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 『コードギアスR2』第14話「ギアス狩り」の感想&トラックバックセンター記事です。
 前回第13話「過去からの刺客」の感想&トラックバックセンター記事では、7100PV/WEEK超えのご好評を頂いてありがとうございました。前シリーズでの運営経験を生かして、TBセンター記事は早めに立てておきますので、今回も感想記事を書いたブログ管理人の方はふるってトラックバック頂けたら幸いです。なお、記事中はネタバレが前提となりますことをあらかじめご了承下さい。
 ◇

<追記:感想アップしました>

◇以下本編感想◇

 「関わらねば良かった。あんな女」(バトレー)

 第一期はブリタニアを否定するための戦いをしてるはずなのに、結果のためには犠牲を厭わない姿勢が実はブリタニア的でもあるという矛盾を抱えたままルルーシュは戦っていて、その点が破滅エンドに辿り着いた一つの要因として設定されていると思って見ていました。

 で、R2っていうのは、秘匿とか、強制とか、上記の矛盾とか、そういった第一期で破滅エンドに辿り着いてしまった否の要因をルルーシュが修正しながらトゥルーエンドへ向かっている。特に、ブリタニアと同じ犠牲を強いる戦い方に関しては、R2ではナナリーが示した(というかユフィから継いだ)「優しい世界」、もっと優しく変わっていけるはずという考え方にルルーシュはだいぶ影響を受けるというイベントがあって(R2第6話〜第8話あたりですね)、うまくブリタニアイズムとは違ったルルーシュイズムを出して順調にハッピーエンドに向かっていた感がR2第1クールにはあったのですが、前回で作中でルルーシュが想い描いていたハッピーエンドの形であった「生徒会全員で花火」がシャーリーの死によって打ち砕かれて、一気に修正していたパラメータが逆戻りしてしまった感じです。

 今回の黒の騎士団のゲストキャラに「これじゃブリタニアと同じだ」と分かりやすく言わせていますが、これは第一期の間にルルーシュがはらんでいた矛盾なんですね。R2第1クールではそこを修正していたのに、また逆戻り。

 もう一つの大きな作中の否の要素、「秘匿」に関してもそうですね。せっかく、第一期ではあった様々なルルーシュの秘匿がR2第1クールでは解放されていて上手く進んでいたのに、今回はまたしても黒の騎士団のコアメンバーには秘匿して一種の虐殺作戦を慣行してしまうという。これでは、第一期ラストに黒の騎士団コアメンバーに色々秘匿したままナナリーをさらったV.V.の元に走って全てを失ったケースの繰り返しです(実際、色々秘匿したままV.V.の元にルルーシュとC.C.で挑むという構図が第一期ラストとかなり重ねて描かれていた回だと思う訳ですが)。

 そしてネガティブ要素はスザクもそうですね。これも「もう手段を選ばない」と分かりやすくスザク自身に言わせていますが、結果のために手段を選ばないルルーシュ(というかゼロ)のやり方をスザクは否定するために戦っているのに、今回そんな自分で否定しているやり方である過程無視の手段でカレンからルルーシュのことを聞き出そうとしてしまっているという。

 しかもここは、「秘匿の強制暴露」と「自由意志の蹂躙」という、作中の二大否定要素をそのままスザクが慣行しようとしているという恐ろしい場面です。コードギアス作中には、秘匿を強制的に暴露してしまうケースと、相手の自由意志を無視して自分の意志を「強制」してしまったケースは、絶対にネガティブな結果を招くという、視聴者向けのメッセージを含んでると思われる暗黙のルールがあるんですが、今回はリフレインを使ってカレンの秘匿を強制暴露しつつ、カレンの自由意志をねじ曲げて語らせようとしているという、もう作中否も作中否。秘匿を強制暴露して滅びたマオの話や、ギアスを使って他者の自由意志をねじ曲げてきたルルーシュが報いを受けたパターンをそのまま踏襲です。それではダメだよ、秘匿は自らの自由意志で打ち明けて貰わなくてはならないし、自分の意志を強制して相手をコントロールするんじゃなくて相手の自由意志、「想いの力」を尊重することが尊いんだよということを繰り返し描いてきたのに、ここでまた逆戻りという。

