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 「けれど誰かが視たまだ訪れてない未来の夢よりも 人の願いの方がずっと強い」(侑子さん)

 『ツバサ』第22巻の感想記事です。全体としては収録話に関してマガジン掲載時に書いた感想の再掲記事になっています。コミックス派の方は、これを機会にこの記事で一気読みなどして頂けたらと。
 ◇

●ツバサ/感想/Chapitre.167「傷つきし忍」

 黒鋼の守護印発動は、コメント欄で説を頂いた通り、物語冒頭の旅立ち時に知世姫が黒鋼にかけた「呪」が実は「守」だったという種明かしでした。後出しとか言って悪かった(;´Д`)。

 そして、前回の左腕を差し出しての脱出シーンの解説が知世姫の語りで明らかになりながら、黒鋼の旅のテーマであった「本当の強さ」についての語りが黒鋼から語られます。サクラ、写身小狼、ファイと、運命とも言える超常の能力での「強さ」を持っていた仲間達を回想しながら、それでも物理的な強さだけでは本当に守りたいモノを守れないことがあるとの悟りを得たとの語り。幼少時の父母殺害体験〜物語冒頭の出立時までは物理的な強さ至上主義だった黒鋼が、仲間との旅で変わった部分。その悟りを得ていたからこそ、前回のラストで物理的な強さを棄却することになっても、本当に守りたい者(ファイ)のために片腕を捨てられたという風に意味合い的には繋がります。そして、それを後悔していないと言い切る黒鋼に、「本当の強さが分かったようですね」と声をかける知世姫の絵で、物理的な強さから本当の強さへと変遷していく黒鋼の物語は一区切り。

 そして現れるファイは以前のように黒鋼を「黒様」と呼ぶという決着。前回の感想で書いたように、死にたがりのファイの物語は、幼少時の命の選択体験に起因する、「自己犠牲」がテーマの物語でした。塔の上のファイを殺してしまった(と思い込んでいた)経験から、自己犠牲意識のもとで生きてきたファイは、死ぬはずの自分を黒鋼が血を分けて生かしたことをきっかけに(「東京編」の部分)黒鋼のことを「黒鋼」と呼んで距離を置き始めるんですが、前話のラストで作品として、ファイの物語として「自己犠牲」は棄却されたので、今はもう死にたがりではない。「東京編」のあの時と違って、今は生かしてもらったことを素直に感謝しているという記号を込めての、今回の「黒様」再びというシチェーション。死にたがりのファイの物語も、(たぶん)ここで決着。

 黒鋼の物語とファイの物語に決着がついたことで、いよいよ物語は扉絵のアオリ通り最終章という雰囲気です。残す世界も、最低限描かれるのは、夢の世界と、クロウ国の遺跡くらいです。特に、夢の世界(今サクラの魂の方がいる所)は侑子さんが手にしている筒の中に対応しているのが描かれており、また、この筒は物語冒頭にサクラと小狼が別たれて入っていた筒と同じモノと思われます。ツバサ公式ガイドブック2内の大川さんインタビューにて、最後には物語冒頭のあのシーンにちゃんと繋がるということが明言されているので、何らかの形で夢の世界が描かれるのは確実です。

 そして、キーパーソンとしては、勿論「夢」という言葉を「終わらせなければ」と語る侑子さん。今回の黒鋼の、

 「知ってても言えない苦しさは、知らない者には分からねぇ」(黒鋼)

 という台詞は、今回は知世姫に言っていましたが、インフィニティ編での侑子さんにかかってるのは確実です。雰囲気として、超越者ポジションの侑子さんでも例えばこの台詞にかかるように本当に救いたい人のために我を通して動いてはいけないという悲しさを背負っていたりと、どこか悲哀の人で、作中ではむしろ誰かに救われるべきポジションのキャラクターであることが最近のお話からは伺えます。現在ヤンマガの方のXXXHOLiCでは、願いを叶える侑子さんにも、侑子さん自身の「願い」があるんじゃないかというのがキーになっており、四月一日ができるなら自分が侑子さんの願いを叶えると宣言した所で連載が休載に入っています。そして、今回のツバサの引きは、いよいよ夢の世界での四月一日と真・小狼の邂逅で、長かった四月一日・小狼伏線の話になりそうです。この四月一日がバックボーンを持たない主観があやふやな存在だったと明らかになる最近の種明かしとか、夢と現実、どっちが真実なのか?みたいなお話は、大げさに言えば存在論とか認識論の範疇に突入してるお話なので、フィロソフィックエンターテイメントの趣もあったツバサ&XXXHOLiC(特に哲学的なのはXXXHOLiCかな)、終盤のお話が非常に楽しみです。

