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 相羽です。

 『仮面ライダージオウ(公式サイト@東映公式サイト@テレビ朝日)』、第2話「ベストマッチ2017」の感想です。

 ネタバレ注意です。
 ◇◇◇

 これ、(いずれ)ディケイド出てくるでしょ……(挨拶)。

 しかもわりと物語上重要なファクターとして。

 ディケイドが「偽物」のライダー、「偽物」の世界側の存在なのに対して(つまり、アナザービルドチックな側)、ジオウは「本物」のライダー、「本物」の世界(歴史)側という対照構図が一見見てとれるのですが。

 あ、メタフィクションとしての『仮面ライダーディケイド』については、僕の、


参考:仮面ライダーディケイド最終回・メタ解釈の解説へ


 の記事とか、

 TJさんの


参考:ディケイド考 -「 ディケイドは何故ループするか」「仮面ライダーの“仮面ライダー”」-/真・南海大決戦


 の記事とか読んでおいてくださるとありがたいっス。

 で、このまま分かりやすくディケイド(「偽物」)VSジオウ(「本物」)なのか…というと……。

 どうも、意外と、ディケイドとジオウ同じこともやってる(描いてる)んじゃね!? っていうことも、第二話までで感じていたりします。

 まず、タイムトラベルものだけあって、いわゆるタイムパラドックスとかがあってジオウは若干複雑なのですが、最終的に「偽物の世界(偽物の歴史)」を生み出している(2018年〜2019年のジオウ放映期間だけ、平成仮面ライダーの歴史が「偽史」になってる?)という点で、やってること(やってしまったこと)はディケイドと重なるということがあります。

 2017年の戦兎は「仮面ライダービルド」の力を失って(おそらくビルドウォッチとして「ビルド」の力はソウゴに行ってしまったから)、かつらぎ・たくみになってしまった。

 これは、ディケイドのそれぞれの(パラレル)世界で名前が微妙に本編(正史)とは違う主人公がいたのと、重なります。

 「偽物」の世界(歴史)、「偽物」の主人公を生み出してしまう……という構図が、わりとディケイドとジオウは(ここまで観た範囲だと)いっしょ。

 さらに、一方で、「偽物」の世界(歴史)、「偽物」の主人公だけど、「本物」の世界、「本物」の主人公(正史)と通じる「何か」がある……ということを描くっぽい……というのもディケイドとジオウで重なっています。

 ディケイドだと、各世界の「偽物」の主人公が、門矢士の存在で何かしら欠けていた一ピースが埋められ、何らかの「正史」性(「本物」性)を獲得して、→例のBGM→士の説法→「偽物」の主人公と士が同時変身……というのが一つのフォーマットでした。

 この、「ニセモノ」の存在が何らかの「ホンモノ」性を獲得する……というフォーマットが、最終的には「ニセモノ」の仮面ライダーである門矢士・仮面ライダーディケイド自身にもかかってくる……という、ディケイドは壮大なデ・コンストラクション(脱構築)&リ・コンストラクション(再構築)物語だったわけですが……。

 ジオウの方は今回の第二話で、かつらぎ・たくみになってしまった戦兎に対して、ソウゴが、


 「歴史が変わっても戦兎はビルドになる道を選ぶ」(常盤ソウゴ)


 と言っているのですね。

 これは、「偽物の世界」だとしても、何らかの「ホンモノ」性はある……ということを示唆している台詞なのだと思います。核心、コアの部分で、戦兎から「『仮面ライダービルド』性」のようなものが失われたわけではないと。

 やや唐突に『ジョジョ』の例をあげてみる(ただ、石ノ森章太郎氏と荒木飛呂彦氏は、同じ我が宮城県出身ということで、何か想像力に共通の原風景があると個人的には感じていたりもします)なら(以下、『ジョジョ』のネタバレすいません)、

