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 今季も沢山の新しいアニメがスタートしておりますが、その中で、アニメ視聴に関するヘビーユーザー、いわゆるオタクの間で好評なアニメと、不評なアニメが例によって存在します。
 今回は、作画の良さだとかストーリーの良さだとかいった様々なアニメの「質」の部分を構成する要素はとりあえず脇に置いておいて、ビジネス戦略の面から、オタクに評価されるアニメと評価されないアニメを分けるモノは何なのかをちょっと抽象してみたいと思います。
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 結論から言うと、オタクに評価されているアニメは、既にフロントエンドコンテンツでクロージングされてるオタクに対して堅実に投下されたバックエンドコンテンツとしてのアニメで、評価されていないアニメは、既にフロントエンドコンテンツでクロージングされてるオタクに対して、バックエンドコンテンツとしてではなく、新規顧客獲得用のフロントエンドコンテンツとしての作品を投下したアニメです。

 フロントエンド、バックエンドという用語が馴染み無い方もいらっしゃると思いますが、ビジネス界隈での使い方はちょっと違う場合もあるんですが、基本的に、新しい顧客に向けて広く浅く展開して、送り手とお客さんとの間に第一段階の信頼関係を築くために投下するコンテンツをフロントエンド、そして、既にフロントエンドによって信頼関係が築けて、送り手に対する心理障壁が下がったお客さんに向けて投下するコンテンツのことをバックエンドと呼びます。

 アニメの具体例で言うと、位置づけは様々に解釈可能ですが、とりあえず『CLANNAD』の原作ゲームはフロントエンドで、今回はじまったアニメはバックエンドという解釈が一つ可能です。オタクユーザーは、既にフロントエンドである原作ゲーム『CLANNAD』で既に十分に満足を感じており、『CLANNAD』という作品(あるいはその送り手)に対しては信頼を抱いているのです。よって、既に『CLANNAD』という作品はイイものだというフィルターをオタクは搭載してるので、心理障壁も低く、そこに原作に忠実なバックエンドとしてのアニメ版『CLANNAD』を投下すれば、当然既に『CLANNAD』コンテンツにクロージングされてるオタクの間では好評価となるわけです。そして、アニメ版『CLANNAD』は原作の魅力を再現することに関しては定評がある京都アニメーションが制作と来ています。原作付アニメの制作に定評がある京都アニメーションというのは、いわばバックエンド作りの達人のような存在です。そうして、達人に作られた堅実なバックエンドが、既にフロントエンドでクロージングされてるオタク層に投下され、自然な帰結として好評価となるわけです。

 あ、ちなみに、オタクの評価に関してはAmazonのDVDレビューやWEB上でみかけた書き込みを中心に判断してます。そういうのがヘビーユーザー(=オタク)の評価と考えられる理由は、普段アニメなんか観ないけど、何となく見ちゃった、結構面白かった、みたいな一般のライトユーザーの人達は、わざわざAmazonに書き込んだりネット上で評価を披露したりはしないと考えられるので、基本的にそれらの参照元はオタクのものという可能性が高いからです。

 そして、『CLANNAD』とは逆にオタクの間で低評価になっているのが、公式サイトの掲示板にまで批判書き込みが溢れている『キミキスpure rouge』です。不評の理由の大多数は、原作ゲームからの大幅な設定変更(特に主人公に関して)ととりあえず受け取れます。これが、典型的に、上で述べた既にフロントエンドコンテンツでクロージングされてるオタクに対して、バックエンドコンテンツとしてではなく、新規顧客獲得用のフロントエンドコンテンツとしての作品を投下したアニメに当たります。

 原作ゲーム『キミキス』もフロントエンドとしての特徴を持っていて、原作ゲーム『キミキス』に十分に満足と信頼を感じて、既にクロージングされてるオタク顧客がいたわけです。ところが、アニメ版『キミキスpure rouge』は、そんなフロントエンドでクロージングされたオタク向けに作られたバックエンド作品ではなく、むしろ新規顧客開拓のためのフロントエンド作品として作られていた。僕らのニーズを無視したな!と、オタクの怒り爆発……というのが、公式サイトにまで出張って批判を発露させてるようなオタクの心情(=低評価)の背景ではないかと思います。