●ツバサ/感想/Chapitre.168「夢の中の約束」

 真・小狼くんと四月一日くんとの夢の中での邂逅のAパートと、未来と夢を中心にツバサ&XXXHOLiCの世界観が侑子さんから語られるBパートからなる今話。

 まずAパートはまだ全然真・小狼くんと四月一日くんの関係が何なのかは明らかにされないんですが、とりあえずサクラが自己犠牲意識からインフィニティ編での決断・行動を行ったのではないことが四月一日くんから真・小狼くんに伝えられます。もうXXXHOLiCのクモの巣エピソード、ツバサのファイ編と来て、徹底的に過度の自己犠牲は作品として棄却された感じ。

 そうした会話の後、サクラに対して同じ言葉を発したことを機会に四月一日くんと真・小狼くんが存在として近いことだけ説明されて、一旦お別れ。別れ際に、真・小狼くんが俺が追い付くまでさくらを頼むって言って、四月一日くんがこくりと頷く所がカッコ良かった。サクラを守りたいっていう共通認識のもとに、四月一日くんの方ではまだ情報が少なくとも、真・小狼くんを信じるだけの信頼関係が二人にはできあがってるんだなーとしみじみ。

 続くBパートは、作中に点在する「夢見」に関して、知世姫とか、覚醒した後のサクラとかだけじゃなく、そもそも飛王とクロウ・リードが「夢見」であって、飛王は飛王の夢=飛王の見る未来=その実現のための予定調和をしいていたことが明らかに。そして、飛王が見てる夢の方を侑子さんは「悪夢」と称して、飛王が強いた予定調和=悪夢の結実を阻止しようとしてると、どうやらそんな構図みたい。

 そして、そんな飛王の予定調和の果てに訪れる悪夢の未来を変える力として、侑子さんが言い切ったのがカッコ良かった。

 「けれど誰かが視たまだ訪れてない未来の夢よりも 人の願いの方がずっと強い」(侑子さん)

 対価を払えばどんな願いでも叶えるというXXXHOLiCでのこれまでの侑子さんのお話、ツラくても、失うモノがあってもそれでも願うんだということを描いてきたツバサのこれまでのお話、全てが詰め込まれている感じ。侑子さんというか、CLAMP作品はこのために書かれてるとでも言うようなメッセージだよなぁ。ワンマーケット、ワンメッセージ、ワンアウトカム(コピーライティングの警句)。CLAMP作品にあるワンメッセージが何かといったら、この、

 「人が願う力は尊く、強い」

 だと思います。

 こうやって、物語冒頭では、エ、もしかして運命諦観論のお話なの?とミスリードされた人もアリな感じの侑子さんの「全ては必然だから」の台詞が、人の願いによる予定調和な未来の打破という展開で裏返されていくんだろうなぁ。すごい構成だ。

●ツバサ/感想/Chapitre.169「魔女の贈り物」

 「日本国編」なるキャッチから、日本国でも一シリーズとして一物語あるみたいです。夢の世界、クロウ国といったファイナルに入っていくのはもう少し先という感じでしょうか。

 封真が黒鋼の義手を持ってきて、それがピッフル国からとか、本当よくできてるなと思いました。確かに、ピッフル国編の時、日本国の知世姫とピッフル国の知世が通じ合ってるっていう設定出てきましたよ。ピッフル国編ラストの黒鋼と(ピッフル国の)知世の別れのシーンとか相当イイシーンだったんで、ここで(ピッフル国の)知世から黒鋼のための「力」が送られてくるというのは非常に熱い。

 そして、その義手の対価はファイが払っていたことが判明するんだけど、払った対価は残存魔力で、命にまでは別状ないことをファイが言って、はっきりともう自分の命まで投げ出すようなことはしないという趣旨を明言。長い間追い続けてきた「死にたがり」のファイのお話もセレス国編ラストでついに決着しました。自己犠牲を捨てて自分の命にも価値を置くようになったファイにしみじみ。サクラの願いも成就という瞬間です。

 そんなこんなしていたら引きで星史郎さんが日本国に登場という、凄まじい展開を見せております。星史郎さんは、東京での昴と神威みたいな感じで、それぞれがそれぞれの願いを胸に行動している、そういった「願い」が世界には渦巻いているという作中背景の描写の一つで、特にもう物語本筋に絡まないまま完結してもイイかなと思っていたんですが、どうやらちゃんとした未消化伏線だったらしく、お話もかなり終盤にさしかかっているだろうこのタイミングで登場です。本筋に関わって丁寧に回収してくれたらくれたで嬉しいんで楽しみです。東京BABYRON〜X(エックス)〜ツバサ〜と星史郎さんと昴の物語を読んでいくと、一つのテーマとして繋がる物語になってる……みたいだったら最高なんですけどね。

