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 「孤独は死に至る病じゃ。十分釣り合う」(ホロ)

 電撃文庫より支倉凍砂さんの『狼と香辛料』。ようやく読了しましたので感想です。
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 作品世界内に構造と実存が同居する、素晴らしい小説でした。ものすごい、読後感が良かったです。

 「構造」の方で、非常にアカデミックな魅力に溢れているのもこの作品の特徴です。思想史や経済史なんかを勉強してる人はそういった学問の骨太の部分をまさに「ライト」にライトノベル化してる部分を楽しめると思いますし、逆にこれから大学に行ってアカデミックなモノを学ぼうという中高生(こちらの方が電撃文庫のメインターゲット層でしょうか)くらいの年齢の読者には、良い学問への導入になる一冊だと思います。

 作品世界を取り囲んでいる思想に、主に一神教の神さま主体の神学と、それと対立する人間主体の自然科学。あとは色んな神秘の存在がいるという一種のアニミズムとの三つがあるんですが、主人公のロレンスが出会うホロはどちらかというと、アニミズムの中に含まれる土着の神さま、精霊の一種みたいな存在なんですね。そういった存在が、一神教を押し付けようとする教会という勢力と、それと対立するいわば「神は死んだ」な状態で人間主体の合理や科学的なアプローチをかかげる時代の新興勢力との板挟みになるような構図の世界に投げ出されるという作品の全体像。ただの人間のロレンスと、アニミズムの方向っぽい意味での精霊みたいな存在のホロとがそんな世界の中で人間関係を進展させながら、物語は進んで行きます。

 神さま主義と自然科学主義との対立は、リアルで言えばナポレオンとラプラスの問答なんかを思い出してみるあたりですよね。数学者のラプラスの本を読んで、この本には神に関する記述が無いと言ったナポレオンに対して、この本ではそういった仮説は設けておりませんと返答したラプラス……みたいな。

 で、ラプラスみたいなポジションの人に、ヤレイっていう、これからの時代はもう神さまに頼る時代じゃないんだと主張する若者が出てきて、その矛先をホロにまで向けてきたりするんだけど、ホロの方としては、自分は神さまなんかじゃなくて、ただのアニミズム的なファンタジー存在である賢狼に過ぎないという。その辺りが分かって貰えないから、土着の信仰が薄れて言ってる時代なのでホロの存在意義は消滅しかけているし、神さま主義者からすればホロの存在なんてのは悪魔そのものだし、自然科学主義者からすればありえない存在だし(この点は作中では描かれてませんでしたが)、新興の人間主義者からは、一神教の神さまみたいな存在と同一視されて排斥されてしまうと、本当どこにも行き場が無くて、ホロは孤独を抱えていると。

 そんなホロと、二十代後半で独り身の寂しさも募ってきた行商人のロレンスが、これまた独特の孤独を抱えたまま出会うんですが、そんな二人が旅の過程を通して、上で書いたような構造の部分、すなわち二人(二つの実存)を取り囲む世界に対して、負けないように、わりかしバイタルに生き抜いていくんですね。その過程が、基本的に二人とも孤独ではあるんだけど、妙に力強くて、読んでて共感してパワーを分け与えて貰える感じです。

 この「バイタルに生き抜いていく」という部分でこの小説内で重要な要素になっているのが、「商売」であり、二人の「経済」スキル。もっと一般的な最近の用語で言えばファイナンシャルIQな訳ですが、ロレンスもホロもこれがとても高くて、だからこそ、取り囲む世界が色々厳しくても、強く生きていけるという。

 ネタバレになりますが、オッサンと狼だけど、基本的にボーイ・ミーツ・ガール→ボーイ・ロスト・ガール→ボーイ・ミーツ・ガール・アゲインというライトノベルの王道の構成を取っている本作。最後のキモとなる「アゲイン」の部分を、この商売・経済要素が担います。

 「お前が……破いた服、幾らすると思っているんだ。神だろうがなんだろうが……弁償してもらうぞ。

 クライマックスのこの台詞は完璧です。実際にはもうほとんどLOVEに入っちゃってるんですが、敢えてこう言う。だからこそ「アゲイン」が達成される。だから二人の関係は恋人でも伴侶でもなく、「狼と香辛料」な関係の二人。ラストが見事に決まっていました。とても良い読後感。

 巻が進むたびに二人を取り囲んでいる構造の方もより読者に伝わる形で掘り下げられていくのだと思いますし、だからこそそこに投げ出された狼と香辛料な関係の二人が輝いてくるのが想像できます。

 そんな展開を楽しみに、続刊を手に取りたいと思います。

狼と香辛料 (電撃文庫)

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