 ただ、原作付アニメを作るに際して、フロントエンドとして作るか、バックエンドとして作るかというのは、ビジネス上はどちらが正しいということは言えない、単なる戦略上の差異です。当然、オタクの間での評価が悪いからといって、即失敗作というわけではありません。現に、『キミキスpure rouge』に関しては、原作未プレイで、純粋に今回のアニメをフロントエンドとして受けとって見てる人達を中心に、普通に面白いという感想も結構ネット上に上がっています。原作ゲームがあるのに敢えて今回のアニメ版をフロントエンドとして作るというのは、今回のアニメ版から入る新規顧客に向けて広く浅くアピールできるような設定、ストーリーにして作品を作り、グッズや、原作ゲームを逆にバックエンドとして売っていくという戦略を取っているということです。

 そんなことをしなくても、『CLANNAD』のように原作フロントエンドファンにも満足なバックエンドとして作って、かつアニメ版から入った人でも新規顧客になり得るような作品だけ作ればいいじゃないかと思うかもしれませんが、原作のフロントエンドとしての力に応じて、その辺りは柔軟な戦略が求められます。バックエンドだけで十分なフィーを取れると判断すれば、フロントエンドである原作に忠実にバックエンドを作ることが安全な戦略となりますが、逆に原作のフロントエンドにクロージングされてる層にバックエンドを流しただけでは採算が取れないという見通しになれば、同時に新規顧客を開拓できるような設定、展開に改編することが自然な戦略として出てきます。その点、フロントエンドの力として、原作『CLANNAD』はバックエンドを作るだけで十分に採算が取れるほど売り上げ数(クロージングされてる見込み客の母数と相関)も多いですし、既にメディア展開も広範囲になされてますが、『キミキス』の方は、バックエンドだけで採算が取れるほどには売り上げ数が達してない、メディア展開もまだこれから……という環境が一つあり、その環境に応じて取る戦略が別れたのではないかというのが一つの想像としては可能です。

 僕は、よくあらゆる作品は万人向けではなくて、「層」を設定して作られてる。だから自分が作り手に想定されてる「層」の作品を基本的には見ればいいし、逆に想定する「層」として除外されてる作品を無理して見て批判の発露で時間を浪費するのは無駄じゃないかという趣旨のことを言ってますが、今回のそのアニメがフロントエンドとして作られているか?バックエンドとして作られているか?そして、自分はフロントエンドにクロージングされているバックエンドを求めてる層なのか?それともこれから新しい気持ちでフロントエンドの作品を見るのを求めている層なのか?といった視点は、そういった意味で、自分と自分にマッチする作品を考えるにあたって手助けになる視点だと思います。

 事例は、枚挙にいとまがありません。原作フロントエンド支持層には受け入れがたい、バックエンドとして作られていない『実写版ネギま!』、女性や今の時代の子供といった新規顧客獲得向けのフロントエンドとして作られて実際にその層からは支持を獲得してるのに、従来のガンダムのバックエンドを期待してる層からは批判される『ガンダムSEED』。逆に、宇宙世紀ガンダムという昔のフロントエンドにクロージングされてる層に向けてのバックエンドとして作られて、実際に支持も獲得している、ガンダムエースでやってるような宇宙世紀ガンダムのシミュラークル作品。

 しかし、いずれも、新規顧客層向けは従来層から批判されるからといってバックエンドだけをリリースしていては経年と共にビジネスは縮小するし、だからといって従来層を切り捨てて新規顧客の獲得だけを狙い続けては体力が持たない(基本的にビジネスは新規顧客獲得の方がパワーが必要)と、どちらも一長一短で、どちらかのみが必要で正義ということはありません。

 なので、一視聴者としては作り手の想定する層と自分が求めているコンテンツがマッチしない現象が起きても、とりあえずは送り手の方は自由競争に基づいた経済的活動の中で、フロントにするかバックにするか、どの層をくみ上げてどの層を捨象するか、結構必死にやってるんだということを忘れないでいて欲しいと思います。自分が求めるコンテンツ=世間で評価されるコンテンツのはず→それ以外は批判……という思想にユーザーの大多数が行き着いた時が、その業界が縮小する時ですので。

 「オタクに評価されるアニメ、されないアニメ」という記事タイトルでしたが、結局の所、結論として、オタクユーザーとしては自分が作り手から想定されてるアニメは評価し、自分が作り手から捨象されてるアニメは評価しないという傾向があるという、ターゲティングの基本中の基本に落ち着くお話だったのでありました。