●ツバサ/感想/Chapitre.170「二人目の使者」

 真・小狼が旅立つ星史郎さんを引き留めてまで戦いを挑むというのは、ちょっと色々違和感がある展開なんだけど、小狼が黒鋼に目配せして、アイコンタクトで黒鋼と何かを通じ合ってるコマなどがあるので、なんか(真・小狼的にも作者的にも)裏の意図がこの展開にはありそう。

 違和感っていうのは、まず「東京編」でパーティの目的としてサクラの羽根の価値が棄却されてるので(目的として、仲間との関係性>サクラの羽根と、物語冒頭の目的を反転させたのが「東京編」)ここで特に羽根にこだわる必要性が今のパーティにはないっていうのと、桜花国編で星史郎さんに敗北した写身小狼がもっと「強くなる」と誓う場面があったんだけど、あんな風に描いた以上、強さとしての星史郎さん超えという展開は写身小狼で描かれないとなんかおかしいので、ここで強さとして真・小狼が星史郎さんを凌駕して打倒する展開にあんまり意味がないっていう点。なんで、やっぱりバトル漫画ノリで真・小狼が星史郎さんを倒すということ以外に、何か裏があってバトルに突入してるんだと思います。

 そして、星史郎さんは当然のごとく小狼の写身性を看破していた模様。今、パラパラと桜都編見かえしてみたんだけど、明らかにあの時の小狼が写身の存在だと知っていて、それでも「その先にある事実がたとえ望むものではなくても その強さが君を支え導く」って言ってるんだよな。写身小狼は現在あの頃よりも「強さ」は手に入れているわけですが、この辺りは日本国編に入った所の黒鋼の「本当の強さ」に関わる語りと関係しながら、もう一つなにか描かれそう。というか、ここで「強さ」に関する話が入るからこそ、同じく、黒鋼、写身小狼、星史郎さんを通して「強さ」に関するお話が描かれた桜都国〜桜花国編をリフレインするように、星史郎さん登場で面子がそろったのか。

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 死にたがりが終わって、ファイが飄々としてるのはイイ感じ。知世姫と、知世姫姉と解り合ってる感じで、黒さまが赤面してるのがイイ。今さらだけど、黒さまツンデレ。デレ対象は、知世姫とファイ。

●ツバサ/感想/Chapitre.171「美しき戦場」

 前回の感想ではここで真・小狼と星史郎さんが戦うのはどういう意味なんだろうみたいなことを書いたけど、前回意味深だった真・小狼と黒鋼のアイコンタクトも、今回の黒鋼の語りからすると、「俺の闘いだから手を出さないでくれ」的な意味だったみたい。インフィニティ編のファイナルバトルで、サクラにようやく「個」を同定される言葉をかけてもらえて、写身小狼ではない、真・小狼という一人の「個」だというのをアピールするためにようやく真・小狼独自の武器である自分の剣を召還する場面が燃え場面としてあったんだけど、今回、その時の真・小狼のものである剣を使いながらも、ラストの見開きページでは写身小狼の技である足技も使ってるっていうのは、単純に自分の分身としての写身小狼の想いも汲んで真・小狼は星史郎さんに挑んでいるという意味なのかも。実は虚構の存在だった写身小狼だけど、そのあり方は自分も受けついでるから無意味じゃないんだ!みたいな、それこそ燃え漫画のテイストで。

 一方で、セレス国の次の国を安全な日本国にした対価を、ファイの他に知世姫も払っていたという情報が開示。知世姫が払ったのは、夢見の力。

 これ、ファイの場合の魔力とか、今回の知世姫の夢見の力とか、黒鋼の片腕とか、サクラの片足に幸運とか、どんどん、皆自分にとってcrucialなものを対価として差し出して失っていってしまうんだけど、逆に、そうやって願いの末に色んなモノを失った末に、最後に何が残るのか/何を残すのか?みたいな構成がこのツバサにはある気が、今回を読んでしてきた。

 本命としては、最後に残るのは今まで何度も作中是として描かれてきた「関係性」のような気がしてますけど。物語冒頭で写身小狼が「関係性」を差し出す所からはじまって、物語の末に色んなものを対価として失いながらも、新たに築いた「関係性」が残る/を守り通すというのは、構成として非常に美しい気がする。

