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 公開初日にMOVIX仙台の舞台挨拶回で観てきた、続・劇場版『Wake Up, Girls!』前篇[青春の影]の感想です。

 ネタバレ注意です。
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 大きくは、


1. 途切れさせないこと。(続けること。)

2. 地方と中央。


 というテーマを感じた映画でした。

 「1」の方は、元々最初の『劇場版』からTVシリーズ全般まで、続けていきたい大事なことが破綻的な何かが起こって、続けられなくなりそうになる、だけどそれでも途切れさせずに続けていく……というモチーフ・展開が多くて、WUG!の中心的なテーマだと個人的には思っています。

 『劇場版七人のアイドル(感想)』は、アイドルの道も家族関係も破綻して歌や踊りが好きという自分の本質が「途切れそう」になっていた真夢が、それでもアイドルを「続け」たいと駆け出していく所が山場ですし(このシーンは初見時では真夢の心情が視聴者側には分かりやすい形では伏せられており、「リトル・チャレンジャー」の歌詞で表現するという手法になっていた)。

 社長の持ち逃げでWUG!が解散に傾いて、『Wake Up, Girls!』そのものが、始まりかけた共同体が「途切れそう」になっていた時、やっぱりライブやりたいと藍里が最初に声をあげて「続け」ていくというのもそうですし。

 第二話(感想)は一度WUG!を辞めかけた(途切れかけた)けど、メイドin仙台のお客さんたちに励まされて、真夢と佳乃と藍里が迎えにきてくれて、「続け」ようと未夕が覚悟を決める話ですし。

 第三話(感想)は磯川のおばあちゃんが倒れてライブに行くのを辞めかけた(途切れかけた)実波が、おばあちゃんに励まされて、それでもライブ会場に向かう、「必要とされる」場所(『小説版〜それぞれの姿』より)に向かうということを「続け」ていくという話だし。

 第六話(感想)と第七話(感想)は、早坂さんに言われて一度WUG!を辞めかけた(途切れかけた)藍里が、それでも「続け」ると決めるまでのお話で。そして、東日本大震災があってもお菓子作りを途切れずに続けている熊谷屋さんの話でもあり、その店主から「継続は力なり」という言葉が送られるのがコアの部分のお話でもある。

 第九話(感想)は、震災時に気仙沼にいて、大事な人を失って途切れそうになっても生き「続け」てる夏夜の話で。途切れずに続いているものの象徴として、ブイが最後に夏夜の手に渡るという描き方をしていたし。

 単独メインエピソードはなかったけれど、幼い頃からレッスンを途切れずに続けてきた(続かなかった藍里との対比になってる)力を、WUG!に投入すると菜々美が決める。菜々美がWUG!を「続け」るまでの物語というのは、藍里と夏夜の物語と表裏一体で進行する描き方をしていたし。

 第十二話(最終回)(感想)で、「傷を負っても飛ぶ佳乃」というのは、ライブを、WUG!の活動を、傷という破綻の前で続けられなくなりそうになっても、それでも飛ぶ、続行する意志を見せるという点で、今までの物語のエッセンスになっていたと思うし。

 さらに最終回では白木さんが言及する、9.11の後も文化を「途切れさせない」ためにシアターを開けた管理人の意志の話があり、こういう全ての「破綻的な事が起こっても、途切れずに続けていくこと」という物語が、震災後の様々な断絶を前提にしても、「途切れない」もの・ことを描いていく・描いていけたらというメタ構成になってることは、けっこう想像できる部分で。

 そんなテーマの元、タイトルに「続」を冠した、今回の続・劇場版『Wake Up, Girls!』前篇[青春の影]。序盤でさっそく、松田さんが旧友と飲んでるシーンで、旧友の方がたとえ夢が叶わなかったとしても、続けていくことが大事なんじゃないかと、これまでの物語の確認と今後の物語への暗示(たぶん)を述べる箇所があり、さっそくこの『続・劇場版』も何らかの「継続」の物語なのが提示されます(このシーン自体が、松田さんと旧友さんの関係が形が変わっても「続い」ているシーンになってる。)。

 大まかな展開は、(ある意味仙台との繋がりを断ち切って)東京に出てきたものの、東京の超競争・超消費主義の中、自分達の力が出せない楽曲をあてがわれたこともあり、WUG!は力を出せず、自分たちらしさを見失い、応援者も減っていき、一度挫折しかける。再び、大事なことを続けていきたいんだけど、続けていけなくなりそうになる、WUG!が「途切れ」そうになる……というモチーフがシチェーションも類似させて『劇場版〜七人のアイドル』とリフレインさせて描かれます。そこで、最後に「タチアガレ!」の力と早坂さん(今回本当にカッコ良かった)登場で、それでもまだ「続ける」という所で「前篇」は終劇。