 第六部ラストで宇宙一周してパラレルワールド(的な世界)になっちゃったんだけど、エンポリオは「黄金の魂」を継承していた。「偽物の世界」とか関係なく、通底する「ホンモノ(「黄金の魂」)」はある、みたいな話ですし。

 第七部では並行世界(ある意味「ニセモノ」の世界)が出てくるけど、それを超えるホンモノ(「黄金の魂」)はあると描く……みたいな話ですよね。第七部「スティール・ボール・ラン」は、主人公の武器が「回転」モチーフで、その要素が後々壮大な並行世界ネタにかかってくるのも、もしかしたら構造として『ジオウ』に近いかもしれません。


参考:ジョジョの奇妙な冒険第7部『スティール・ボール・ラン』/感想/全24巻


 で、じゃあ『ジオウ』や『ディケイド』で描こうとしている、「ニセモノ」の世界とか「ニセモノ」の主人公とかを超えて存在する「ホンモノ」的な「何か」ってなんだ? というと、ジョジョだったら「黄金の魂」なわけですが、仮面ライダーシリーズなので、やはり「ヒーロー性」のようなものなのかなと。

 で、仮面ライダーシリーズの「ヒーロー性」とは何かと言いますと、やはり各種インタビューで語られている、石ノ森章太郎先生も志向していたという「人間の自由のために戦う」のような気がします。

 そうそう、前回の感想では白倉プロデューサーが以前のインタビューであげていた「仮面ライダーの3つの本質」として、


・同族同士の争い
・親殺し
・自己否定


 をあげていたのですが、こっちの「人間の自由のために戦う」の方が、よりラディカルで根源的かもしれません。(というか、3つの本質を踏まえた上で、何を目指すのかがこっち。)

 まずディケイドの方から、ディケイドがどう「人間の自由のために戦う」に合致しているのかというと、これは、ディケイド・門矢士本人が台詞で口にしている映像がありますw

 『仮面ライダーディケイド』本編にも何かとこの「人間の自由のために戦う」要素はあると思いますが、明示的で分かりやすいのは、『仮面ライダーウィザード』の特別編・エクストラディケイド編みたいな中で士本人が例のBGMと共に語っているところですね。


「ある人が言った。俺達は、正義の為に戦うんじゃない。俺達は、人間の自由のために戦うんだと」(門矢士)


参考:仮面ライダーウィザード/感想/第52話(最終回)「終わらない物語」(ネタバレ注意)


 ディケイドも、「人間の自由のために戦う」が根底にはあるのです。

 次に、ジオウの方がどう「人間の自由のために戦う」に合致してるかというと、今回の常盤ソウゴのこの台詞の部分かと思います。前後編二話構成の最初の後編部分で出てくる台詞なので、物語全体でも重要な台詞と推察されますが。↓


 「動かしてないよ。時計の針だったら、止めたり、動かしたりできる。巻き戻すことだってできる。でも、人の人生は違う。自分が歩む未来は、自分で選ぶしかないんだ。自分で動かさない時間は、動かないんだよ」(常盤ソウゴ)


 第一話までだと、偽史的想像力(タイムジャッカー的、アナザービルド的想像力)によってバスケ選手の卵の人は助けられたわけだから、タイムジャッカー側の正義度も高かったと思うのですが、今話では、もう一歩先を見据えてるような台詞が出るわけですね。

 確かに、タイムジャッカー側の強制干渉でその人の未来が変わってしまうと、たとえ救われている(ように見える)としても、その人本人が自分で選んだ未来ではないわけですね。そこは、問題だろうと。

 たしかに、バスケ選手の卵の人が、ケガをして選手生命を絶たれた後に、例えばリハビリテーションに興味を持って才能を開花させ、身体が不自由なりにリハビリテーションの先生になる未来を自発的に選ぶ……みたいな可能性もあり得るわけで、タイムジャッカー側が、そういうその人自身の未来の選択を奪ってる部分はあるだろう、と。

