンク要素が(主題・演出などの様々な点で)けっこうある作品だと思いますが、前作の最終回の感想とかで書いてた「共同体も大事にしながらの上昇志向」っていう話を思い出しました。一人でばく進すればもっとどんどん先に行ける天才美希が「このままじゃ迷子になる気がした」とちょっと立ち止まっても765プロの共同体を尊重する話とか。アイドルも芸能も競争社会なんだから脱落する者は切り捨てれば良い所を、傷ついた千早の元に通い続ける春香の話とか。そういう前作でも描いていたであろう「進歩志向オンリーじゃない」というのを、今作でも切り口を変えながら、でもエッセンスは変えずにやっている感じがします。足が速いメンバーも遅いメンバーもいるし、先にデビューしたユニットも遅れてデビューしたユニットもあるけれど、14人を和として「その次」を目指す。

 次回の第1クールラストのライブシーン(たぶんある)は、「盲目的な競争主義、自己実現主義はブっ壊す」と「あらゆる花は調和の中で輝き得る」と「一人で閉じたレッスン室にいた島村卯月は仲間と共に外の世界と繋がったステージに上がった(そしてOP映像なんかもだけど卯月とシンメトリーで描かれているプロデューサーの物語)」の文脈が付加されていて熱そうです。

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→次回:『アイドルマスター シンデレラガールズ』第13話「It's about time to become Cinderella girls!」の感想へ
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