相羽です。

 公開初日に観てきた『映画 中二病でも恋がしたい! -Take On Me-(公式サイト)』の感想です。

 ネタバレ注意です。
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 勇太が六花に指輪を渡します。

 このままだとバラバラになっていってしまう力が強い現在の世界で、「ずっといっしょにいる」という約束の証です。

 『けいおん!(!!)』で卒業と共にやがてバラバラになってしまう唯、澪、律、紬、梓の五人が、「いっしょにいたい」とその力に抗ったように。

 ◇◇◇

 京都アニメーション作品には、作品を超えて連続しているテーマのようなものがあります。

 現在の世界ではみんな競争しながら進歩を追っている。

 より強く、より速く、より大きくと進歩を追っていけば、弱い人間は置いていくことになる。

 必然的に、共同体、つまり「いっしょ」にいた人たちはバラバラになっていく。(弱い人間は置いていかれて、強い人間だけが先に進んでゆくから。)

 でも、それだけでイイのか?

 そういう話を、『けいおん!(!!)』の頃から描き続けています。

 『けいおん!(!!)』の後半は、そういう「そのままだとバラバラになっていってしまう世界の力学」に抵抗する物語になっている……という当ブログの解釈は、当時書いたこちらの記事などを参照して頂けたら幸いです。↓


参考:けいおん!大学生編感想(ネタバレあり)〜不自由さを受け入れながら進む時代〜


 六花は「より強く、より速く、より大きく」という価値観だけが評価される現在の世界では生きていけない側の人間です。学力ないし。もうすぐ十八歳になるのに中二病だし。

 何か、「より強く、より速く、より大きく」の方向、「競争原理の中で勝つ」とは別の方向が必要になってくるのですが、そこで人と人の繋がり、「共同体」のようなものが出てくるのは『けいおん!(!!)』からずっと描いてきた一連の京都アニメーション作品と同じです。

 近年の作品だと、『小林さんちのメイドラゴン』と『響け!ユーフォニアム』がこの「共同体」のテーマは強いでしょうか。↓


参考:まだ生きている大事な人にちゃんと想いを伝えておくこと〜響け!ユーフォニアム2第十二回「さいごのコンクール」の感想(ネタバレ注意)

参考:小林さんちのメイドラゴン/感想/第10話「劇団ドラゴン、オンステージ! (劇団名あったんですね)」(ネタバレ注意)


 しかし、ここで問題が。

 人と人との繋がり、「共同体」(最小の共同体は何と言っても男女の愛を前提とした「家族」ですからね)、勇太との愛を選ぶのはイイ。

 でも、現実での勇太との愛を選ぶと、「中二病」は卒業しなければならないのです。

 現実での愛か? 中二病的な世界か?

 この二択の相克(アンビバレント)に悩むのが『中二病でも恋がしたい!』という作品です。

 ◇◇◇

 現実での愛か? 中二病的な世界か?

 の相克の物語は、TVシリーズ第2期『中二病でも恋がしたい!戀』で中心的にテーマとして扱われていました。

 二択のうち、勇太との現実の愛を切り捨てて中二病的な世界の方を選んだ、六花のif(もしも)の存在、七宮智音(しちみや・さとね)の物語が描かれます。

 過去の智音が中二病的な世界の方を選んで変化を拒否したのに対して、現在の六花は中二病的な世界と勇太との現実の愛の両方を選ぶ、変化も受け入れる。

 TVシリーズ第2期『中二病でも恋がしたい!戀』はざっくりとはそういう結末に至るまでの物語でした。

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 そして、今回のさらなる続編の『映画中二病でも恋がしたい!-Take On Me-』。

 勇太が六花に一度目の指輪を渡すシーン。

 この段階では、六花は指輪を自分でつけると言います。

 これは、自分一人で決断した……という意味なのだと思います。

 TVシリーズ第2期『中二病でも恋がしたい!戀』の過去の智音と同じ。

 現実での愛か? 中二病的な世界か?

