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 「貴方のさくらはわたしじゃない」(サクラ)

 『ツバサ』第23巻の感想記事です。全体としては収録話に関してマガジン掲載時に書いた感想の再掲記事になっています。コミックス派の方は、これを機会にこの記事で一気読みなどして頂けたらと。
 ◇

●ツバサ/感想/Chapitre.175「交わる剣」

 小狼VS小狼のバトル。

 見開きのぶつかり合いで互角のことから、剣術、足技では互角の模様。同じ存在ゆえに基本的に武力も同じと持っていった所で、ファイの眼の魔力がある分だけ魔法系統ではパワーが強い写身小狼が真・小狼の雷帝招来を打ち破って優勢にという所で引き。

 とりあえず日本国で見守ってる組にも、夢の世界に写身小狼が来たことは伝わってるみたいなんだけど、ファイ、黒鋼共にこれは彼らの戦いというスタンスで手は出さないことで共通認識になったみたい。まあ、どっちに味方するわけにもいかないからなぁ。どっちの小狼も、「関係性」が出来上がった仲間なワケで。

 地味に、星史郎さんが弟子の写身小狼とその本体の真・小狼の想いを汲んでわざと行かせたっぽい所がイカしてた。桜都編ラストで、たぶん弟子の写身小狼は虚構の存在だと知っていても信じた道を行け的なアドバイスを星史郎さんは贈っているので、今回の封真との語りからも、純粋な気持ちとしてW小狼を大事に想ってる気持ちは星史郎さんにもあるみたい。

●ツバサ/感想/Chapitre.176「動かぬ躰」

 写身小狼がサクラの肩口を刺してサクラ流血。もうどうしようもないのかという所で、飛王の必要なのは次元を記憶するサクラの躰の方だから、心の方は殺しても構わない発言。写身小狼の心を殺し、サクラの心も今また殺そうと、心を殺して躰をいいように操って目的を成し遂げようとしてる飛王という図の所から、心の記憶ではなく、躰の記憶のために写身小狼はサクラを殺せないという展開でまさかの逆転。

 「躰の記憶」の是という伏線が張られたのは、実に3年前の「修羅ノ国編」でのサクラが小狼に思わずお目々チューしちゃうシーンですよ(Chapitre.64「途切れた記憶」)。読んだ当時はサクラ×小狼ばんざいばんざい!な場面だけなのかと思って悶えてただけだったんだけど、こんな最後の最後で決定打に使われるとは思わなかった。

 「それって躰の記憶かもしれないね 侑子が言ってたの 記憶にはね ふたつあるんだって 心の記憶と躰の記憶 心はもちろんすっごく大事なんだけど躰も大事なんだって 時には心が忘れても躰が覚えてることもあるんだって だからね 羽根が全部戻るまで躰の記憶がサクラを助けてくれるよ」(モコナ/Chapitre.64「途切れた記憶」)

 ってな感じで、当時は心の方の記憶を消失していたサクラにとって、この「躰の記憶」というのは一縷の希望のように非常に作中でポジティブなものとして描かれていたワケです。そして、お目々チューはサクラの体験だけではなくて、写身小狼の体験でもあるから、写身小狼の躰の記憶としても残っていると(別にお目々チューイベントだけじゃなくて、「東京編」以前のサクラとのイベント全てが躰の方に刻まれてるということなんだと思うけど)。それを、大川さんが「東京編」以降全てが反転するとインタビューで語っておられたツバサという作品の構造を受けて、「東京編」以前はサクラにとっての一縷の希望だったこの「躰の記憶」が、「東京編」以降のこのクライマックスにきて、反転して今度は写身小狼の希望として機能しだしたと。

 何度も書いているように、「東京編」以前の仲間達の旅は例え仕組まれた虚構の旅だったとしても、そこで培われた写身小狼、サクラ、黒鋼、ファイ、モコナの「関係性」はホンモノだ、というのがこの作品の落としどころだと思われるので、虚構の存在だった写身小狼の中にも、奪うことの出来ない躰の記憶として培われた関係性が残っているというのが構造として美しい。

 「インフィニティ編」ラストでサクラが心と躰に別れた時はどういう話なんだと思ったけど、まさか3年前のピースを使ってこういう風に一枚絵としてつなぎ合わせて表現されるのだとは思わなかった。パズル型作品を能動的に追ってる読者のみが味わえる快感をがっつり味わわせて貰いました。ごちそうさまでした。

