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 「私は、おまえを犯(ころ)したい」(式)

 劇場版を見てきたのに触発されての、『空の境界』再読感想です。結末までのネタバレ前提で語っておりますので、結末まで未読の方はご注意下さい。
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 作品全体の感想なんかは下のリンクから飛べる初読時感想なんかを読んで頂きたいんですが、今回第二章「殺人考察(前)」を再読して思ったのは、登場人物が「根拠の無い確信を守り通す」という全編、というか『Fate/stay night』を含めて奈須きのこ作品全般に流れる思想がこの第二章で既に色濃く描かれているなと思ったこと。

 『Fate/stay night』も士郎の正義の味方になるという信念にまつわる物語だけど、その信念がどうして形成されたかについては外部からの影響がどうこうではなく、「根拠の無い確信」に基づいているという話。

 そして、『空の境界』に至っては、式が唯一生きている実感を得ることができる「殺人衝動」に関しても、それは特に根拠の無い自分自身の内側くる抗えない衝動として描かれているし、第五章の臙条巴の式への感情も、結局は根拠の無い確信だったという所へ収束して行きます。

 で、この第二章でフォーカスが当たっているのは、幹也の式へ対する感情、まあ恋愛感情なんですが、そのバックボーンもまた根拠のない確信に基づいているという点だと思います。終盤の劇場版のキービジュアルにもなってる夕日の教室のシーンで、自分の式への感情を問われて、幹也は、

 根拠はないんだ。けど、僕は式を信じ続けるんじゃないかな。……うん、君が好きだから、信じ続けていたいんだ」(黒桐幹也)

 と答えてる訳です。自分の信念だとか恋愛感情だとかに、根拠を問うても無意味。何故ならそういうのは「何々だから、こうだ」という理屈を超えた部分の思想だったり心情だったりするから。

 で、奈須きのこ作品のダークなというか、捻っている所は、そういった「根拠のない確信」を貫き通す様を肯定的にカッコよく描き切るのかと思えば、たいてい一度その自分が抱いていた「根拠のない確信」すら、偽物だった、虚構だったと一度転覆させるんですね。

 Fateだったら、士郎の正義の味方になりたい、全員救済したいという理想は、実は「士郎本人のものではなく、衛宮切嗣の理想を自分のものだと勘違いしていた」ということで一度転覆しますし、式の殺人衝動は作品のラストの第三の両儀式登場時における、第三の両儀式の式の殺人衝動は式のものではなく私のものという部分で転覆しますし、第五章の臙条巴の式への感情も、終盤に実は荒耶宗蓮が巴がマンションを脱出した際にそう思うように巴にかけていた暗示だったことが明らかになります。

 それと同じく、この章で美しく描かれる幹也の式に対する「根拠の無い」恋愛感情も、作品のラストに幹也が最初に式を見て何か(たぶん最初の恋愛感情)を感じた時の式は、実は全編を通して描かれている女の子の式ではなく、第三の両儀式だったということが明らかになり、その感情に虚構性を付与されてしまいます。

 ただ、もちろんそういった転覆はそうして抱いた感情を否定するものではなく、そういった感情は虚構のものだったかもしれないけれど、その感情を抱いて本気で過ごした過程・時間は無駄だったのかね?という問いかけとしてさらに裏返って収束します。

 Fateの士郎に関して言えば凛ルートのクライマックスがそうですし(例え偽物でもホンモノだと、アーチャーを圧倒する所と、最後の士郎をフェイカーと嘲ったギルガメッシュを偽物の剣を作る無限の剣製を発動させて倒す所。セイバールート、凛ルート自体が桜ルートでもう一度転覆するのでこっちはさらに複雑ですが)、式の殺人衝動に関しても例え自分のものではなかったとしても殺人の罪を二人で背負って生きるという物語で形成された幹也との絆はホンモノだという感じで締められていますし、臙条巴に関しても、全てが偽物だった巴が稼いだ僅かな時間が決定打になるという形で、その過程には意味があったという風にまとめられていたと思います。それはもちろん幹也の式に関する感情しかりで、たとえ最初に感じた感情が第三の両儀式によるものだったとしても、幹也は女の子の方の式が待つ場所へ帰っていく……という風な結末を作品のラストパラダイムからは感じることができます。やはり、偽物の感情だったのかもしれないけれど、そうだと確信して式と過ごした物語の過程は無駄じゃなかったという結末。

 そういった流れの起点が描かれているという点で、やはりこの第二章「殺人考察(前)」は大変趣が深いのです。

 あとそういった、信じていたものが虚構だった……というのを作中のキャラだけじゃなくて、読者にまでメタに仕掛けたいわゆる叙述トリックを使ってるのが、この第二章冒頭の、

 「――1995年4月 僕は彼女に出会った」

 だったりな所とか今回再読して気付きましたね(この一文はこの時点で幹也のモノローグだと思わせておいて、実は白純里緒のものだったと最終章で明かされる)。本当、作中で、作外で、虚実裏返すこの書き方はすごいです。

→大変良かった劇場版

劇場版「空の境界」 俯瞰風景 【完全生産限定版】

劇場版「空の境界」 殺人考察(前) 【完全生産限定版】

劇場版「空の境界」 痛覚残留 【完全生産限定版】

→前回:第一章「俯瞰風景」の感想へ
→次回:第三章「痛覚残留」の感想へ
観てきた劇場版、第一章〜第三章の感想へ
講談社ノベルスでの初読時の全体感想へ
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