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 アニメ『響け!ユーフォニアム(公式サイトニコニコチャンネル)』第二回「よろしくユーフォニアム」の感想です。

 ネタバレ注意です。
 ◇◇◇

 『けいおん!(!!)(感想)』は終盤、競争とか上昇志向とかを一義に上を目指してみんなバラバラになっていくのか? という話に入っていって、結論としては上昇志向一辺倒にはいかない、競争を勝ち抜いて本物の武道館には行けなくても「この講堂が私達の武道館です」の精神の元、バラバラにならずに共同体を続ける(四人は同じ大学に進学し、梓とも繋がりは切れない、というラストになっている)という物語でした。

 前回の感想でやっぱりアフターけいおん!(!!)っぽいコンセプトとの作品かなぁと書いておりましたが、第二話にて『けいおん!(!!)』どんぴしゃの問いが顧問の滝昇から部員たちに投げかけられます。「全国を目指すか、楽しければいいか」を自分たちで選べ、と。『けいおん!(!!)』に当てはめるなら、本物の武道館を目指すか、この講堂が武道館の精神でいいか、どちらか選べという話です。視聴者にも改めて問いかけている感じで良いですね。

 どちらも選べないという久美子がちょうど広い母数の視聴者の感覚に重なってるのはもちろん、いや全国を、武道館を目指すよというのに迷いない麗奈に対して、楽しければいい方に手を上げる葵は、やはり受験で第一志望に落ちてここにいる、つまり競争に敗れた経験を持っていると。『けいおん!(!!)』で輝いたものとして描いた「この講堂が私達の武道館です」の精神を、それはあなたが競争で勝てないからでしょ? と一旦突きつけ返してるようで、エグいです。とはいえ、やっぱり競争の敗者の馴れ合いはダメだよ、マッチョに全国目指して勝ち抜くの目指せよ、バラバラになろうが何だろうが敗者は蹴落とせよ、それでこその充実感で輝きだよ、というのも『けいおん!(!!)』を通ってる視聴者としては違和感があるわけで、逡巡する久美子、というところに第二話では落ち着いていると。

 このテーマと重なるように、「継続」に関する話が少しずつ描かれています。第一話では、家族(姉妹)や過去の共同体(の特に麗奈)との繋がりの象徴である吹奏楽を、久美子が続けるという所まで描いていました。それに対して、第二話は、使う楽器を「変えるか/継続するか」をキーに描きながら、久美子が消極的にしろ結局ユーフォニアムを継続するところまで。

 これも、楽器を継続することに迷いない麗奈と緑輝は良いのですね。覚悟完了してると。突き進めばいい。でも一方で、葵を尖端、継いで迷う久美子という順に、楽器にそこまでの覚悟を持ってない人間もいると。

 なので、今作は上昇志向に関して「上に行きたい者/このままでよい者」、楽器に関して「継続する者/そこまで覚悟完了してない者」と、冒頭時点では両方がいる共同体の物語なのですね。

 こんな感じで『けいおん!(!!)』から文脈はアップデートされてるのですが、核心は変わらずに、それでも繋がりや継続性は、(久美子のように消極的な行動の結果だとしても)何らかの意義をもたらし得る、という話なのかなという印象です。エンディングのモチーフも赤い糸で、この上昇志向に基づいた競争と消費文明の中、何でも優れたものにどんどん変えていって結果共同体はバラバラになっていってしまう世界で、途切れない大事な繋がりもあるんじゃないか、みたいな感じですしね。その意味で、緑輝がコントラバスに継続性を見出してるキャラなのと、名前という個人の継続性に関しての物語を背負ってるのも、意図的だと感じています。

 今話のラスト、ついに久美子と麗奈が交わした会話は、


 「高校でもユーフォだね」(高坂麗奈)

 「そうだよ」(黄前久美子)


 消極的な態度でもたらされたものだとしても、継続性とか繋がり(人と人にしろ、人と楽器にしろ)には、何か意義がある、という物語なのだと思うのでした。

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黒沢ともよ
ポニーキャニオン
2015-06-17


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→前回:『響け!ユーフォニアム』第一回「ようこそハイスクール」の感想へ
→次回:『響け!ユーフォニアム』第三回「はじめてアンサンブル」の感想へ
『響け!ユーフォニアム』感想の目次へ

【関連リンク:これまでの当ブログの京都アニメーション作品感想】

『涼宮ハルヒの憂鬱』最終回の感想はこちら
『けいおん!!』最終回の感想はこちら
『氷果』最終回の感想はこちら
『Free!』(第一期)最終回の感想はこちら

『中二病でも恋がしたい!』(第一期)最終回の感想はこちら
『境界の彼方』最終回の感想はこちら
『甘城ブリリアントパーク』第12話の感想はこちら

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