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 「オイラみんなと一緒にいたいんだ。雨も降りそうだしさ」

 個人的には良く出来てるなーと感心させられっぱなしで、さすが宮崎アニメ!と言わんばかりの傑作だと思いますが、友人のブログで「難しい」という感想があった通り、ちょっと視聴者に読解力を求める作品という気も。特に子ども視聴者には意味わからーん状態というレベルかも。なんで、少々の解説も加えながらの以下、感想ー。
●基本的には

 派手な妹とは対照的に、家業の帽子屋を継ぐがさだめというような非能動的な人生に埋没していた少女ソフィーが、戦争なんていうどデカいものにまで立ち向かっていって、能動的に自分のいたい場所、「家族」を手に入れる/守り抜くまでを描いたお話(序盤の妹さんの「自分のことは自分で決めなきゃだめよ」っていう台詞なんかが伏線なんですね)。

 ラストシーンなんかは典型的な「疑似家族」エンド。ソフィー:ハウル:荒地の魔女:カルシファー:マルクル:犬、とで、ソフィーが自分の意志でいたいと願った疑似家族を作り上げて終演しております(クライマックスでマルクルが「家族」という言葉を口にしてることからも「家族」がキーなのは明らか)。荒地の魔女が介護が必要なお婆さんポジションで、そういう人の存在も含めて「家族」なんだと描いてくれたのは満足でした。

●ハウルとカルシファーの関係

 これが、結構読解を要する感じ?僕が見た限りでは、カルシファーの正体は流星で、幼い頃にハウルに心臓を与えられることで助けられた……というもの(最後の方で荒地の魔女がハウルの心臓を追いかけるつもりでカルシファーを追いかけてる)。ただそれだけじゃなくて、魔法使いであるハウルの心臓の力で生かされたということで、二人の間に「契約」が成立し、ハウルはアクマであるカルシファーの力によって絶大な魔力を使えるようになり、一方でカルシファーは命を助けられた代わりにハウルの命令には服従で城を動かしてるポジションに収まっていたという。そして、ポイントとしては、カルシファーの力は絶大な魔力をもたらすんだけど、反面リスクもあって、あんまり使い続けると使い手が魔物化してきてしまうという(やっぱアクマの力だし)。劇中に何度もあったハウルが鳥人のような魔物に化していく描写と、中盤の「ハウルが魔王になるから?」云々の台詞はおそらくそういう設定があるから。そこが分かると最後、カルシファーの力が宿った指輪が、ハウルの過去へとソフィーを導いてくれる部分が感動的。ツンデレキャラなカルシファーたんとしては、いつの間にかソフィーを好きになっていたので、最後の力を振り絞ってソフィーにハウルと自分の関係の謎を解き明かしてくれるように賭けたのです(それも契約違反にあたるんじゃという突っ込みは無しで。あの位の微細なヒントはアリかと思われます)。で、過去を見て流星、心臓、契約云々の謎を解いたソフィーが、最後はカルシファーに宿されたハウルの心臓をハウルに戻して、ハウルを魔物化のリスクから解き放ってハッピーエンドと、ラストのからくりはそんな感じですよ、たぶん。

●実はソフィーにも魔力がある

 これが、実は物語のからくりを理解する上で最大のポイントかも。あれです、普通の少女が、実はスーパーパワーを持っていたパターンのお話でもあるのです。最初にかかしを歩かせられるようになった辺りでコアな視聴者はその伏線に気付くんですが、あれをそういう世界観なんだー位にスルーしちゃうと後の話がよく分からなくなるような気がします。クライマックスでソフィーの髪を食べたカルシファーがパワーマックスになるのも、特別な力があるソフィーの髪だったからがゆえ。そして最終的にハウルとカルシファーの双方が助かったのも、説明つけるならソフィーのスーパーパワーのおかげです。上述のハウルとカルシファーの関係上、ハウルに心臓を戻しちゃったらカルシファーは死んじゃうんですが、ソフィーになら水をかけられても何故か大丈夫というソフィーの不思議な力で、「ソフィーなら……」と、カルシファーも救われるエンド。そうして訪れる、カルシファー的にも「オイラみんなと一緒にいたいんだ」という疑似家族エンド。なりゆきではないんです。カルシファーもソフィーを段々好きになっていく各種イベントはじめ、実は命の恩人というキーポイントも含めての、ラストのソフィーもハウルもカルシファーもいるハッピーエンドなのです。この辺りが良くできてるなと感心しきりだった次第。

●ソフィーの外見演出

 ときおり老婆のはずのソフィーが絵的には若く描かれてましたが、これも人によっては混乱したのかも。

 何のことはない、ソフィーの精神的なアクティブさっていうか若さ/能動さを反映させての演出で、実際に若返ってるワケではなく、ハウルとの恋愛シーンや、敢然と強い意志で何かに立ち向かう時とか、気持ち的に若い場面で演出として若く描かれていたのだと。

 もともとソフィーは実家の帽子屋を継ぐから、長女だから……と内面が非能動的でお婆さんくさく、ゆえに、呪いで実際にお婆さんになっちゃってもそれを案外すんなり受け入れてしまっていたふしがあります。それが、恋をして、守りたい家族ができてと、物語の変遷を経て、クライマックスでは戦争というどデカいものにも立ち向かっていくだけの能動さと内面的なバイタリティーと強い意志をみせるようになります。いわば精神的な若さ。ゆえに、クライマックスのハウルの城で過ごしていた「家族」の風景が戦争によって踏みにじられようとしたとき、敢然と行動を起こし、それにシンクロしてビジュアルも若くなるという演出がなされているのだと思います。外見じゃない、年齢じゃない、ハートだよ、ハート、というメッセージだと思います。ゆえに、ファイナルシーンで呪いが解けて少女に戻ったのかどうかもボカされてますが(まあ、カルシファーが解放されたので戻ったのかもしれないけど)、そもそも外見や年齢じゃないというメッセージの作品なので、そこはこだわらなくてもいい所。戻ったとしても、戻らなかったとしても、ハウルとの愛にも、守りたいと思える家族との関係にも、関係ないじゃない。そう思えるくらいだったら、創り手も創り手冥利に尽きるんじゃないかと思います。

 ◇

 と、ちょっと分かりづらいよ宮崎監督!とは思ったものの、基本的にはボーイミーツガール/ガールミーツボーイ、家族、戦争という舞台背景、空中散歩/空中戦シーン……などなど、これぞ宮崎アニメ!というテイストが十全に盛り込まれていたエンターテイメント作品で、物語的にも深みを醸し出してる傑作だと思いました。きっと、その他の宮崎アニメ同様、何かの折りに繰り返し見ることになる作品だと思います。やっぱり宮崎アニメは素晴らしい。

 ◇

 と、とりあえず次週の『となりのトトロ』が見たくてしかたありません。今見たらまた違った感動を味わえそう。やっぱりトトロは可愛いよ!

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