●ツバサ/感想/Chapitre.177「醒めない夢」

 「貴方と私のことも!」(サクラ)

 躰の記憶のために写身小狼はサクラを殺せないという所で、写身小狼のターゲットが真・小狼に変わったところで、サクラの「小狼君」「小狼」「貴方」の三つの呼び方が入り乱れたシャウトが炸裂。夢の世界が崩壊して外界の日本国へ。

 サクラの台詞はやや難解だけど、たぶん、

 「小狼君」→旅の途中で培った写身小狼との関係性そのままに写身小狼のことを呼んでる箇所。

 「小狼」→真・小狼を呼んでいる箇所。真・小狼をサクラと旅で関係性を結んだ写身小狼と区別して「君」を省いて呼んでる箇所。

 「貴方」→写身小狼を呼んでる箇所。写身小狼は真・小狼の餌である存在だから、厳密には「小狼」じゃないという含意を込めて真・小狼と区別して「貴方」と呼んでいるのだと思われる。

 重要なのは、サクラが写身小狼と真・小狼をごっちゃにしないで、虚構の存在である写身小狼に一つの「個」を認めて必死に語りかけているのがこの箇所だという所。

 インフィニティ編序盤が、写身小狼と真・小狼を重ねてしまうサクラの苦悩から、最後の戦いの前に真・小狼のことをサクラが「小狼君」と呼んで真・小狼の「個」を同定するまでの流れを描いたお話だったのに対し、今回は真・小狼の方を「小狼」、写身小狼の方を本当は小狼ではなかったんだけど、サクラにとっては重要な存在である一人の人間である「貴方」と呼ぶことで、写身小狼の方の「個」を同定してあげてる場面。

 こう、虚構の存在に対して、培われた関係性のみをたよりにして「個」を同定しているという。ぐっとくる箇所です。

●ツバサ/感想/Chapitre.178「もう一つの罠」

 サクラを突き刺してしまった瞬間に写身小狼の自我が復活。しかし、東京編以降あれほどサクラが願った写身小狼の「さくら!」の呼びかけを、サクラは拒否。理由は、サクラも写身サクラだったから!

 写身サクラは写身小狼との阪神共和国〜東京編以前の旅で培った「関係性」に依っている。だけど、写身小狼にとっての「さくら」は写身サクラではなく、クロウ国以前の幼少時期に「関係性」を培っていた真・さくらの方だから、自分がしゃしゃりでる訳にはいかない。

 だから前回で写身小狼のことを「小狼君」じゃなくて「貴方」と呼んだのか。写身小狼を「小狼」と呼んでいいのは真・さくらであって自分ではないから、という意味で。

 そして、いよいよ第一話冒頭の筒状の入れ物の中に別かたれてるさくらと小狼という絵の、片側にいるさくらが真・さくらであることが明らかに。これ、つまりは侑子さんに写身小狼が差し出した「関係性」は写身サクラと写身小狼の「関係性」だったわけだから(侑子さんのもとへ行く時点で、サクラは既に写身サクラにすり替わっている)、真・さくらと写身小狼の「関係性」は残ってる、すなわちクロウ国で幼少期に培った真・さくらと写身小狼の「関係性」は残ってるってことなんだよな。再度「関係性」にまつわる構図が逆転して、写身小狼は、

 幼少期の時間を過ごしてお互いを好きになった真・さくらとの「関係性」
  を選ぶか、
 東京編以前の旅で培った写身サクラとの「関係性」
  を選ぶか、

 選べる立場に反転したワケで。

 写身サクラは今話では真・さくらと写身小狼の関係性を尊重するようなことを言ってますが、一方で前回では「貴方と私のことも!」(終わってしまうのは嫌だ)とシャウトしてるわけであって、やっぱり、自分も相手も虚構の存在だったとしても、東京編以前の旅で培われてしまった写身サクラ−写身小狼の「関係性」は何よりも大事ということで。

 というか、写身サクラにとってはそこしか拠り所がない。これで写身小狼が真・さくらの方へ行ったら、写身サクラっていったい何だったのか。切なすぎる。

 ツバサ&XXXHOLiCに流れてる要素として、主人公級のキャラクターの存在の虚構性があるんですが、写身小狼、四月一日に続いて、(写身)サクラまで虚構の存在だった。

 そして、その虚構の存在が見ている現実を、「夢」という言葉でXXXHOLiCでは表現しているのですが、

 「貴方が経てきた事実(ホントウ)が貴方を強くする そして、その強さで願い続ければ夢は真実(ホントウ)になるの」(XXXHOLiC12巻)