 また、カレンは第一期ラストに生徒会の仲間のために自らの秘匿を自由意志で打ち明けたという、このテーマの一種の是の体現というキャラなんですが、それが今度はスザクから強制されて自由意志をねじ曲げられ、かつ秘匿を強制暴露される側に回ってしまうという。これ、本当にそのままリフレイン打たれちゃったのかな、作中の無秘匿、自由意志の象徴キャラであるナナリーが(R2第6話の感想参照)ギリギリで助けたりとかしなかったんだろうか。

 とまあ、という感じで、シャーリーの死をきっかけに、色々いい方に修正されていたR2第1クールの諸々が、破滅エンドに辿り着いた第一期の頃に逆戻り。これはどうなるんだろう。二回繰り返してもダメだった。一度秘匿とか強制をたよりに罪を犯したものはどうやっても救われませんという話も微妙なので(あんまり繰り返し構造で二回やる意味がない気がする)、R2第6話のナナリー(&ユフィ)の「やり直せるはずです」が、ここから決まって最後に逆転することをまだ信じてますよ。

●C.C.の物語

 コードギアスは、国レベルのマクロのお話でも、キャラクター個人のお話でも、名前(アイデンティティ)を取り戻すお話だというのは前回の感想でも書いたんですが、この物語の最後を作中で飾るのがたぶんC.C.で、C.C.の名前(と「願い」の予想)に関するお話は第一期の第10話「紅蓮舞う」の感想第11話「ナリタ攻防戦」の感想の頃から詳しく書いていたものから今でも変わってないです。

 だから、時々マリアンヌらしき存在と交信している複合アイデンティティ的な描写、長い時間相当孤独に過ごしてきたらしい断片的な描写から、今回の、

 「関わらねば良かった。あんな女」(バトレー)

 は、突き刺さるんですね。第一期第10話、第11話の「雪」の比喩にあった、アイデンティティロスト少女、それがC.C.なので、本当の名前を知っているルルーシュは、彼女にそれを取り戻してあげないといけない。ルルーシュ自身が自分のアイデンティティを奪還する物語の途中ですが、その物語の末に、C.C.の名前を取り戻せるのか。最終クールに入って、このたぶんこの作品の最後の物語のコアになる部分にも仕込みを入れてきた感じです。

 お互いのアイデンティティ、「Allルルーシュ→←本当の名前の少女」はお互い同士しか同定できない。これがルルーシュとC.C.の関係(作中の言葉だと「共犯者」関係)のコアですからね。

●「優しい世界=本当の生徒会」の敵はロロだった

 前回シャーリーがロロによって殺されて作中の目的であった「『生徒会全員で花火』が実現した時が『優しい世界の実現』フラグ」が叩き折られた訳ですが、考えてみれば、「優しい世界=本当の生徒会」を叩き壊すのにロロほどふさわしいキャラもいなかったんですよね。ルルーシュがR2第7話で幻視した本当の生徒会にロロが入っていないのは放映当初から注目ポイントでしたが、この本当の生徒会が実現したら、そこに居場所がない、一番困るのはロロな訳で。

 ロロにとっては、「優しい世界」<「ルルーシュと二人だけのセカイ」な訳で。ここに、作品としての打倒対象が実はロロ(のあり方)であるという構図を見ました。

●世界は二人だけで出来てはいない

 少し眠くなる話なので読み飛ばしてもらっていいのですが、一応「世界」との関わりという主題から見た、一般作品を含めてのコードギアスという作品の位置づけ。

 「セカイ系」という言葉も意味合いが拡散していて定義が難しいですが、『最終兵器彼女』(よくセカイ系の代表にあげられる)のような、「キミとボクの二人の関係が社会を吹っ飛ばしてそのまま世界のあり方であるかのような主題を扱っている作品」と暫定的に定義すると、「キミのために世界を壊す」がキャッチコピーで、ナナリーのために世界を壊す、つまりルルーシュとナナリーの関係の二人のあり方がそのまま世界のあり方と連動しているかのような錯覚(と敢えて言いますけど)を行動原理としてルルーシュが突き進んでいたコードギアス第一期も、セカイ系的な側面があったと言えると思います。