●ツバサ/感想/Chapitre.172「崩れ始めた理」

 前々回で、今のパーティーはサクラの羽根を集めるのが目的じゃないのに何で真・小狼は羽根に固執して星史郎さんに闘いを挑むんだろう?と書いて、前回で、その理由は写身小狼の想いを汲むためなのかな?と書いたんだけど、今回のラストの雷帝招来のシーン+二人の己のために負けられないというアオリから、やっぱり真・小狼はもう一人の自分である写身小狼の存在を肯定するために戦ってるんだとようやく理解しました。

 「サクラを救うために羽根を集める」というのを絶対の行動原理にして強い意志で行動していた写身小狼、実はその行動原理すら飛王に仕組まれていた虚構の存在だったんだけど、そんなサクラのために羽根を集めるという写身小狼の存在理由を虚構だった、無駄だったということにしないために、敢えて今はもう羽根を集めることが目的でないにも関わらず、写身小狼が羽根のために闘いを挑んだ星史郎さんに対して、今度はその想いを継承して真・小狼がこだわって闘いを挑んでいるんだ。それこそ、黒鋼に対しても自分(写身小狼と真・小狼の二人の己)の闘いだから手を出すなとまで合図して。

 「東京編」でそれ以前の旅は仕組まれた旅だった、虚構の旅だった……と一度全てが転覆してるんだけど、だけど、そんな虚構の旅の中でも培われた「関係性」は本物なんじゃないか?というお話を「東京編」以後は繰り返しやっているので、ここで写身小狼とサクラが「東京編」以前に築いた「関係性」を無為にしないためにも、「東京編」以前の写身小狼の行動原理であった「サクラの羽根を取り戻す」に真・小狼がこだわっているというのはカッコいい構図です。

 ◇

 一方で、大きなお話の方では、飛王の夢のせいで、世界の理が崩れてきているというのが明らかに。アシュラ王の理不尽なヤンデレ化なんかは、どうやらその影響だったという説明みたいです。XXXHOLiCの方でも侑子さんが「最後の瞬間が近付いている……」という台詞を口にしていますが、あるいは今回示唆された世界の理の崩壊の瞬間のことを「最後の瞬間」と表現しているのかもしれません。

 で、その崩壊の原因が飛王の夢(飛王の視てる未来)にあることが示唆されてるわけですが、数話前で、侑子さんは未確定の夢(未来)よりも、人の願いの方が絶対に強いと言い切っていると。ツバサの方では写身小狼の心を取り戻すというサクラの願い、XXXHOLiCの方では侑子さんの願いを叶えたいという四月一日の願い……と、主人公級のキャラ達の強い「願い」が描写されていますが、そういった強い願いが飛王の夢を打ち破るという展開にどうやら突入していきそうです。

●ツバサ/感想/Chapitre.173「覆らぬ願い」

 飛王の目的、夢、願いがついに明らかに。高麗国のチュニャンのエピソード、修羅の国の阿修羅王&夜叉王のエピソードから伏線を張っていた通り、それは「死んだ者を生き返らせる」でした。セレス国編で同じ願いをファイ(幼少時に塔の上にいた方)に対して抱いていたファイの、その願いを棄却するまでのエピソードを描いておいて作品としては改めてその思想を否定しておいた上で、いよいよここで明示的に明らかになりました。

 「死んだ者を生き返らせる」という願いを可能にするためには、どうやらこの世界全ての理をねじ曲げる必要がある設定みたいで、セレス国編でのアシュラ王の不合理はその理の崩壊現象のためという前回での説明がここに繋がります。

 一方で、真・小狼は桜都国を実現化させた星史郎さんの羽根を使って、一気にサクラの夢の世界へ。写身小狼の気持ちを汲んでるだけじゃなくて、ちゃんと具体的に目的もあったんだ。

 そんなワケで、舞台がサクラがいる夢の世界に移った所で引き。これ、今週のヤンマガから連載再開した「XXXHOLiC」と同じ引きなんだよな。あっちでも、ラストにサクラの後ろに手が!?という引きでした。つまり、サクラがいる夢の世界には、サクラ、四月一日、真・小狼がおり(もしかすると星史郎さんも一緒に?)、そして、サクラがいる夢の世界が入ってる筒状のモノは「ツバサ」冒頭のシーンのサクラと写身小狼が入ってるモノと同じっぽいということで、おそらくここに写身小狼もやってくるものと思われます。日本国編で一息と思いきや、一気の一気にクライマックスへ。