 この侑子さんの台詞が、虚構の存在同士だった写身小狼と写身サクラが過ごした時間に対して最後に決まってくれると信じてますよ。

<追記>
 記事アップ後、WEB拍手にて「さくら!」と叫んだのは真・小狼の方というコメントを頂いたので、もう一度読んでみたんですが、確かに叫ぶ直前のコマまでは右目や服装から写身小狼なんですが、叫んでるアップのコマは頬のキズから真・小狼の方であるようです。ただ、そうなると、そこから写身サクラの「貴方のさくらは私じゃない」の台詞に繋がって写身サクラと真・さくらの真相解明パートに繋がっていくのがどうしてそういう流れになるのか微妙に謎に。「貴方のさくらは私じゃない」の「貴方」が前回までと同様に写身小狼の方を指しているのなら、写身小狼のさくらは真・さくらなの、だから写身である私ではないのという意味で、この記事で書いた解釈でスッキリするんですが、今回のように「貴方」が前回とはさらに違えて真・小狼の方を指していて、真・小狼に対して「貴方のさくらは私じゃない」と言うというのは、現段階では何を意図しているのか分からない所。真・小狼にも該当する「さくら」がいたらしきことは東京編ラストのパーティー合流時の真・小狼の「取り戻したいものがある」の台詞でなんとなくにおわされてますが、それが実は真・さくらだという風に何かしら繋がっていくのでしょうか。「貴方のさくらは私じゃない」は、ストレートに、「わたしじゃなくて真・さくらの方が貴方のさくらでしょ」という意味で言ったのだと解釈したかったんですが、この台詞を真・小狼に向けて言ったのだとなると、やはり流れ上よく分からない感じに。台詞自体は真・小狼のさくらである第三のさくらを示唆して言っていて、そこから続く種明かしパートはそれとは直接関係無いどちらかというと写身小狼絡みの真・さくら−写身サクラについて語ったということもあり得ますが、それだと、流れ的に統一感がなくてなんかすっきりしないんですけど。やっぱり、真・さくらと真・小狼が何かしらまだ語られてないストーリーで繋がっているというのが一番あり得るかなぁ。それなら、「貴方のさくらは私(写身)じゃない」の台詞を真・小狼に言っても意味が通る。

●ツバサ/感想/Chapitre.179「二つの写身」

 前回の感想で混乱していた部分は、

 「あの二人が生きていてくれれば終わりじゃないから」(写身サクラ)

 の今回の台詞から、どうやら筒状の中に囚われている真・さくらが、真・小狼にとっての本当の「さくら」とイコールという解釈でいいみたいです(「あの二人」という感じで「あの」と既知を指す表現で表現できる「さくら」は今の所写身サクラの他には筒の中にいる真・さくらしかいないし)。

 これ、XXXHOLiCの方で、侑子さんから四月一日達がいる世界にも小狼とさくらはいるということを四月一日が聞いて、四月一日が「カードキャプターさくら」のさくらが使ってたステッキを持って「会ってみたいな」と語る場面があるんですが、これ、最近のさくらと小狼が四月一日と誕生日をキーに繋がっているという伏線からすると、単なる作品クロスオーバーのお遊び要素じゃなくて、物語の本編に関わる伏線のような気がしてきています。というか、ぶっちゃけ、「四月一日は真・小狼と真・さくらの血縁(子ども?)だよね?四月一日に両親の記憶が無いのは、何らかの形で対価に「関係性」を差し出して真・小狼と真・さくら(たぶん)が四月一日を守ってるんだよね?

 それにしても、写身という虚構の存在同士、写身サクラが写身小狼に向かって「好き」を伝えようとした所、

 「貴方が……す」(写身サクラ)

 まで伝えた所で写身サクラが消滅して桜の花びらになるという演出はかなりの鳥肌演出。四月一日くんの誕生日のシーンから、四月一日くんの虚構性が明らかになるXXXHOLiC12巻ラストの所まで、ツバサ&XXXHOLiCで「桜の花びら」が描かれてるのは何らかの「虚構性」を象徴させているんだと思うんですが、「好き」とは伝えられず、「す」で消滅してしまうという「虚構性」全開のシーンで舞い散る桜の花びらというのが神がかってます。そして、何か絶叫してるような写身小狼のカットが入って、写身小狼が桜の花びら一枚を握りしめようとするという。写身サクラと写身小狼の虚構性恋愛、ここに極まれりという感じでした。