 で、だけどセカイ系否定の作品というのもまた最近ではスタンダードで、実はあんまり信じてもらえないけど、最近で一番それを色濃くやったのは『仮面ライダーカブト』だと僕は思ってたりするんですが(この記事参照)、コードギアスも第一期でセカイ系的な負の側面を描いておいて、それをR2で修正することでセカイ系否定している側面があると思うのですよ。

 それがやっぱりR2第6話〜第7話で、ルルーシュは、ルルーシュの「キミ」だったはずのナナリーから自分を否定されてしまうんですね。ボクとキミ=セカイだと思ってたのはルルーシュだけで、ナナリーは彼女自身の自由意志で、かなり能動的に世界と関わろうとしていたという。

 そこで一旦打ち砕かれてから、ナナリー=セカイを脱却して、生徒会の皆(に象徴される色んな立場の人達)のために頑張ろうと、世界(社会)へのパスがルルーシュの中で開けたのが、R2第7話「棄てられた仮面」。

 なんだけど、そんなセカイ系を脱却したルルーシュのあり方は都合が悪いキャラがいる訳ですね。

 それが勿論ロロです。

 ロロにとっては、「キミとボク=セカイ」ならぬ、「兄さんとボク=セカイ」のあり方が望ましい訳です(だから第7話で傷心のルルーシュに、ボクと兄さんだけのセカイに閉じこもろう的な誘いを出すシーンがある)。

 だから、ナナリーVSロロっていうのは、表面上、「真実の妹VS偽りの弟」という構図で真偽の是非のテーマを描くのに貢献してるだけじゃなく、もうちょっと深く読むと、「否セカイ系VSセカイ系」の対立でもあるなと最近思った訳です。「優しい世界」という言葉に象徴される、ルルーシュも含めた色んな立場の人が共存できる世界を目指して社会と関わりながら理想を追っているナナリー(否セカイ系)VS兄さんとボクのセカイに閉じこもろうとしているロロ(セカイ系)、という構図ですよ。

 で、さらに「兄弟」というキーワードがルルーシュとロロだけじゃなく、V.V.とシャルルにも重なっていく訳ですが、今回を見ると、V.V.の目的もちょっとセカイ系っぽい気がする。兄弟が最も美しいと言いつつ、何かと現存の世界を否定するかのような発言を繰り返すV.V.は、「シャルルとボク」のセカイを一般世界にまで強制しようとしてるかのような印象を受けます。

 なので、最終章の見所は、セカイ系的な「閉じてしまう」罠にハマっていたルルーシュが、色んな人達のおかげでそこから脱出した後(言うなれば、セカイ系からの脱出っていうのは、キミとボク以外の、世の中の色んな人の自由意志にアンテナを張るってことだと思うので)、未だに閉じこもろうとしているロロ&V.V.(暫定)を如何に打破していけるか(物理的に倒すとかじゃなくて、ロロにも外側の世界に視野を広げて貰うとかの精神的な改心でもいいんで)なような気がしました。

 アーカーシャの剣は、実はこういった主題に関わってくる設定なんじゃないかと考えてる話もあるんですが、長くなってきたので、その辺りはまた今度!

◇この感想記事はトラックバックセンターの役割も兼ねています。今話の感想(レビュー、考察、etc、関係する記事なら基本的になんでもOKです)をお書きになった方がいらっしゃいましたら、報告義務とかありませんので、気楽にこの記事にトラックバックして頂けたら幸いです。後日僕の方からも返させて頂きます。色んな感想を読みたい人のための一つのインデックスみたくできたら嬉しいと思います。ご協力頂ければ幸いです。

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