「どんな命でも、生きられるのなら生きたいだろう」(レイ)

 13話で地球軍をメッタ斬りにしてミネルバを救う形で帰艦してきたシンに、

 「生きているということは、それだけで価値がある。明日があるということだからな」(レイ)

 と語るシーンがあるんですが、その時からレイは何やら「生きること」に特別深い価値観を持ってることが描写されております。
 で、これまでの伏線や前回「FATES」のシーンから、レイも人工生命体である可能性が高いんですが、この「生きる」ことに価値を見出しているのはその辺りに由来しているみたい。前回の議長の、

 「だがキミとて望んで生きたのだ、まるで何かに抗うかのように」(デュランダル議長)

 と、クルーゼも生きようとしていたと、ある意味クルーゼに救いを与える発言に重なる形で、クルーゼをずっと側で見ていたレイは(クルーゼのような)人工生命体でも「生きたかった」ことを重く知っていて、だからこそ同じ人工生命体のステラにもエンパシーを注いで今回の行動に出たのだという解釈が一番カッコ良くハマります。

◇シンによるステラ返還

 前作のキラによるラクス返還とパラレルに描いていたことは明らかです。ここでもキラとシンの対比が強調されております。キラの方は「軍」というカテゴリに懐疑的な状態で起こした行動だったのに対して、シンの方は「軍」に所属することに迷い無いままの返還劇だったという。前作ではサイ、今作ではレイに言わせた「お前は戻ってくるんだろう?」という台詞の意味合いがキラとシンでは真逆に響きます。キラの時はもともと返還先の方が「コーディネーター」というキラのカテゴリでした。ゆえにサイの問いかけは「お前はカテゴリじゃなくて身近な守るべきもの(当時のアークエンジェルの友達)を選ぶんだろう?」という問いかけだったのに対し、今回のレイの問いかけは逆に「お前は身近な守るべきもの(ステラ)じゃなくて、カテゴリを選ぶんだろう?」という問いかけとして響きます。まったく逆の存在として対比され続けるキラとシンです。

 ただ、この二人は「守りたい人がいる」という点でのみ重なっています。返還行動という同じ行動を取っているのもそこが重なるからこそ。この唯一重なる部分があるからこそ二人の行く末も重なるというような燃え路線に収斂していくのか、守りたい人がいるのは重なるのにどうしても二人は相成れず戦わねばならないという悲哀路線に収斂していくのかは今後の楽しみな視点です。

◇アスラン

 シンとアスランの対話の場面はお約束の夕日演出。第一期オープニングのファーストカットが夕日をバックに重ならないシン、キラ、アスランだったのを受けて、この3人がそれぞれ接触して大事な対話がなされるシーンは全て夕日演出で統一されています。今回もアスランが自分がいつのまにやら「悪い地球軍をブッつぶせばそれでイイ」的な風に流れてきてしまっていたと自覚させられる対話だったという意味で重要対話でした。

 アスラン、パパ、ウズミ、議長と、自分の思考に影響を与えてきた大人登場人物達を回想しながら落ち込みです。まだまだ回想王の称号は譲れません。アスラン、大人登場人物の影響受けすぎ。前作最終クールの行動も自分の決断というよりウズミさんの演説に感化されたからかのようになってしまってます。前作38話の、誰が言ったからでもない、自分自身の正義のためにこう行動するしかなかったという「決意の砲火」の燃えアスランが再び見れる日やいつに。「この介入は俺個人の意志だ!」と言い切ったアスランを是非再び。

◇ルナマリア

 今までいまひとつ不明瞭だったんですが、公式サイトの27話あらすじより、ミーアと本物ラクス暗殺に関してはタリアに報告していないことが明らかに。ミネルバ内に先導者としての議長の存在に迷いを持ち始めてしまってる人がとりあえずアスランともう一人ルナマリア。やはり後半、ミネルバサイドも人間関係動きそうです。

 どうでもイイけど、「ソードシルエットぅ」とシンのモノマネをしてるメイリンと、「大丈夫ぅ(……じゃないわよ)」とそんなメイリンのモノマネをしてるルナマリアが可愛かった。

◇それにしても

 前回の総集編は先週感想に書いた意味合いだけじゃなく、レイの件とシンのステラ返還がラクス返還とパラレルな点で、ピタっと今話への繋ぎになってたんですな。盛り上げのために必要な要素が凝縮されていた総集編でした。

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