今年最初の紹介は、今年一年の自分への覚悟を込めて、榛野なな恵の『パンテオン』を。今年一年幾度と無く読み返すことになるであろう、短編傑作です。

 去年書いた、1、2巻の感想は→過去サイトのこちらのページから。

 1、2巻の感想を書いていた時点では、まったく3巻の展開を知らずに書いていたワケですが、ズバリ僕が予感していたように、彰子(妹)の帰結として訪れるのが、自殺という自分の世界を閉じてしまう負の帰結なのか、その前に桃子ちゃんが彼女を救い出すという正の帰結なのかという部分が、3巻ではクライマックスとして描かれていました。

 結論としては、負の帰結。

 淡々と彰子の周囲を描写しながら、その周囲の世界と彰子の世界との温度差を見せつけるそこに至るまでの描き方、鬼です。鋭利です。そこだけでもかなり一見の価値あり。

 ただ、そこで終わっていたらあまりに救いの無いラストで、僕の中でここまで心惹かれる作品にはならなかったと思います。この作品の美しさが炸裂するのは、その負の帰結でどん底まで落とした後に、桃子ちゃんが彼女を救い出すプロセスが描かれる部分です。二者択一のラストではなかったワケです。一度負のラストが訪れた後に、正のラストへと覆すというバイタリティ溢れる物語を短編でやってのけてます。

 自殺は彰子に深刻なダメージを残しますが、未遂に終わり命だけは取りとめます。そこからの救いのプロセスが美し過ぎ。桃子ちゃん最高という話です。一応ヒーローポジションに兄の遼一がいるんですが、この作品の真のヒーローは紛れもなく桃子ちゃんだろうという話です。遼一ほとんど何もやってないよー。やっぱ桃子ちゃんだよ、彰子を救ったのは。

 「だから彰子ちゃん 自分をこわしてはダメだよ そんなエネルギーがあるなら 世界の方を破壊すべきだ」

 第17話の、病棟にて自意識の世界に閉じこもって失語状態になってる彰子へ向けての、桃子ちゃんの長文の語りが泣ける。
 初めてじゃないだろうか、榛野作品で「世界の方を破壊すべき」とまでに能動的な代案が提示されたのは。榛野作品はいつもメジャーな既存の価値観VSマイナーな主人公達の価値観という構図で描かれるのですが、『Papa told me』でもせいぜいマイナーな価値観だとしても、力を合わせて頑張っていこうよくらいまでしか代案は提示されていませんでした。それに比べると、この「破壊すべき」というのは、メジャーな価値観の方を覆すくらいの強い何かを創り出すんだという強い覚悟の言葉に感じられます。なんとなく、榛野氏の本音の部分をかいま見た気がします。

 そして、その代案は榛野作品の例にならい、「創作」という形で実行されます。『Papa told me』のパパも作家さんだし、知世ちゃんも作家属性でしたが、この『パンテオン』の彰子も初期から作家属性であることは描写されており、その伏線を生かして、最終的には作家として歩み始めるという部分でエンディングとなっております。何か、榛野なな恵という漫画家のコアをぎゅうぎゅうに詰め込んだ全4巻を見せてもらった感じです。自分の創作者としてのあり方、そんな辺りを常に自作の漫画に盛り込む方なんじゃないかなぁ。

◇後日談的な4巻

 とにかく、桃子ちゃんが学生社長として起業してるのがカッコいい。新年一発目にパンテオンの話をしようと思ったゆえんです。桃子ちゃんほどの壮大な夢(私設劇場を建てる)はありませんが、僕も今年は地味に頑張りますよ。桃子ちゃん、今年のなりたい自分としての理想像です。頑張ります。

 エンディングもキレイ。構造的に第1話冒頭で登場していたイズミという少年を掘り下げつつ、彰子と遼一の媒介として機能させて、再会のエンディングへ。二人の関係に関する解答(近親相姦的な恋愛に関する解答)は何も描かれていないんだけど、一つだけステップが上がった関係が始まったんだという所でフィナーレを迎えています。そして、その背後にいるのは間違いなく桃子ちゃんです。

 「でもいいのさー 私は今みたいに彰子ちゃんを少しでもサポートできれば そしていつか一緒にステップを一段上がれればね

 桃子ちゃん燃え。ベストカップル賞ですよ、彰子−桃子ちゃんは。とにもかくにも、桃子ちゃんという登場人物視点で大好きになった一作でした。桃子ちゃんの存在だけでも、一読の価値ある一作だと思います(^_^;。

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