相羽です。

 今日、9月30日でブログ「ランゲージダイアリー」を開設してから15年となります。

 最近は小説の更新報告と、漫画記事書きましたヨという報告が主になってる感じですが、まだある程度更新はしてるので、「ブログを15年やってきました」と書いても嘘にはならないかと思います(笑)。

 15年前に母親が半身不随になって一生介護が必要になったので、僕としてはそれまでやってたHTMLのホームページよりも、更新がしやすく広告収入(Amazonアソシエイトとかも、当時はまだスタートして間もない感がありましたね!)とかも入ってくるブログに移行した……というのがブログ開設の経緯だったのですが。

 ありがたいことに母親は、年齢もあってふしぶしに不調はありつつもまだ生きておりまして、やはり楽しみはテレビとかが中心で最近は『ノーサイド・ゲーム』が面白いと言って観たりしておりました。あと東北楽天イーグルスが好きですね(笑)。勝つと本当にニコニコするので、野球選手とかは偉大な職業なんだよな〜と(僕が)しみじみしたりしております。

 事象としては、これがこの15年で一番すごい事なのでは……とは思ってます。

 半身不随で言葉も出づらく車椅子生活ながら母親がそこそこ幸せそうで、ある程度普通の日々を破綻せずに15年間介護生活で続けている。

 これは、この15年であの時僕のあの記事がバズったとかよりも(笑)全然すばらしく、ありがたいことだと思います。

 「介護」っていう言い方も非対称性(介護してる方がエラいようなニュアンスも感じ取れてしまう)がある気がして、最近では母親は障害者とか要介護者っていうよりも「一風変わった人」くらいに捉えようかなと思っております。

 近視だから眼鏡かけてるとか、精神が過敏だから活動時間は短いけど創造的な仕事が得意とか、そういう系統の、ある程度生きていくのにリソースが必要だという点で一般認識としての「普通」とは少し違うのかもしれないけれど、まあ「一風変わった」人。
 まだ現在だと、障害がある人を「一風変わった」人くらいに捉えて共に自然に生きていくというのは、世の中が追いついてない感じはあるのですが、まあ十年後、二十年後には介護補助用途の技術がかなり進むと思いますので、僕個人としては少し未来を先取りして、母親のことは「一風変わった」人くらいの感覚でいようかなと思ってるのですよね。

 これから世の中にリソースが増え、適切な人が適切に提供し、必要な人にちょうど良く届くようになっていけば、半身不随で車椅子生活の母親のような人も普通に生きやすくなっていくと思うので、引き続き「余裕」を増やしていく、ゆっくり、ゆったり、ゆるやか力を上げていくという我が志はコツコツ全うしていくか〜と思っているのでした。

 僕の母親・父親世代(今70代以上)は分からないですが、僕ら世代(今30代とか40代)が歳をとって介護が必要になる頃には、技術的に自分で自分の介護ができる、わりと普通に暮らせる……水準は目指していきたいですね。

 吉藤健太朗さん(Twitter)には、引き続き方向性として注目していたりします。

 こういうこれからの「介護」をより良い状況にしていくようなことのお手伝いもしてみたいと思ってるのですが、今のところ日々の目の前のやることをやっていくと、そんなにも新しいことをどーんとやったりは難しいので、(僕の)何年か先のビジョンって感じですかね……(まずは目の前の家事をやったりも大事ですからね……)。

 僕の場合は「言語」方面の研究とかですが、AIとかロボット方面には興味を持っていて、何か繋がっていけたら良いなとは思っております。

 ある程度、昔やってたこととも繋がってるような理論言語学研究みたいなものも少しずつ進めてはいるのですが、これは、いつか誰かの役に立つ(それこそ介護分野とかで)のかは、まだ明確にはイメージできてない感じです。やっていれば何かある(笑)とは思ってて、手元のノートには謎の研究的な記述が増えていってはいるのですが……。

 創作活動は。

 作家の本田健さんをはじめ、色々な方が、「才能」とは自分としては簡単にできるのだけど、他の人からするとけっこうスゴイことで褒められたりすることだ……というような趣旨のことを仰っているわけですが。

 その観点からすると、最近は僕はどちらかというとバフ役、『FGO』でいうならサポートサーヴァント的な才能の方があるのだろうと感じてきております。

 僕本体が何かを創るというよりは、創る人にバフをかけたりする能力が高めのサーヴァント。

 才能があることをやってると、そんなにもやる気も必要なく、さらさらやってるんだけど、なんか喜ばれる、それが才能だ……みたいなこともよく言われております。

 たとえば、僕は小説を書くとなると、ある程度やる気を出した上で書いてる感じですが、他の方が創った作品に関するレビューを書いたりする方は、かなりさらっと書いております。

 「マンガタリ」さんでのレビュー記事とか、本当特に苦でもなく淡々と書いてますからね(笑)

 それで、作者さんも作者さんの読者さんも僕本体も文章を読んだ読者さんも、何かイイ感じになるのだったら、これはイイことなんだろうな〜と。

 『FGO』でいうならマーリン、孔明タイプのサーヴァントですね。星5サーヴァントに例えるのははばかられるので、僕はパラケルススさん(星3)みたいなタイプかな、と思ったりします。アーツバフかけていくヨ!