●予想(ちょっと妄想)
・物語の結末近くでサクラ、真・小狼、写身小狼、四月一日あたりの主人公級の人物が死ぬ。
→その人物を理を曲げて生き返らせるか、理を遵守して生き返らせないかという選択肢が突きつけられるシチェーションにもっていき、飛王の「死んだ者を生き返らせる」という願いの是非を主要人物と読者に突きつける。そこまでして結局願いを棄却する結末を描けば、自分の願いを貫き通す尊さを描き続けてきたツバサ&XXXHOLiC(というかCLAMP作品)全ての総括としての逆転構成が決まる。
・あるいは四月一日は既に死んでいる存在。
→今回の星史郎さんの持ってる羽根をはじめ、夢(虚構)を具現化する能力にスポットがあたってるのが気にかかる。その場合、そもそも四月一日の存在自体が虚構の産物だった。ただ、同じく虚構の存在だった写身小狼でも、旅で培ったサクラと仲間との「関係性」はホンモノというのを描いている通り、存在が虚構だとしても、四月一日が獲得した「願い」はホンモノという部分を作品のメッセージとして提示したいのは既に「XXXHOLiC」12巻部分で示唆されている(詳しくは「XXXHOLiC」12巻の感想を参照)。そうなると、そんな虚構の四月一日が最後に抱いた真実の願い、「侑子さんの願いを叶えたい」が、上記と同じく、これまで自分の願いを貫き通す尊さを描き続けてきたCLAMP作品に対して、「自分ではなく他者の願いを願う」という逆転構成でフィナーレが描かれる。そして、世界の理の方を立てなければならないために大事な人のために行動を起こせない(侑子さんは対価の原理の遵守、理の中でしか動けない制約があるのが何度か描写されている)悲哀が描かれていた侑子さん(「ツバサ」のインフィニティ編、XXXHOLiCのお花見のシーンの四月一日の誕生日に何も贈れずに悲しい顔を見せる侑子さんの場面など参照)が、はじめて「個」あるいは「我」として願う「何か」が、圧倒的に作品の解答となるシチェーションが整えられる。

 ◇

 切なくて苦しくなるけど圧倒的という。数年前マガジンでツバサ第1話を読んだのはほんの偶然で初CLAMPだったんですが、あの時出会えて良かったなぁ。

●ツバサ/感想/Chapitre.174「信じるべき道」

 夢の世界に桜の花びらが吹き荒れる中、真・小狼と写身小狼登場で「東京編」以来の再戦へ。この「桜の花びら」が、『XXXHOLiC』の12巻冒頭相当の四月一日の誕生日エピソードの時から「夢」の世界が描かれる時に印象的に使われていて、登場人物としてのサクラの名前にかけながら、その儚さを表象してる虚構性の記号なんじゃないかと思ってるんだけど(『XXXHOLiC』12巻ラストの四月一日と侑子さんの場面でも桜が舞っている)、出ましたよ、虚構の存在でも信じぬけばそれがホンモノになるという最近描かれていたテーマを踏まえた、真・小狼から四月一日に送られる、

 「だからお前も信じた通りに進め」(真・小狼)

 の台詞が。

 おそらく真・小狼も四月一日が何らかの虚構の存在なのを知ってるんだけど、それでも、侑子さんの願いを叶えたい、小羽ちゃんを守りたいという獲得した願いを全うしろと、信じる道を行けと。

 そして、虚構の存在だけど存在する過程で獲得した願いはホンモノなんじゃないか?というのは、四月一日以前に同じく虚構の存在だった写身小狼にもかかるように描かれていて、真・小狼は「東京編」で写身小狼に対して、

 「あのさくらを一番大事だと思ったのは『おれの心』じゃない!おまえだろう!」(真・小狼)

 の言葉をかけています。サクラの羽根を集めるという信念さえも全て飛王に仕組まれた虚構の存在だった写身小狼だとしても、サクラを大事だと想った気持ちはホンモノ。

 そこまで真・小狼の写身小狼を尊重する気持ちを描いておいた上で(VS星史郎さんのバトルで写身小狼の気持ちを汲むように足技を使った描写も効いている)、それでも「終わらせる」と真・小狼に言わせているという過酷さ。この「終わらせる」のシーンは、もう一人の自分に関する願いを終わらせるという点で、セレス国編でファイ(小さい時塔の上にいた方:こっちは双子だけど、ファイにとってのもう一人の自分と解釈できる)に関する願いを「終わらせる」と宣言したファイ(本当はユゥイ)のシーンに重ねてきてるのは明らか。ファイの願いは結局棄却されて小さいファイは死という形に帰って眠りについたんだけど、写身小狼はどんな状態であれまだ生きているというシチェーション、結末はファイの時と変わるのか否か!?という所で引き。スゴイ。

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