「それにね、前のこと覚えてなくても、コレからは私が覚えてるよ」(幼サクラ)

 大満足。観てて原作におけるこの湖の国のショートエピソードの重要度が再確認できたし、追加されたアニメオリジナルの味付けもそのコアの部分を殺さないでいて上手いなと思いました。

 「小狼くんのアイデンティティ」が『ツバサ』のテーマの一つにあります。まだ原作版でも詳しい謎は明らかにされてませんが、藤隆さんに拾われるまでの記憶が小狼にはなく、小狼には「自分」、アイデンティティがありませんでした(記憶は「自分」を構成する主要な要素の一つというのが前提です)。そんな小狼に誕生日をくれて、引用部分の台詞のように小狼のことを覚えていてくれる存在として、小狼に「存在」を与えてくれたのが幼き日のサクラ(このイベントが、サクラちゃん原理主義者とも言える小狼くんの、小狼→サクラ感情成立の一大イベントです)。

 しかしそんなサクラの記憶が飛び散ってしまい、小狼を記憶していてくれたサクラは、対価の契約で二度とそれまでの小狼の記憶を思い出せないことになってしまいます。そこで、小狼を小狼たらしめてくれていたサクラの記憶がなくなってしまったら、小狼は小狼ではなくなってしまうのか、藤隆さんに拾われる前の虚無状態のように、小狼は小狼のアイデンティティをロストしてしまうのか?そう問いかけられる状況が、『ツバサ』の中の小狼物語の基本的な舞台設定です。

 そして、答えは否というのが『ツバサ』の放つメッセージです。

 「君が笑ったり楽しんだりしても、誰も小狼くんを責めないよ」(ファイ)

 「君にもきっと、君だけの幸せがある、今はまだ分からないかもしれないけど、見つかるよ、必ず」(藤隆さん)

 と、この「湖の国」の話では強力に未来の小狼、それは明るい、楽しい、幸せなものだというメッセージが語られます。

 そしてファイの、

 「楽しい旅になるといいよね」(ファイ)

 の締め。

 記憶が失われたのだとしたら、未来に新しい楽しい記憶を作っていけばいい、そうした新しい関係性の中に出来上がっていった小狼も、間違いなく小狼。そういう超前向きメッセージが小狼物語の回帰点として、この「湖の国」の話では描かれているように思います。

 だから、原作では一人で小狼が見つけた湖の町の所を、アニメ版では小狼とサクラ二人で見に行くという風に変更してるのも自然だと思いました。かつての小狼を忘れてしまったサクラだけれど、これから小狼の楽しさを共有していく中で新しい小狼とサクラの関係が生まれていく。そういう流れにするために、小狼にとっての幸せ体験であったこの湖の町見学を小狼とサクラの共有体験にしたのは自然だと思いました。

 後半に「もう一人の小狼」を始め、今の小狼くんのアイデンティティを脅かす存在が迫ってくる展開が示唆されていますが、たとえそうなっても、この「湖の国」での経験のように新しい小狼とサクラの関係の中に出来上がってきた小狼はまぎれもなく本当の小狼、その部分に回帰していって小狼くんのアイデンティティクライシスは乗り越えられていくんじゃないかと思っています。

キンヤ『BLAZE』
坂本真綾『ループ』

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ツバサ・クロニクル Vol.1


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