 この破綻的な出来事、大事なことが続けられなくなるようなことが起こって、それでも「続ける!」っていうパワーを人が出せる時はどういう時なのか、という点ですが。これはTVシリーズでも繰り返し描いていて、例えば第二話の未夕だったら「メイドin仙台」の自分を見守ってくれていたお客さんたちの存在だし、第三話の実波だったら、自分を見守ってくれていた磯川のおばあちゃんの存在です。

 その流れから繋がり、今回の続・劇場版「前篇」でも、最後にWUG!が「続ける」と再決起できる要因には、そういう破綻的な時期、悲しい時期でも、影ながら「見守ってくれている人」がいる、という要因だと思いました。WUG!にとってのそういう存在は主には二人描かれていて、一人は早坂さんで、もう一人は大田さんです。この早坂さんと大田さんを物語上のポジションとしてほぼ同格に持ってきた構成には痺れましたね。

 加えて、松田さんですか。早坂さんはWUG!が東京で迷走してる間もずっと見てくれているのですが、最後に「少女交響曲」まで持って来てくれるまでしてくれたのは、松田さんが早坂さんに会いにいったシーンがあるから……という描き方だと思いました。「2」の項目と関わりますが、早坂さんは明示されないけれど、何か中央一極集中の力学に違和感を持ってる人なんですね(そこが、競争主義一点突破の白木さんと齟齬がある)。なので、やってきた松田さんにはつっけんどんな態度なんだけど、どこかで地方民、仙台人の松田さんの本気とか、買ってるんだと思うんですよ。そういうのを、あんまり言葉にしないで、早坂さんが今でも大事にしてる「むすび丸」を映すことで表現している。繰り返しになりますが、今回は早坂さん究極のツンデレでカッコ良かった。大人勢全般カッコ良かったですが。最後、茂み? 的な所から早坂さんが出てくる所は、もう!

 続いて、「それでも見守ってくれていた人」もう一角は大田さんですが、こっちは明確にはWUG!メンバーに何かしてやったりしてないんだけど、ラストシーンは『劇場版〜七人のアイドル』のラストシーンと重なるように、連想するように演出されてるので、あそこで、「閑寂な公園」で七人が「タチアガレ!」を歌うというシーンで、「そういえば、WUG!が続いたのは、『アンコール』を送ってくれた大田さんという、あの公園での最初のファンの応援がきっかけだった」という文脈が表現されているんだと思うのですね。『劇場版〜七人のアイドル』ラストシーンが、WUG!の七人の原点。それは破綻的なこと、くじけそうなことあっても「途切れない」ものだから、ここからやりなおし。「閑寂な公園」のリフレインシチェーションで、「縁」によって届けられた『少女交響曲』のライブシーンへ……そして「後篇」に「続く」っていう流れは、もう涙するしかなかったですね。

 続いて、


2. 地方と中央。


 のテーマの方。

 キーワードは劇中で丹下社長が言っていた「東京の引力」あたりですか。

 これは、仙台在住だと、本当肌身で感じる部分なのです。凄い人、素敵な人ほど、みんな東京に行ってしまう。私事ですが、僕も大学は一旦関東圏に出て、でもその後、そのまま「進展」を目指すだけでイイのか? と思って仙台に戻ってきて、今では親の介護とかしている身です。

 WUG!がアニマル天気予報など仙台の仕事を卒業していくくだりとか。東京で一旗あげてきなよ、故郷に錦かざってよって送り出してくれる仙台の関係者の方たち……のシーン、良いシーンだし、本人たちに悪気は全然ないし、確かにそれはポジティブなことなんだけど。それでもこの映画が凄いのが、あのシーン、どこかに、でもそれだけ(みんな東京に集まっていくだけで)でイイのか? っていう視点もちょっと見えるような映画になってる点だと思うのですね。仙台人の感覚からすると、卒業して上京だとか言うと、「みんな確かにそう言ってくれるんだけど」という実感があります。だけど、その引力に引かれていった先の世界が、例えば地方の(高齢化などを中心とした)衰弱です。そういう意味では、アニマル天気予報とかを「断ち切って」WUG!が進んでいくという展開は、上記の「途切れさせないこと」テーマからするとネガティブな意味合いも含んでいるのですね。

 そうして向かった先の東京では、WUG!@上京版の先行者として、「I-1クラブ」の志保が、競争原理の中、危機的な状況を迎えていたりする。進歩主義や中央の引力を無謬なものとして突き進んでいくだけでは、待ってる先は、真夢も一度破綻を経験した「センター争い」的な世界だけです。(その意味では、「後篇」で何かしら志保の支えになるポジションの人が描かれると予想されるのだけど、誰だろう? 今回ずっと志保についてくれてる描写があった麻衣辺りかな?)

