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 「自分は変われると信じられるなら、できる」(一ノ瀬野乃)

 最近アニメ化もされた桐原いづみさんの『ひとひら』の既刊4冊分の感想です。野乃さんと美麗さんの友情ホワホワーとか読んでたら、3巻のクライマックスの舞台劇の所で大マジで胸を打たれた。
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 簡単に言えば主人公の麦の演劇を通して(というかそれをやることによって培われた新しい人間関係を通して)の自立の物語なんですが、3巻のクライマックスの舞台劇の場面で、人が「変わる」瞬間というのを鮮明に切り取ってるのがスゴイ。

 人前で喋れない、あがると気絶しちゃう、高校は友だちが行くから同じ高校にという理由で決めた……という積極性も自立心も微塵もない主人公の麦がなりゆきで演劇を始めることになってしまって……という所から始まるお話なんですが、そんな麦の導き手のポジションにいる先輩の野乃先輩っていうキャラがもう一人の主人公っていうくらい視点があたってるキャラで、現在はクールビューティーなんだけど、過去には麦のように自分を出せない臆病な性格だった、だからこそ麦に過去の自分を投影して、変わる瞬間を演劇を通して経験して欲しいと思ってる……というキャラなんですよ。そして、病気のために声が出なくなるという設定持ち。

 そんな野乃さんだけど、現在対立してる演劇部の部長さんの美麗さんというキャラに演劇というものを紹介されて変われた、救われた経験があるから、声が出なくなる病気を押してでも、高校生活の間は演劇を続けようとしている。そして、過去の自分である麦に演劇をやってもらうことで、麦だけじゃなくて、自分や自分に演劇を勧めてくれた美麗さんをも救済しようとしてる。演劇で変われた自分、演劇を勧めてくれた美麗さん、それらの背後にある演劇と、それに打ち込んだ自分達の過程いうものが間違っていなかったということを証明しようとしているフシがある。

 麦もそんな野乃先輩の想いや、野乃先輩と美麗先輩双方の想いを徐々に理解していって、演劇が好きになってきて……という所でクライマックスの3巻の舞台劇に突入するんですが、劇中に野乃先輩の声が出なくなるという展開。アドリブで繋げられず頭が真っ白になる麦、破綻しかかる劇。声の病気を押してまでやり続けてきた野乃先輩の想いも、心の内では心配し続けてくれた美麗先輩の気持ちも、人は変われるという野乃先輩の気持ちも、変われるかもしれないという麦の希望も、それを実現してくれるハズだった演劇というものも、それら全ての価値が水泡に帰すのか……という所で野乃先輩がボロボロの声を振り絞って麦を次の台詞に誘導するんですよ。そこで麦がついに覚醒。野乃先輩の想いを無駄にしないために、半年間頑張った演劇の時間を無駄にしないために、はじめて積極性と自立心をもって神演技を披露するという。この麦が「変わった」瞬間を、もともと麦の声の力を認めていたちとせ、たまたま学祭の演劇を見に来た一般客のきょーちゃん..etcを通して、空間そのものが「変わった」のを漫画という技法をフルに使って表現してるのがスゴイ。その時演じてる作中劇のタイトルがそのまま作品のタイトル『ひとひら』なんですが、麦が覚醒したシーンで麦が口にする台詞一つ一つが、これまでの麦(とそれと重なる昔の野乃さん)の過程とシンクロしていたりと、もうやり過ぎの高密度感動場面。

 スクール水着の上からTシャツを着た麦というマニアックな絵が表紙だったり(2巻)と、どういう漫画かと思ってたけど、あなどれなかった。恐るべし桐原いづみ。わりと淡々と進む1巻で積んでしまわず、野乃先輩と美麗先輩の友情の形が描かれる2巻ラストの備品倉庫閉じこめられ事件の所までは読むべし。泣けます。

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