 の選択において、智音と逆。現実での愛を六花が自分で選んだ……という流れ。

 しかし、案の上代償としてこの後六花の中二病的な力は弱まり、苦悩します。

 ◇◇◇

 その後、第二段階。

 勇太が六花に二度目の指輪を渡すシーン。

 こちらは、六花は勇太に指輪をつけて貰う……という表現になっています。

 つまり、一度目は六花一人で選んだのに対して、二度目は六花と勇太の二人で選んだ……という表現です。(くみん先輩の六花と勇太で決めることという趣旨の発言も参照。)

 選ぶ内容も、二択のうちのどちらか、ではなく。

 十花さんに送ったメール「中二病でも恋がしたい!」という言葉に象徴されるように、現実での愛と中二病的な世界の両方とヴァージョンアップしています。

 ◇◇◇

 ここまでで終わると、可愛そうになってくるのは七宮智音です。

 智音が一人で選んで、中二病な世界の方を選んだのに対して、

 六花と勇太は、二人で選んで、現実での愛と中二病的な世界の両方とを選んだ。

 これだと、六花と勇太がトゥルーエンドで、智音がバッドエンドみたいです。恋愛的にも智音は敗北しています。

 そこで、今回の映画では更なる次元に突入。

 劇中のキーワード「連関天則(れんかんてんそく)」がヴァージョンアップします。

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 「連関天則」について。

 たぶん世界中で一番『中二病でも恋がしたい!』における「連関天則」について詳しく解説してる(笑)のは「ねざめ堂」さんのこの二つのブログ記事です。↓


「好き」を続けていくために 〜『中二病でも恋がしたい!戀』感想/ねざめ堂

「連関天則」の意味するもの 〜『中二病でも恋がしたい!戀』感想◆燭佑兇疇


 ざっくりとは、「連関天則ver.1」は「変化を拒否している」、「連関天則ver.2」は「変化も含有している」……みたいな感じです。

 じゃあ、今回の映画で更新された「連関天則ver.3」が何かっていうと、とても高次で抽象的な概念なので言葉にするのは難しく、「何かver3になったのは分かった」くらいの感覚の鑑賞一回目の現在ですが、だいたいはくみん先輩が智音にフォローを入れてくれている箇所がその説明になってるのかと思います。

 くみん先輩の話の要約。

 智音は、一人で選んで、中二病な世界の方を選んだ。一見バッドエンドっぽい。

 でも、その智音のバッドエンドがあったから、そこから何かが繋がって、今、六花と勇太は幸せになれた。智音の選択にも、意味がなかったわけじゃない。

 一見間違ったかのように見えた選択も含めて、全てが関係し合っている。

 「連関天則ver.3」はそんな感じの哲学的領域により踏み込んでる印象でした。ブディズム!

 めっちゃざっくりとした言葉だと「縁」ということかもしれません。

 最近の僕のブログでの京都アニメーション作品感想なら、「曼荼羅(マンダラ)的」という表現でもイイかもしれません(笑)。

 くみん先輩自体が、「二代目邪王真眼」ですからね。

 何からしら、継承、繋がり、一見無意味に思えたこと(中二病とか)にも意味をもたらす、という物語上のポジションの人です。

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 二択のうち、片方を切り捨てる。

 これは、『涼宮ハルヒの消失』で消失長門と消失世界を決断の上で切り捨てたキョンの物語です。


参考:映画『涼宮ハルヒの消失』/感想


 その後、『境界の彼方』でかなり明確に京都アニメーションは、切り捨てられた消失長門(を比喩する存在として描かれている栗山さん)を救済する物語を作っているのですが。↓


参考:『涼宮ハルヒの消失』と『境界の彼方』との関係について(『境界の彼方』第8話〜第11話感想)


 もはや、キョンが消失長門を切り捨てた『涼宮ハルヒの消失』にも、何か意味はあったのだろう……というような世界観に2018年の京都アニメーションは突入しています。

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 京都アニメ―ション作品の思想を表してると個人的に思ってる、『Kanon』の一節。


「カノンです。パッヘルベルのカノン。 同じ旋律を何度も繰り返しながら、少しづつ豊かに、美しく和音が響き合うようになっていくんです。 そんなふうに、一見違いのない毎日を送りながら、でも、少しづつ変わっていけたらいいですよね」(倉田佐祐理)