 その人自身が、「未来」を自由に選択できる。

 今年のプリキュア、『HUGっと!プリキュア(感想:別ブログ)』と重なってきたなとも感じますがw、この人間が「未来」を自由に選択できることを守るという意味で、やはりジオウは「人間の自由を守るために戦う」仮面ライダーの「ホンモノ性」も有しているんじゃないかなと思ったのでした。

 ◇◇◇

 前回の感想で、白倉伸一郎プロデューサーが2013年4月12日の「朝日新聞オピニオン欄―仮面ライダーの敵」で語った、「仮面ライダーの3つの本質」というのをあげまして。

 「同族同士の争い」要素と「自己否定」要素は『仮面ライダージオウ』第一話から既に色濃く描かれているけど、「親殺し」要素に関してはどの辺りなんだろう、気がついたら教えてほしいっスみたいなことを書きまして、けっこう感想・仮説などを頂いたりしたのですが。

 第二話を観終わってみると、わりとストレートに、歴代平成仮面ライダーたちの世界を「偽史」にしてしまう……という要素が、自分(「ジオウ」)のルーツ、源流に当たるもの(「親」相当)を殺してしまう……という意味で「親殺し」要素なのかな……と思いつきました。

 この「仮面ライダーの3つの本質」要素も引き続き考えていってみようかなと思っております。なんか思いついたことがあったらこっそり教えてくださいね〜。

 ◇◇◇

 宣伝。

 TJさん(ブログTwitter)が9月2日(日)のプリキュア同人誌イベント「レインボーフレーバー19(ホームページ)」で頒布された新しいアンソロ、

 ……に参加させて頂いております。

 僕は『フレッシュプリキュア!』と『仮面ライダーブラックRX』のクロスオーバー二次創作小説2Pを寄稿させて頂きました。

 プリキュアと仮面ライダー好きな人達が平成最後に笑いと熱さをお届けな感じのアンソロになっておりますので是非手に取って頂けたらと。

 今回の新刊アンソロ読んで思ったのは、TJさんの解釈だと、士が各パラレル世界で写真を撮ってたのって、やがて消える(?)儚い「ニセモノ」世界だけど、同じく「ニセモノ」の仮面ライダーである門矢士だけはその世界を覚えていようと写真に残していた……的な感じなんですかね?


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180911decade

 歴史は積み重ねられていくもの。だが、零れ落ちて残らない者たちだっている… 歴史に刻まれることも無く、ホンモノにもなれないモノ達が… 例え未来にその姿が無くとも、居なかったわけじゃないし、全てが消えるわけでもない。だから、俺が… 俺だけでも… そんな連中の「今」を撮り続ける。通りすがりの仮面ライダーとして…

(画像は『平成プリキュア対昭和ライダー アンソロジー大戦』より引用)
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 それだと、完結編である『仮面ライダー×仮面ライダー W(ダブル)&ディケイド MOVIE大戦2010』で、


参考:『仮面ライダー×仮面ライダー W(ダブル)&ディケイド MOVIE大戦2010』の感想


 自分の「物語」がなく「ニセモノ」として消えるしかなかった門矢士・『仮面ライダーディケイド』が、仲間とそれまでのパラレル世界を旅した物語によって現像され、初めて写真に映る(=ある種のニセモノなりの「ホンモノ」性を獲得する)展開と合致して、非常に熱いなと思ったりしたわけですが。

 以下、ちょっとTwitter引用でアンソロの感想をば。

 けっこう好評なようで(?)ありがたいです。

 Twitterの「 #アンソロジー大戦 」タグで、是非ぜひ感想もつぶやいてね〜。

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 よろしくです〜。

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→前回:『仮面ライダージオウ』EP01「キングダム2068」〜自己否定と同族同士の争いと
→次回:『仮面ライダージオウ』EP03「ドクターゲーマー2018」の感想へ

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【関連リンク】

『仮面ライダー鎧武』の全話感想へ

小説『仮面ライダー龍騎』感想へ
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