何気に対比技法を使ってのルナマリア−メイリン物語の幕開けが光ってた一話でした。

 前回のOPアンドEDで突然に、え、この姉妹にも対比とかあるんだ……と視聴者的には驚いたんですが、順番よろしく今回から物語がスタート。
 姉妹でのショッピング風景という姉妹物語のファーストシーンからお互い嗜好が違っているというのをワンポイントで入れておいて、アスランがやってきた所で艦橋への案内を控えめに申し出るメイリンとそれを遮って積極的にアスランと関わろうとするルナマリアという対比に持っていってるのがステキ。
 で、姉妹してアスランに興味を持つという物語の幕開けですよ。最初の対比が、興味を持ったらどんどん積極的にアプローチをかけていくルナマリアと、とりあえずはパソコンでデータをチェックするメイリンという対比だというのがイカしてた。とりあえずパソコンで規情報をチェックっていう女の子、そんな娘、なんか好きだ。

◇2主人公サイド制によるポジティブ要素の相対化

 が、あるように思えます。

 新OPヨロシク、またここ二話の展開ヨロシクで、ミネルバサイドとアークエンジェルサイドの2主人公サイド制が今クールでは顕著になってきたんですが、この構成で描きたいのはやはりポジティブ要素、というか「正しさ」の相対化ではないかという気がします。

 「本当に戦争ダメなの?と問い直す所からはじめている」とか、「戦争の渦中でシンが積極的に戦うことで、救われている人もいる……」といった監督をはじめ制作陣のプレ言及ヨロシクで、前作でネガティブ要素としてしまったものを捉え直すという意味合いをミネルバサイドは担ってるような気がします。具体的には、所属とか勲章とか、積極的な戦闘とか、憎しみによるモティベイトとか、前作SEEDではネガティブに帰結させちゃったけど、ポジティブに描こうとしたら描けるんじゃないの?みたいな。

 一方で、アークエンジェルサイドは、自由、非依存、非戦といった前作でのポジティブ要素の凝縮をそのまま受け継いで今作でも描かれるサイドって感じで。

 それら二つのサイドを通して描かれる「正しさ」を相対化させる(どっちも“人それぞれ”的な文脈では正しい)ということをまずはやっているんじゃないかと。

 軽く表にしてみるとこんな感じ、

ミネルバサイドアークエンジェルサイド
1.前作ではネガティブ的だった
2.憎しみによる戦闘参加(シン)
3.所属
4.積極的な戦闘アリ
5.殺す
6.勲章(シンに授与される勲章、フェイスの勲章、所属の中での栄誉)
7.デュランダル議長、ミーア
1'.前作のポジティブ要素
2'.憎しみの連鎖を断ち切る
3'.自由
4'.基本的に非戦
5'.できれば不殺
6'.オーブの軍服(非所属、中立の理念)
7'.ラクス


 敬礼とか、階級(フェイス)への敬意とかを小ネタにしているあたり(#シンに荷物を押しつけられるメイリンが可愛い)、あんましミネルバサイドでは「所属」というものがネガティブに描かれていないし、憎しみが動機で戦ってるシンでもクルーは心から賞賛しているのは描写的に確か。この辺りは、非所属、非戦?ぬるいわ!と前作で感じてた人は感じてた人達なりに、そういう感性も人それぞれ的には正しさの一つと、新たなる主人公サイドとしてミネルバサイドを相対化してるように思えます。

 さらにポイントはやっぱ7の議長&ミーアとラクスとの対比だと思うんですが、この対比のポイントの一つは明確なビジョンを持っているかどうかにあるんじゃないかと。セイバーをアスランに託す時の議長の立ち位置と、前作でフリーダムをキラに託す時のラクスの立ち位置がシンクロしているのをはじめ、そもそも偽者だけど行動しているミーアと、本物だけど今は行動に迷いがあるラクスという偽者−本物対比ヨロシクで、ここに対比があるのは明らか。

 今作では、ラクスが色々と躊躇ってるんですね。13話でフリーダムの鍵を開ける時に躊躇うのしかり、今話でキラの「僕たちは今度こそ正しい答えを見つけなきゃならないんだ きっと 逃げないでね」の後にラクスの表情がアップになるのしかりで、前作の結局どうしようもなかったラストをうけて、今作では「正しさ」に迷いがあるポジションにラクスはいます。その辺りが、どしどしと行動を起こしている議長との対比かと。これも正しさの相対化しかりで、「明確なビジョンもないのに行動するな」という考え方もあれば、「かすかなビジョンでも模索しながら行動するべき」という考え方もあります。まったくもってそれぞれの正しさ。

 こんな感じでニサイド対比のそれぞれの主人公という描き方に僕なんかは既にハマりまくってますが、実際の所、単に「正しさは相対的だ」ということだけを言うのではつまりませんし、実際既存の多くの作品が正しさの相対を扱ってもう一歩踏み込んだ帰結を提示して完結しています。

 これは予想にもなりますが、僕としては正しさの相対を扱った物語の帰結としては2パターン知っています。

 1つは、例え正しさが相対的だとしても、自分で考え抜いた末に自分で選んだ正しさには意味がある。としてまとめるパターン。

 もう1つは、正しさが相対的だとしても、これだけは相対云々を超えてるんじゃない?と、相対化された世界の中に残る普遍性のかけらを提案して帰結とするパターン。

 DESTINYがどちらの帰結を取るのか、はたまたまったく新しい帰結を見せてくれるのかは分かりませんが、とりあえず終盤に訪れるその帰結の感動指数を上げてもらうためにも、この第2クールは2つの主人公サイドそれぞれの正しさを対比させながらじっくりと描いて欲しいなと思ったのでありました。

◇そんな文脈で

 2クールの舞台はスエズの紛争地帯となるみたいですね。とりあえず、そこを舞台にミネルバサイド的、というかシン的正しさを描いてくれることに期待です。

◇となるとやっぱシンとカガリかな

 それぞれの主人公サイドに散らばってしまい、現状では相互不理解の状態にあるシンとカガリの関係性の変化が、2主人公サイド制を取った物語をまとめるのに一役買いそうな予感。

 あとはやっぱラクス。今は躊躇いがちでオペレータなんかやってるラクスが、一物語通した末に実際に行動に移る、そしてその際に物語が動くというのは、考えただけで燃えます。

◇ステラたん

 「ってことはまた戦争だね、ま、オレらそれが仕事だし」

 「うん」

 「今度は何機落とせっかな」

 「うん」

 こっちのファントムペイン三人集も、前作でネガティブに描かれた連合三人集をポジティブに描こうとしたら?という試みに思えます。盲目的に戦争に参加してるのは前作の三人集と同じなのですが、ネガティブな雰囲気があんましないです。ネガティブっていうかステラ、ヒロインだしね。

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