 最後は、カイル先生登場で写身サクラの躰の方を飛王側に奪われて引き。夢の方の写身サクラは今回消滅してしまったんですが、次元の記憶を刻んだ躰の方は無事でカイル先生が持っていったのと、「真」二人が生きてる限り終わりじゃないと写身サクラが消滅間際に言ってることから、まだ写身サクラには希望が残ってるっぽいですよ。

●あと

 さくらが写身サクラだと語っていた所のリアクションからして、黒鋼は知らなかったけど、ファイは知っていたっぽいですね。そして、もちろん真・小狼も知っていたと。インフィニティ編の辺りとか、ぎくしゃくしながらも、それでも本当のさくらじゃないと知っていても誠実に対応してくれた真・小狼に対して、だからこそ写身サクラも自由になって欲しいと願った感じなんでしょうか。真・小狼は写身サクラだと知っていながらああやって接していた、だからこそ最後に写身サクラは真・小狼を「小狼君」と呼んだという。インフィニティ編は今読み返すとかなり泣けます。

●ツバサ/感想/Chapitre.180「姫の在る場所」

 東京編ラストの反転に続いての再びの反転。そして反転の反転だから繰り返し。

 物語冒頭で写身サクラの心を無くした写身小狼は侑子さんに対価と引き替えに写身サクラの生存を願った。反転部分の東京編ラストでは、今度は写身小狼の方が心を無くし、逆に写身サクラが写身小狼の心を取り戻すという願いを願った。そして今回、魂が消滅して再び心を失った写身サクラに対して、今度は真・小狼が二人のさくら(サクラ)の生存を願う。リフレインされる、

 「さくらは絶対死なせない」

 の言葉。

 ただ、第一話冒頭と違うのは、願っているのが写身小狼ではなく真・小狼である点と、黒鋼とファイがそれぞれの物語を終えて、明確に自らの意志でその願いに同調していること。

 「行く」「行きます」(黒鋼・ファイ)

 の所が熱かった。物語冒頭では自分の世界に帰るため、自分の世界から逃げるためというそれぞれの理由からバラバラに同調していた黒鋼とファイが、物語の末にサクラの救済という点で一致。やはり、東京編以前の旅も、東京編以後の旅も、そこで培われた関係性は無為なものではなかった。

 あるいは魂の方が消滅してるから、例え躰を取り戻して生きていても写身サクラは物語冒頭と同じく、旅で培われた写身小狼、真・小狼、黒鋼、ファイ、モコナとの関係性は忘れてしまっているのかもしれない。それでも、物語冒頭の写身小狼と同じく、真・小狼は「さくらは絶対に死なせない」という言葉を口にし、黒鋼とファイはそれに同調する。

 物語冒頭の願いの時も根っこではバラバラ、東京編ラストの願いの時も全てが反転したゆえにやはり根っこではバラバラ、だけど、今回はついに皆の意志が一つになって願ってる感じがするのは僕だけでしょうか。いよいよ最終章が幕を開けそうです。

●ツバサ/感想/Chapitre.181「未来の国」

 予想通り、記憶に関して四月一日くんの主観があやふやなのは、何かしらの願いの対価に関係性を侑子さんに差し出していたから。そして、その願いは真・小狼と同じとのことで、現段階で判明している真・小狼の願いとは前回の「さくらは絶対死なせない」に代表&「東京編」ラストの「取り戻したいものがある」から示唆されている真・さくらの救済しか今のところ示されてないので、そこから考えると、四月一日が願った「願い」も真・さくら絡み。これはもう、四月一日が「カードキャプターさくら」のさくらのステッキを持っていつか会ってみたいと語る「XXXHOLiC」のシーン及び、さくらと小狼の誕生日が同じ四月一日という伏線から、四月一日は真・小狼と真・さくらの血縁(つーかたぶん子どものような)という何回か前の感想で書いた予想がかなり有力かと。

 そして、前々回、写身サクラの魂が消滅したんですが、逆に真・さくらの方は躰が消滅していたという展開。これは、アレか、やっぱり躰は写身サクラなんだけど、魂は真・さくらという合体展開になるのだろうか。つまりは、物語冒頭で差し出した旅に出る以前の小狼との記憶(真・さくらの魂が保持)は、逆転展開で残っているのに、逆に、旅に出た以降の写身サクラが獲得した、二人の小狼やモコナ、黒鋼、ファイと培った記憶(前々回の魂の消滅と共に消滅)は消えてしまっているという、そういう切ない展開になるのか。

