『けものフレンズ(公式サイト)』の感想です。

 昨年(2016年)の『シン・ゴジラ』『君の名は。』のヒットから続いて、うっかりポスト3.11文脈作品の傑作として語り継がれるかもしれないポジションのアニメーション作品。

 現在、第8話まで放映済み。

 記事中は第8話までのネタバレ注意です。
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 リアルの方で作品の元になってるソーシャルゲームがサービス終了しているというネタも絡めて、ソーシャルゲームのサービス終了という比較的最近良く聞く「破綻的な出来事」と、リアルの方の東日本大震災のような本当に人類史規模での大きな「破綻的な出来事」とが連想して意識されるように背景に設定しつつ。

 そんな「破綻的な出来事」からの「復旧」の道程が淡々と、でも陽気さも忘れずにね! みたいな感じで綴られていく作品です。

 僕は東北在住なので「破綻的な出来事」は東日本大震災を連想しましたが、他の地域の視聴者の方でも、リストラされたとか、受験で失敗したとか、作品が売れなかったとか、各々が経験した「破綻的な出来事」に置き換えて視聴が可能です。

 かばんちゃん、僕は震災の被災者の比喩として連想可能だなと思いましたが、とりあえず少なく見つもっても記憶を失っているので、相応の「破綻的な出来事」でダメージを負ってるようなポジションの子です。とりあえず何だか助かってる自分の命と、残ってる知識と。それだけだけど、そこからまた始めよう。

 同じポスト3.11文脈で捉えられる去年ヒットしたアニメ作品の『君の名は。』と比するに、比較的地道に「復旧」の道筋が描かれていく作品なのが好みであります。

 わりとダイレクトに津波が連想される表現が出てくる『シン・ゴジラ』はともかく、『君の名は。』は別にポスト3.11文脈作品ではないのではないかという見解も目にしますが、大規模な災害、防災無線、避難の呼びかけ、発電所の破壊……などなど、『君の名は。』も東日本大震災後の文脈で作られているのは確かかと思います。

 「うっかり」と書いたのは、インタビューなどを読んでると作り手の方々もそこまで批評的な文脈に乗せてポスト3.11を表現しようとかしていたわけではなさそうなのですが、去年2016年が上述の通り災害とどう向き合っていくかみたいな作品が連続でヒットした年だったので、結果として流れ的に東日本大震災後の一連の文脈の作品の一つだとも接続可能になっている印象です。

 ソーシャルゲームのサービス終了とそのまま受け取っても、東日本大震災も連想されると受け取ってもどちらでも良いのですが、人類の文明が大ダメージを受けた「破綻的な出来事」が起こった「後」の世界で、かばんちゃんは再び身一つで始まりつつ、サーバルちゃんと共にコツコツと人類史を追いかけるように「復旧」の道程を追っていきます。

 第2話。まず、道、経路が復活します。何を復旧するにしても、まずこれがないと復旧のための資材も人員も運べないのでした。被災地域在住でないと想像しづらい方もいるかもしれませんが、震災の時は本当にしばらく橋とか壊れていたのです。知恵を絞って渡るしか、移動するしかなかったのです。

 ラストでバスも復旧しかけますが、電池が足りない! という段階が描かれます。震災の時あったあったネタです。車はあっても、燃料がない状態だったのでした。また、直接的に電気が使えなかったという意味合いも表現されていると思います。

 第3話。カフェ(お店)が復旧します。描写されてるエネルギーが太陽光っぽいのもこの文脈だと「表現」になっていると思います。震災後も数日で、お店を開けてくれたお店がけっこうあって、あの人たちこそヒーローだとずっと思っています。

 第4話。アトラクション(娯楽)が復旧します。娯楽的なものが復旧したのはだいぶ時間が経ってからでした。仙台在住としては、八木山ベニーランド(遊園地)も当初は止まっていたなぁというのを思い出しました。

 また、貨幣もちょっと復活した話っぽいです。震災後しばらくは貨幣があっても物がなくて買えなかったりしたのでした。しばらく、貨幣経済ではなく互酬経済が生まれてやっていたりしたのでした。

 第5話。家が復旧します。避難所から仮設住宅に移れたのはだいぶ後の人が多いです。家を作れる人というのもまた、ヒーローなのです。2017年の現在、災害公営住宅などに移るようになってきた人も増えてきましたが、東北ではまだまだかなりの人達が仮設住宅で暮らしています。

 第6話。集団の分断が復旧(再合流)します。分かりやすくはない感じですが、震災後に様々な意味でクラスタ(集団)に分かれて争っていたというのはよく言われていることです。この話を境に、第7話からはオープニングも「合流後」のヴァージョンに。

