面白っ。
前回で、戦士としての主人公シン−キラの対比描写に一区切り、両者が闘いへ……という所まで物語られて、今話ではそれらシン−キラのバックにいる人物としての議長−ラクスの対比、対立へ……という物語が戦士主人公達の物語と平行して本格的に物語られ始めた感じ。
「――争いが無くならぬから、力が必要なのです……」(デュランダル議長)
と、前作の正しさのカウンターとしての、「力」肯定の本作の正しさを先導する人物として描かれてきたデュランダル議長。いよいよ、「力」でもって真の敵であるロゴスを滅ぼせば全てOKと全世界へメッセージを発信して動きます。結果、世界中の大部分の人心掌握に成功し、いよいよチェス盤の表象ヨロシクに世界を議長の思惑通りに作れそうな段階まで到達。
一方のラクス。前作のラクスがキラにフリーダムを渡すシーンと今作の議長がアスランにセイバーを渡すシーンがシンクロさせてある演出とか、第01話から積極的に「力」肯定を掲げる議長VS第13話まで再び「力」を取ることに逡巡を見せるラクス……というように、議長−ラクスの対比はそこかしこにちりばめられているんですが、一番大きい二人の対比、対立要素は、議長が今作第29話で、
「ならば私が変える 全てを 戻れぬというのなら初めから正しい道を」(デュランダル議長)
と世界全てを作ろうとしてるのに対し(「全てを」と言ってるのが重要)、ラクスは前作最終話後日談、「星のはざまで」で、
「世界は誰かが作るものではない…」(ラクス)
と語っている点でしょう。
ラクスの方はファイナルシーンのこの言葉に続く言葉が提示されないままファイナルエンディングへ……という物語の「締め」的な演出だったので、おそらくこのラクスの台詞が前作的正義の帰結と取れるものです。
世界を正しいものに作りかえようとしている今作の正義の先導者である議長VS世界は誰かが作るものではないと考えている前作の正義の先導者であるラクス。戦士としてのシンVSキラの背後にあるバックボーンとしての議長VSラクス。燃えます。
そして、これはそのままミネルバVSアークエンジェルのような形で紡がれてきた、現実VS理想という、DESTINYの物語の構造をそのまま導いていくものです。やはりDESTINYの基本的な物語の構造は、「前作の正義のカウンターとして入った議長、ミネルバ、シンらの現実サイド」VS「前作の正義をそのまま全うしようとしているラクス、アークエンジェル、キラらの理想サイド」、そして、「その両サイドの間で揺れ動くアスランとカガリ」……という構造だと思います。
現実サイド | 両者の間をフラフラ | 理想サイド |
議長 | カガリ | ラクス |
シン | アスラン | キラ |
というワケで、DESTINYでは落とされて描かれっぱなしなカガリとアスランだったりしますが、この両サイドを模索しながら行ったり来たりという意味ではDESTINYの一番のキーパーソンだったりもするんですよね。前作が「ナチュラル」と「コーディネーター」の両サイドの対立が物語の軸となり、その架け橋として描かれたキラ−フレイの関係が帰結の一つになったように、今作では「現実サイド」と「理想サイド」の両サイドの対立が物語の軸になってるワケですから、その架け橋として苦悩するアスランとカガリというのはとても重要な役所を担っている可能性があるということです。
「現実サイド」のシンも理想をキレイ言と否定しながらどこかで理想を肯定しているような(前話ではキレイ言的にステラの前で銃を下ろしました)矛盾を抱えてる点に、「理想サイド」のキラも力による解決を基本的に否定しながら自分自身も銃を取ってしまってる矛盾を抱えてるというように、双方に至らない両サイド。そして、DESTINY冒頭では「理想サイド」で力を取ることに否定的だったのに、議長にセイバーを託されてからは「現実サイド」に流れていき、今またこれでいいのかと迷っているアスランに、これも「現実」と地球連合との同盟とユウナとの結婚を一時は受け入れようとしたものの、強制的に「理想サイド」にさらわれてからは至らないキレイ言(「理想」)を戦場で吐き続け、今またこのままでは何も解決できないと一歩前進を迫られているカガリ……というように、両サイド間でのふらふらが顕著な二人。
思うに、矛盾を抱えながらもそれぞれ「現実」と「理想」をまず決めて行動してるシンとキラに対して、アスランとカガリは両サイドを行ったり来たりの物語を経てもう一度重なるんじゃないのかなぁ。現在は「現実サイド」に流れて苦悩するアスランに、「理想サイド」に流れて苦悩するカガリ……という図なので、今後もう一度アスランは「理想サイド」への揺り戻し、カガリは「現実サイド」への揺り戻しが来て、その途中でもう一度再会するんじゃないだろうか。そういうの見たいなぁ。このまま所属サイドが別れてどうしようもなかったという終わり方では悲しすぎる。
さらにはもう一つのDESTINYのテーマ的な対立軸である「真」VS「偽」の方のテーマに関しても、一つ帰結をつけるのはアスランとカガリのような気がします。現在「理想サイド」ではムウ(真)−ネオ(偽)の真偽対立、「現実サイド」ではラクス(真)−ミーア(偽)の真偽対立をそれぞれ抱えていますが、その辺りのテーマの帰結は第08話のアスランの、
「アスラン・ザラ(真)としてでも、アレックス(偽)としてでも」(アスラン/アレックス)
辺りの台詞で既に暗示してるような気がします。
前作の全てが回帰するラクスの、
「あなたが優しいのはあなただからでしょう?」(ラクス)
の台詞が出たのも奇しくも前作第08話、本作の第08話も、シンの、
「誤魔化せないのかも・・・、いくら綺麗に花が咲いても人はまた吹き飛ばす」(シン)
も含めて色々と回帰点としての1話として機能するんじゃないかと予想しています。
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