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 境界は不確かだ。定めるのは自分だというのに、決めるのは外側になっている。なら初めから境界なぞない。世界はすべて、空っぽの境界でしきられている。だから異常と正常を隔てる壁なんて社会にはない。
 −隔たりを作るのはあくまで私達だ。


 劇場版公開を機会に、2004年に講談社ノベルス版で読了した時の、『空の境界』の感想の再掲記事です。
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 うむ、ひたすら絶賛するしかないレベル。傑作。

 こうして講談社ノベルズで出版された以上、作者の奈須きのこ氏はもうれっきとしたプロなワケですが、コレ、実際は2001年に同人小説で出されたモノらしい。あ、ありえぬ。同人誌のレベルじゃねェ。

 まあその辺りを引いてか、多少文章に読みにくい部分&所々に素人っぽいかなという文章があったりするんですが、欠点としてはそれくらい。量、質、共に、久々にがっつりと読書する快感を味あわせてくれて作品でした。

 以下、魅力点列挙。

●矛盾螺旋
 各章に必ず一つ抽象的な「概念」のテーマを入れてるんだけど、僕的に一番燃えたのはこの「矛盾」という概念をテーマに入れて濃密に描ききったラスボス荒耶宗蓮との決戦編、「矛盾螺旋」。
 まあ論理学の初級教科書なんかパラパラめくってみると、矛盾には二種類あって、真と偽が同時に存在してしまう矛盾(「私は死んでいて、かつ私は死んでいない」みたいな文)と自己言及の矛盾(「この文は嘘である」みたいな文)の二つがあるなんてことが書いてあると思うのだけれど、この「矛盾螺旋」では、幹也と鮮花の会話や、矛盾をはらんだ螺旋建築なんかでずーっと「真と偽が同時に存在してしまう矛盾」の方を概念として本編に絡めておいて、最後の最後にラスボス荒耶を倒すキーとして一転して「自己言及の矛盾」を持ってきてラスボス荒耶を論理的に殺しているのがメチャメチャ熱い。
 普通は完全に否定するということはその生命を「殺す」ことなんだけど、もう荒耶は生と死を超越してるようなヤツなんで、ただ単に肉体的に殺しても全否定することにはならない。そこを、矛盾に追い込んで存在そのものを論理的に殺すという方法で全否定してるのが、やたらめったらに熱いです。こういう、論理絡みの対決が好きな人にはお薦めの一編です(一応解説しておくと、荒耶と橙子の最後の問答で、荒耶は自分の敵は全人類の「集団無意識」の方だと答える。この答えを文で命題にすると「荒耶は言った、全人類の集団無意識は否定されなければならない」となるのだけど、最後に全人類の集団無意識=アラヤ識で、荒耶=全人類の集団無意識となることが橙子から明らかにされる。この事実を先ほどの命題に代入すると「荒耶は言った、荒耶は否定されなければならない」となり、文面通り荒耶を否定するとそもそも荒耶が言っているこの文自体も否定しなければならなくるという、自己言及の矛盾を含んだ命題になってしまう)。

●空の境界
 全般としては、異常と正常の境界、現実と非現実の境界、生と死の境界、そういうものの空虚化を表題に絡めてるんですが、最後の最後に、

 人間はひとりひとりがまったく違った意味の生き物。
 ただ種が同じだけというコトを頼りに寄りそって、解り合えない隔たりを空の境界にするために生きている。
 そんな日がこない事を知っていながら、それを夢見て生きていく。


 の一文で、裏の意味、人と人との完全理解を妨げる境界を失くすことができたならという願い、そんなことはできやしないのだけれどそれでも願わずにはいられない、という切ない願いを絡めた表題でもあるということを明らかにしているのがニクい。

●俯瞰風景
 「境界」絡みでは、「俯瞰」という概念をテーマにして描いた「俯瞰風景」で描かれる「境界」もかなりツボでした。大学一年の時に社会科学の講義でこの概念を初めて知ったときは結構衝撃的だった。人間の認識は地図で全体像を把握するような(本編で言えばビルの上から街を展望するような)俯瞰的な認識と、今、目の前の現実だけを見る小さい認識(本編でいう「箱の中」の認識)の二種類があるんですな。その二つの「境界」を絡めて描いてるこの「俯瞰風景」もかなりステキ。こういう抽象概念、普通に暮らしてると同じように感じてる人に出会う機会はほとんどないので、この小説で出会って何か嬉しかった。

●式と幹也
 しかし、抽象、哲学的な魅力にばかり目が行きがちでしたが、本編はいたってオーソドックスに式と幹也の恋愛小説としても読めます。ラスト切ねー。最後の「殺人考察」のラストまでなら普通に恋愛成就ラストと読めるのに、末尾挿入の「空の境界」で伏線が明らかになり、ラストシーンはエラい切ないモノに……→【幹也が最初に恋心を抱いたのは第三の両儀式だった。彼女とはもう会えないけれど、幹也は彼女の消えてしまった式と共に生きてゆく……ってラストなんだよね、コレ?「けれど寂しげな翳りもみせず、彼は立ち止まることなく帰り道を辿っていった。」の一文から、それでも式(識でも第三者の両儀式でもない)との絆はホンモノだってラストともとれるのだけど、どうしても一欠の空虚さ(最初に愛した第三の両儀式の欠落)が意識される切ないラストだと思う

 というワケで個人的にかなりストライクな一作でした。伝綺モノ&オタク向け要素アリってことで、万人向けとはいきませんが、がっつりと脳内の読書中枢を満たしたい人にはお薦めの一作です。僕も、もう一回読もう。

  2004.8.14

空の境界 上 (講談社ノベルス)
空の境界 下 (講談社ノベルス)

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