 第7話。料理が復旧します。非常食からちゃんと料理した食事ができるようになるまでもだいぶ時間がかかりました。栄養優先のジャパりまん(非常食)も大事なのですが、やっぱりちゃんと料理をして「食」を味わうのは人間の文化的行為だと思います。ラストの「美味しいものを食べてこその人生なのです!」の台詞に涙。缶詰とかばかり食べてた状態から、どんなにかありがたい普通の食事ができるようになるまで、たいへんだったのでした。

 第8話。アイドルが復旧します。こういう娯楽的なものが戻って来たのは、だいぶ後でした。個人的には、ようやく震災後の経済的困窮から復活し始めて、2014年に「Wake Up,Girls!(感想)」の仙台公演を観に行った時にしみじみしたのを思い出したり。ついつい忘れがちですが、アイドルとか、より土台になる様々が復旧してから、ようやっと楽しめる娯楽なのです。

 こういう復旧の過程を追ってきて分かるのは、1クールのアニメーション作品ですと、たいてい物語全体のエッセンスも込められている第1話、本当に全て失って何もない状態で最初に復旧したのは、「助け合い」なのだと思われることです。

 カバさんから、ジャパリパークでは自分の身は自分で守るのが基本っていうような弱肉強食動物世界みたいな話が出たあとに、かばんちゃんがサーバルちゃんを紙飛行機で助ける(人間的な行動)ということをやります。すると、カバさんも助けに来てくれたりします。そうだった、道も電気も復旧すらしてなかった頃、あるのは助け合うことだけでした。

 第1話は、ここでサーバルちゃんとはお別れかな? と一旦描いておいて、サーバルちゃんはついてくる。という「別離」→「再会」のモチーフが組み込まれているのですが、これは物語全体にもこのモチーフがかかっているとも想像できます。第7話で火を手にしたかばんちゃんにサーバルちゃんが近づけなかったように、かばんちゃんがヒトらしさに近づいて行けば行くほど、サーバルちゃんとの「別離」のフラグも積み重なる物語構造になっています。第1話の展開を踏まえた上で、ラストはどうなるのでしょうか。

 また、「追走」がモチーフの作品でもあります。かばんちゃんとサーバルちゃんがヒトの痕跡を「追走」する形で展開していくのですが、そんなかばんちゃんとサーバルちゃんを、さらにアライさんらが「追走」している……というモチーフをずっと第1話から通底させています。かばんちゃんがそのままヒトの痕跡を完璧に「追走」・トレースしてしまうと、待っているのは絶滅エンドなわけなので、どこかで分岐するのかな、と思って観ております。そしてそうなると、絶滅したヒトが色々残していたように、かばんちゃんとサーバルちゃんが「残してきたもの」が重要な意味を持つという構成になる気がします。それらを追っている、アライさんとかが、思ったより重要な役割のキャラっぽいのですね。

 ラストは、あんまり劇的なギミックが炸裂とかよりも、俺たちの復旧はこれからだ! みたいなのを個人的には希望したいですかね……。

 オープニングは、特に第7話以降ヴァージョンは、またジャパリパークにおいでよ! 的なことなのかと思います。

 リアルの方でも、震災以降対外的に、日本はもうダメだと思われてるフシもあるのですが、いやいや、復旧してきたよ。あるいはダークツーリズム感覚でも良いよ。もう一度ヒトが来れるように道も作るよ。東北に。日本に。観光客とかおいでよ、みたいな感じなのかなと。

 サーバルちゃんが持ってる受容の態度は、忘れがちですが、かろうじて日本に残ってるもののようにも感じられます。そんなに劇的にアピールするポイントと言われるとパっと思いつかなかったりする国なのですが、良さは、来れば分かるという(海外の人の)感想を聞き及んだことがあります。

 そういうかろうじて残ってる優しい部分を思い起こされたりもするので、ジャパリパークに、(名称から連想されるのは)もう一度ジャパンに、おいでよ、と言えるような気分になってくるので、やはり素敵な作品だなと思うのでした。

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→次回:『けものフレンズ』第9話「ゆきやまちほー」の感想へ
→次回:ポスト3.11作品としての『けものフレンズ』その2〜第11話「せるりあん」の感想へ

【関連リンク1:昨年2016年の「アニメーション」作品ベスト10記事】

2016年「アニメ作品」ベスト10〜過去の悲しい出来事を受け取り直し始める震災から五年後の想像力(ネタバレ注意)


【関連リンク2:『けものフレンズ』とテーマも近いと感じる、今季放映されてる京都アニメーション作品の『小林さんちのメイドラゴン』の感想記事】

『小林さんちのメイドラゴン』感想


【関連リンク3:こちらのブログの感想記事も良い感じです】

何故に『けものフレンズ』のアニメはこうまで楽しいのか/やまなしなひび−Diary SIDE−