またまた再読感想です。なんか、小説感想というより、マリみてを通しての自分語りになってしまいました。色々思う所があってしみじみしました。こういう気持ちになれるのも現代が舞台の小説のいい所ですね。
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 「絵描き、っていう職業に就きたくて絵を勉強するんじゃなくて、絵を描くのが好きで、気がついたら絵描きになっていました、ってね。それが本当じゃない?」(蓉子)

 蓉子、江利子、聖の三者三様の進学観、将来観が面白いです。好きなことを続けるうちにそれが仕事になるんだと、仕事はライフワーク的な考え方をして進路を選んでいる蓉子、何でも一定以上のレベルで出来てしまうゆえに、何が好きか分からないからそれを探してゆきたい、ゆえに今の時点では何でも良いとアミダで大学を決めちゃう江利子、祐巳の影響でもう少し学園と関わりたくなったと言って進学する聖、それぞれですが、共通してるのは、高い目標を定めてそれに向かって邁進していくような上昇志向の進路選択ではない点です。ひとかどの人物になりたいとか、世間的に認められる人物になりたいとか、そういうのが無い、まったりとした進路選択です。

 こういうのはイイなぁ。いつかはこう生きると自分のあり方を決めなきゃならない時は来るんですが、高校生という若さゆえのこのまったりとした進学観、まったりしてるんだけど、そこはかとなく人生の真実をついてる進学観。自分語りに入ると、僕は若い時はアセりすぎてたような気がする。大学進学時は日本語教師になります!と、院進学時は研究者になります!と、蓉子の台詞とは逆に到達点から決めてかかってた気がする。ようやく今になってですよ、絵を描くのが好きかどうかで将来を考えるようになってきたのは。マリみて作中の三薔薇さまが18歳で辿り着いた考えに、6年遅れで到達しております。

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 これから、もっと面白いことを探そうというのに。しんみりしてどうする。江利子は自分自身に喝を入れた。

 ここも自分語りですが、最初は世の中一般になじめなかったのに段々と柔和になってきた聖は昔の自分、これから面白いことを探していこうという江利子はこれからの自分にちょっと重なります。蓉子は、友人としてでも伴侶としてでもパートナーになって欲しい感じ。こういう強い人にサポートして貰えたら人生もっと生きやすくなるんじゃないかなと思ってしまいます。とにかく、初代三薔薇さまは魅力的だった。作中でこそ高校生のキャラですが、大人の読者でも十分にこういう風にありたいと思わせる人間的な魅力を伴って描かれた3人でした。リスペクトです。

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 大切な者たちには「さらば」とは言わない。こちらが想い、向こうも気持ちを寄せてくれるのなら、いつの日か、約束しなくても必ずまた会うはずだから。

 また自分語りですが、その頃はまだマリみて読んでなかったけど、大学の卒業式の時に僕が思ってたのはこれです。あんまり、大げさにまた会おうね!ハシッ!みたいなのはやらなかった。裕司はあっさりしてんなーとか言う友人もいたけれど、いやいや、また会えるから大丈夫と思ってたのですよ。

●片手だけつないで

 お互いに両方の手を繋いでしまっていた云々の「白き花びら」の聖と栞のくだりを覚えていた読者には、タイトルだけでクラクラというか、ラストの聖と志摩子が片手だけロザリオで結んで走り出すシーンが映像的(文字ですが)に美しすぎる短編です。僕も聖タイプのような気がする。大事なモノを見つけたら、自分から一歩引いた方がいいのかも。ジャージで環境整備委員の仕事してる志摩子さんが可愛い。

マリア様がみてる―いとしき歳月(後編)

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