 ラストシーン。

 勇太の部屋、その上に智音の部屋、さらに一つ積み重なって六花の新しい部屋が加わります。

 バッドエンドだったかもしれない智音も、けっこうそれなりにたのしく生きてそうです。

 回るレコードの一周目はバッドエンドっぽかったかもしれません。でも、二周目があって、三周目があって、少しずつ音の深み、彩(いろどり)が増してきているのを感じる時、ああ、でも一周目も何かしら意味があって、彩が深まってきてる今の周と繋がっているんだなと思います。マンションの階のように、人々の「暮らし」が積み重なってゆく。


参考:パッヘルベルの『Kanon』のように「繰り返し」ながら「受容」の「共同体」は波打つように少しずつ豊かになってゆく〜『小林さんちのメイドラゴン』第5話の感想


 『たまこまーけっと』エンディングのレコードの「円」の表現も有名ですが。

 今回の映画にも、「円」(=「縁」?)をモチーフにした比喩的映像表現は多かったです。(六花が旅先で買った謎の円運動する「何か」とか)

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 現在の我々の現実の閉塞感。

 被災地域。孤立したお年寄り。障害がある人。競争を勝ち抜いた側の人達の世界が華やかに見える一方で零れ落ちている人たちがいる。日本は財政破綻するかもしれない。2030年には65歳以上の高齢者が人口の三割。南海トラフ地震も首都直下型地震も我々が生きている間に起きるかも。などなど。

 どうあがいても行き止まりで、中二病とまでいわなくてもアニメとかゲームとか虚構的なものに耽溺している時間は終わっちゃうんじゃないか。

 どこか、いつか中二病の時代も終わるし、この旅も行き止まりになる……という映画中盤の予感(お金がね、目減りしていくんだよね……)と重なります。

 でも、丁寧に「繰り返し」、少しずつ彩を加えていけたなら。

 旅の終わりではお母さんが待っていてくれましたし、場所的、空間的にも、「けいおん!(!!)」で「部室の中」から始まった物語は、ついに海外はイタリアまで突破しました。

 「繰り返し」の最初の方の周(バッドエンドっぽいのも含めて)を丁寧に受け取り直しながら、コツコツと彩を加えつつ「日常」を回し続けて行けたなら、何かが繋がり合い補い合い(連関天則ver.3?)我々の現実も、行き止まりの予感をどこかで超えてくれるのかもしれません。





【関連リンク1:京都アニメーションがこの十年どういうテーマで作品を繋いできたかに興味がある方向けの手引きとなる、当ブログの関連記事】

『小林さんちのメイドラゴン』の感想へ
『響け!ユーフォニアム2』の感想へ
映画『聲の形』の感想〜ポニーテールで気持ちを伝えられなかったハルヒ(=硝子)だとしても生きていくということ(ネタバレ注意)

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『甘城ブリリアントパーク』第12話の感想はこちら

[5000ユニークアクセス超え人気記事]『境界の彼方』最終回の感想(少しラストシーンの解釈含む)はこちら
『中二病でも恋がしたい!』(第一期)最終回の感想はこちら
『Free!』(第一期)最終回の感想はこちら

『氷果』最終回の感想はこちら
『けいおん!!』最終回の感想はこちら
『涼宮ハルヒの憂鬱』最終回の感想はこちら


【関連リンク2:(特に東日本大震災以降)「共同体を再構築してゆく物語」を日本アニメーションがどう描いてきたかに興味がある方向けの手引きとなる、当ブログの関連記事(主に吉田玲子さんが脚本・シリーズ構成を担当していたもの)

あの日欠けてしまった人の日常(=マヨネーズ)に私がなるということ〜『ハイスクール・フリート』第11話「大艦巨砲でピンチ!」の感想(ネタバレ注意)
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【関連リンク3:京都アニメーション作品の2016年までの"テーマ的な"連動・変奏の過程がよく分かる『ねざめ堂』さんの記事】

『無彩限のファントム・ワールド』と、10年代京アニの現在地点(前編)/ねざめ堂
『無彩限のファントム・ワールド』と、10年代京アニの現在地点(後編)


【関連リンク4:「共同体」と「競争」のテーマを扱った作品についてよく分かる『ねざめ堂』さんの記事】

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