 そういう、白木さんとしては自分なりの哲学で推している競争・中央への引力で進歩していく世界観に、おそらく早坂さんは懐疑的なポジションなので、WUG!に力を貸してくれると。むすび丸を大事に持ってるし、仙台人の松田さんとも、内心、まあ一緒に地方で飲んだ仲だよね感もどこかで持ってそうだと。めっちゃ単純化すると、この「前篇」までは、中央派の白木さん率いる「I-1クラブ」VS地方派の早坂さんが入れ込む「WUG!」という対照(対立かどうかはそうでもない印象)構図なのですね。早坂さんはもう、大田さんと同格くらいのポジションで現時点では地方よりなポジションですかね。そういう辺りが見えてくるのは面白かったところ。

 なのだけど、ラストシーンで、この「2」:「地方と中央」のテーマの方も、「1」に吸収されるように「途切れないもの」で繋がっていきます。同じ「閑寂な公園で踊る」というラストシチェーションでも、『劇場版〜七人のアイドル』が仙台の勾当台公園だったのに対して、今回は東京の公園です。そして、東京出身の真夢もWUG!にはいること。この「1」の「途切れないもの」「WUG!らしさ」「タチアガレ!的なもの」、そういった大事なものが、東京(中央)だろうが仙台だろうが通底しているよっていう所にリンクしていくラストシーンなのかなと。その展開に合致するように、公開された「後編」のあらすじでは、WUG!は心機一転再び一旦仙台に戻って活動を再開。日常ライブの復活や全国行脚などをする……という展開になっていく模様です。

 また、いわゆるプロジェクトのコンセプトのハイパーリンク(二次元と三次元のリンク)もここで絡めると、こういうテーマの『続・劇場版』の公開において、現在は東京を活動の中心にしてるリアルWUG!メンバーさんたちが、ちゃんと舞台挨拶で仙台に来てくれてますしね。MOVIX仙台という地方の劇場で、舞台挨拶回で観たのですが、劇場に来た時は前篇のキービジュアルで館内が埋まってたのが、上映後に外に出ると全て後篇のキービジュアルに切り替わっていたという演出があって。地元の映画館と東京の企画が連携してる感じが伝わってきて良いなと思いましたよ。

 色々書いてきましたが、フォーマットとしてはロボットアニメのフォーマットみたいなもので(え)、エンタメとして燃えられる『続・劇場版・前篇』でした。量産機を与えられて、それに自分を押し込めようとしているうちは力が発揮できずに苦しんでいた所で、ラストで早坂さんが新主人公機(新曲)を持ってきてくれて、逆襲開始だ! っていう所で引きという感じですね。『ガンダムSEED(感想)』に例えるなら(え)、いよいよキラがフリーダムガンダムに乗り込んだ所で「後篇」へ、という感じです。

 しつこく書きますが、大田さんだとか松田さんだとか、様々な「それでも見守っていた人達」の文脈を背負って、ラストに早坂さんが登場……出直しになるけど、まだ「続ける」。あの日と同じ、「閑寂な公園」で星明りだけでも踊るよ! というラストはグっときたのでした。

 そんな感じで、僕も地元仙台で出直しだと、10月25日(日)の仙台は「日立システムズホール仙台・交流ホール」で開かれるWUG!の同人誌即売会イベント『同人誌即売会やらせてください!in仙台』に久々にサークル参加させて頂きます。実波と菜々美と未夕が石巻を訪れる小説本を頒布予定。くわしくはこちらの記事からよろしくです。

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→前回:『Wake Up, Girls!』TVシリーズ第12話(最終回)「この一瞬に悔いなし」の感想へ
→前回:『小説版 Wake Up, Girls! それぞれの姿』の感想へ
→次回:続・劇場版『Wake Up, Girls!』後篇[Beyond the Bottom]の感想へ

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