 やまなしレイくん(Twitter)とかにはバフをかけたいですね。

 僕本体が日本に潤いをもたらすクラスの作品をこれから書くだろうかと考えると、ちょっとどうなのだろう? と思ってしまいますが、やまなしレイくんが書いた作品が世界的に大ヒットして、外貨ざくざく。摩天楼の上の方でガウンを着たレイくんがウイスキーを片手に夜景を見ている……みたいな未来は、これからの十年、二十年、十分あり得る気が実感として湧いてきます。レイくんなら、ざくざく稼いだお金も、ちょっと上手くいってない立場の人たちにも流れていくように使うよう気も使ってくれるでしょう。

 レイ君の新作小説『だれもカノジョのカオをしらない』は本当イイから、みんな読んでみてね。

 らぐほのえりか先生(Twitter)とかもヤバいですね。

 おもむろにツインテも投下しますよ。

 昨日もちょうど、先日公開されました僕が書いた、

 の記事をTwitterでリツイートして頂いて嬉しかったのですが。(ありがとうございます!)

 らぐほのえりか先生の「カワイイ」には、地球(ホシ)を幸せにするくらいのスケール感を感じてますからね。

 既に素晴らしい仕事を矢継ぎ早にされておりますが、実はまだまだ開花前の準備期くらいで、僕の勘ではらぐほのえりか先生による超新星・カワイイ・爆発が本格的に起こってくるのはこれからの十年、二十年ですからね。

 「日常」と「カワイイ」は無駄だったなんてことはなく、らぐほのえりか先生みたいな人が何かよく分からないうちに爆発させて、え、どういうこと? と思ってるうちに地球がけっこう幸せになってたりする未来予想図は浮かんでいたりします。

 そして、ざびさん(Twitter)もいますヨ。

 日本のトーベ・ヤンソン(『ムーミン』の作者)みたいになる人だとずっと思っておりますが、ざびさんも、ざびえる・大爆発みたいなのはこれからですからね。

 本当、応援したい。

 ざびさん、花咲か爺さん、ならぬ花咲かざびさんみたいな能力持ちですからね。

 ざびさんが通るところに花が咲き、お金に変わり(え)、何だか日本も地球もみんなイイ感じになっていく感がただならずありますね。

 創造力も迸り、おもわず『Fate』の「無限の剣製」の詠唱もしちゃいますヨね……。

 日本は物理的な意味での資源、石油とかはないのですが、ものすごい質と量の創造性を携えた人たちがものすごい質と量まだまだまだまだ待機してる(今回言及しなかった人たちも、本っ当たくさんいます)のは、丁寧に目を向けてみると気づきます。

 そういった人たちが爆発的に開花して、日本にお金ももたらし、介護が必要な場所とか人にも回って少しずつ色々良くなっていく……というのが、地球にとっても僕にとっても万々歳だよなと思うのですよね。

 必ずしも僕本体がすごいことする必要なくて。

 まあ、途中まで書いてる『非幸福者同盟』『夢守教会』『生き別れた娘が誰に転生してるか分からない』などの小説は最後まで書こうという気持ちがしっかりした気持ちとしてありますし、新しい話も普通に暮らしてると自然と思い浮かんでくるので、つど形にしていこうとは僕本体も思ってますが。(『FGO』も、サポートサーヴァントと言いつつ、けっこう本体のアタック力も強い人いっぱいいますからね。)

 それはそれとして、バフ役、クリエイト役、その他色々役、上手くかみ合っていけば、まだまだイイ感じのことは起こっていくだろうとは感じていたりするのでした。

(たぶん、創造性の爆発で勝負って、ここからのAI時代、5G時代と相性も良さそうですよね……)

 と、そんな感じの15年目の雑感でした。

 昔から気にかけてくださっていたという方も、最近僕の存在に気づいてくれたという方も、今後ともよろしくしてやって頂けたら幸いです〜。

 相羽裕司