 最後に、写身サクラの躰の記憶が何かしら旅の記憶を残していた。虚構の旅も確かに存在していた……みたいなラストだったら絶対泣くだろうな……。

 そんな感じで、ラスボス飛王と救済すべきさくら(サクラ)ははじまりの地「玖楼国」にという所で、真・小狼、黒鋼、ファイがこれまでの旅を回想という、最終決戦前夜な展開に。これ、たぶん2008年以内に終幕しそう。寂しいけど、早く結末を目撃したい複雑な心境。

●どーでもいいですが。

 今話の扉絵の、さくら×サクラはクリティカルヒット。微妙な倒錯感と、さくら大好き人間的にはたまらない!という気持ちが同時に押し寄せてきて、思わずガン視。CLAMP関係のサーチさまは、急いでカップリングにさくら×サクラを加えなくては!

●ツバサ/感想/Chapitre.182「誓いの夜」

 二つのリフレイン。その両方が、表面的な形式は同じだけど、中身は物語冒頭よりも成長しているという。

 まずは「鷹王」という真名を明かしながらの、黒鋼と知世姫の誓いの儀式のリフレイン。幼い頃に行った時は、まだ本当の強さを知らなかった黒鋼だけど、今は知っているという中身の成長(#ちなみに、このシーンの所で知世姫がまた何かしたっぽい。最終戦での黒鋼のカードか)。

 そして、物語冒頭の旅立ちとまったく同じ装束に身を包んだ三人が、再び旅立つというリフレイン。あの時は三人の思惑がバラバラだったけど、今は物語の末に三人の気持ちが一致しているという成長(#ただし、小狼は中身が真・小狼に変わっている。この点を、同じリフレインでも、銀竜が諏訪のホンモノの銀竜になっているのと、小狼が写身じゃないホンモノの小狼になっているのを重ねて描いているものと思われる)。

 そして、真・小狼が写身小狼が着ていた物語冒頭の服を纏ったことで、いよいよ、物語超冒頭の、筒状の入れ物の中で分かたれる小狼とさくらという絵(公式ガイドブックで、物語の末にこのシーンに辿り着くという大川さんのコメントがある)の意味がほぼ明らかに。

 たぶん、あの筒の中のシーンでお互いを求め合う小狼とさくらの気持ちはホンモノなんだけど、体の方が、その気持ちが培われた時とはお互い変わってしまっているという場面なのだと。

 小狼とさくらの気持ちが形成されたのは玖楼国からの旅立ち以前なワケですが、真・さくらの魂はその気持ちを覚えていてああやって小狼と惹かれ合っているんだけど、その実、躰の方は今は写身サクラのもの。真・小狼の方も、ずっと写身を通して玖楼国以前のさくらへの感情が形成される過程を見てきたので、魂の方はさくらに惹かれているのは分かるんだけど、その実、今の躰はその気持ちが形成された時に纏っていた写身のものではなく、ホンモノのモノになっているという。お互い、躰が違っているのに、魂では惹かれ合っているという、そういうシチェーション。その気持ちはホンモノと言えるのか、虚構に過ぎないのか、意味はあるのか、無いのか、と、そんな感じ。まあ、意味はあった、というか、そうやって魂だけで惹かれ合ってる真・さくらと真・小狼の気持ちも、躰だけが覚えている写身サクラと写身小狼の気持ちにも、意味はあった……と落としてくれると信じてるんですけど、躰が変わっても魂だけで惹かれ合ってるというあの筒の中のシーンは、究極のプラトニックLOVEな感じ(そして、結局交われないで分かたれるというのもそんな感じ)。

 とにかく、その構成の凄さに圧倒されます。いや、最後に意味合いを反転させながら物語冒頭に繋げるという構成自体は思いつくけど、それを商業誌の週刊連載で、ちゃんと回収するまで人気を保持して連載しきっている、最初に創り上げた作品の物語構成イメージ(最初は大川さんの頭の中にだけあったのでしょう)を外界に実現化してみせたという事実に感動します。おそらく、ここまで来たら最初の構成通り、実現しきって完結してくれることだと思います。物語開始から5年越しとか、もうそれくらいでしょうか。商業誌、それも第一線のマガジンでこんな漫画が創れたんだなと、まだ完結してないけど、既に感動しきりなのでした。

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