
タイムトラベルものとしては普通な印象だったんですが(もちろん最終的にピースがハマっていく感覚には感動したんですが、同じライトノベルベクトルのタイムトラベルものSFの傑作、岩本隆雄『鵺姫真話』、『鵺姫異聞』なんかを読んでたんで相対的に普通くらいな感じに)、単純にエンターテイメント小説として面白かったです。ハルヒのいないパラレルワールドに一人という状況のキョン、どうするんだ!?という所から始まって、ハルヒと古泉は消えちゃってるわ、朝比奈さんには忘れられてるわでと展開して、朝比奈さんのシーンなんかは非常事態の打開ファクターとして朝比奈さん(小)は期待してなかったんで(笑)坦々と起承転結の承って感じで読んでたんですが、毎回ここぞという時に事態を打開してくれた頼みの綱の長門さんまで普通の女の子になってた所まで読み進めた時はさすがに「どうなるんだ!?」とハラハラして読めました。そこからついに本の間にはさまった長門さん(否アナザー)のメッセージを見つけるくだりに辿り着いたときは、「きたー、やっぱり長門さんだー!」とキョンと一緒に喜べたというか。ここまでで既に十分に楽しい読書体験でした。
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テーマとしては日常/非日常を扱った、『憂鬱』と対になるお話だと思いました。『憂鬱』がハルヒが新たなる非日常世界を創り出そうとするまでに過度に「非日常」に傾きかけた所から帰還してくる話なのに対して、この『消失』は逆に宇宙人も未来人も超能力者もいない過度に「日常」に傾いた世界から帰還してくるお話。どちらも帰還場所になってるのが、『憂鬱』の序盤やその後の短編、及び今作プロローグのクリスマス会の準備の場面なんかで綴られてる、「非日常的に楽しいSOS団の日常」、『憂鬱』から引用すれば、キョンが帰りたいと願った、
「俺は戻りたい こんな状態に置かれて発見したよ。俺はなんだかんだ言いながら今までの暮らしがけっこう好きだったんだな。アホの谷口や国木田も、古泉や長門や朝比奈さんのことも。消えちまった朝倉をそこに含めてもいい 俺は連中ともう一度会いたい。まだ話すことがいっぱい残ってる気がするんだ」
のあたりの風景という所でしょうか。
1:過度の非日常
2:非日常的に楽しい日常(SOS団)
3:過度の日常
とあって、『憂鬱』は1から2へ帰還してくる話で、『消失』は3から2へ帰還してくる話。両方やることで、全体としてはうまく「日常」も「非日常」も否定しないお話になってるのが好感でした。
また、『消失』では冒頭に引用した箇所といい、長門さんの再起動プログラムのエンターキーを押すかどうか自問するシーンといい、繰り返しキョンを通して読者に問いかける感じになってるのが作品としてカッコいいですね。『憂鬱』も含めて日常か非日常かキミならどちらを選ぶ?と、そんな感じですよ。
さらにこの『消失』を読んで初めて分かるのは、時系列的に『消失』の直前と思われるアニメ版最終話(時系列上)の「サムデイ イン ザ レイン」の深みですね。坦々と読書にふける長門さんの場面を延々と描写したり、ラストに長門さんのものと思われるブレザーがキョンにかけてあったりと読んでから気付く『消失』への布石ばりばりなんですが、これはアニメ版『憂鬱』は「日常」ベクトルで締められて、続編(あるとしたら『消失』もメインで入ると思われる)はその「日常」に対して、「だからといって過度に『日常』っていうのもどうよ?」と問いかける所からはじめるという感じなんじゃないかと。ガンダムSEED−SEED DESTINYの関係と似た感じで、前作で是として描いたものを次作で「とは言ってもどうよ?」と問いかける所から始めるという構成になるんじゃないかと。アニメ版憂鬱は「魔法以上のユカイ」が降り注ぐ「アル晴レタ日」(EDハレ晴レユカイより)じゃなくても、坦々と過ぎてゆく「ある雨の日(サムデイ イン ザ レイン)」もいいよねという所で終わるんだけど、続きはでもやっぱ「魔法以上のユカイ」も欲しくない?って感じで始まるというか。
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物語の魅力としてはキョン−長門さん関係とキョン−朝比奈さん関係に結構大きな伏線が張られた点も先が楽しみでしょうか。
キョンの語りの地の文では長門さんの今回の出来事はバグと呼ばれてる「感情」からみたいなわりと漠然とした解釈になってましたが、図書館の思い出だけを残したり、キョンだけは存在させたりと、その辺りから解釈すると長門さんキョンに好意を持ち始めてるんだよね。たぶん。その辺りがどうなっていくのかにも期待。
朝比奈さんの方も、大人朝比奈さんがキョンの肩に頭を乗せて何かをつぶやくシーン(キョンには聞こえない)や各種おもわせぶりなしぐさから、朝比奈さん(小)もこれからキョンのこと好きになっちゃうんだよね、多分。このあたりはシリーズ後半の最終回近くでくると予想される、朝比奈さん(小)が未来に帰還するエピソードに期待。これは、かなり涙腺もののエピソードになりそう。
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今回も面白かったです。次は息抜き的?に読めそうな『暴走』に行きます!
→刊行順に列挙

涼宮ハルヒの憂鬱
涼宮ハルヒの溜息
涼宮ハルヒの退屈
涼宮ハルヒの消失
涼宮ハルヒの暴走
涼宮ハルヒの動揺
涼宮ハルヒの陰謀
涼宮ハルヒの憤慨
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→次巻:「涼宮ハルヒの暴走」の感想へ
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何故谷口は風邪を引いていたのか、
朝比奈さん(大)のある種の腹黒さ、
ハルヒと古泉がカップリングされて別の場所へ飛ばされていた理由、
世界と共に自分を変える事はある意味自分を殺す事ではないのか、そうまでして普通の少女になりたかったのか、などなど。
長門さんの立場で病室での台詞を聞くとまた熱いんですよね。
ちゃんと救われてる。