劇場版「空の境界」 忘却録音 【完全生産限定版】 [DVD]  さて、本日『劇場版空の境界』第六章「忘却録音」のDVDが発売した訳ですが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。
 去年の冬コミ時期に劇場で観た時の感想はこちら(劇場版空の境界/第六章「忘却録音」/感想)に書いておりますが、改めてDVDで見てムクムクと書いておきたいことが沸き上がってきたので、書きとどめておきます。大きく原作及び劇場版のネタバレを含みますのでその点はご注意下さい。
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 原作小説版の根本にキリスト教の問題があった事件の真相も骨太で良かったですが、劇場版の麻薬中毒という真相も、意外と少女小説的にマッチしていてこれはこれで完成度が高いな、と改めて思いました。単純に鮮花祭りにするための改編という訳でもなく、ちゃんと意味がある。

 まずは、奈須きのこ氏に武内崇さんが各種インタビューで氷室冴子『雑居時代』を出したり、少女小説に言及したりと、TYPE-MOON作品、特に『魔法使いの夜』(おそらく)と『空の境界』の第六章は、かなり少女小説の系譜を継いでいるという点。

 鮮花自体が、恋慕を寄せる血縁者のために頑張る優等生(を演じている)女の子というキャラ造形自体がまんま『雑居時代』の主人公である倉橋数子さんな訳ですが、そういう表面的な系譜だけではなく、少女小説の根本として、「空想」というものが特に劇場版第六章ではクローズアップされています。

 少女小説と空想に関しては、そもそも『赤毛のアン』とかから語り始めないといけないのですが、もの凄く大ざっぱに捉えると、少女時代の女の子が抱えている、現実と空想の境目が曖昧なような、フワフワした感覚です。

 かなり昔から少女小説(創作)ではこの感覚が切り取られ続けていて、それが「現実に混じり込んでくるファンタジー要素」という少女小説(創作)造形に繋がっていきます。海外を除くと、紺野キタ『ひみつの階段』なんかが日本における一つの到達点だと僕なんかは思っていたりします。そういう作品と系譜化して、『マリア様がみてる』なんかが捉えられるというのもちょくちょく書いていた通り。最新刊の『マリア様がみてる リトルホラーズ』に収録されている話なんかは、特にこの空想のようなファンタジー要素が顕著ですよね。そして、『ひみつの階段』『マリア様がみてる』『劇場版空の境界第六章「忘却録音」』と、実社会から離れた女学園という舞台が、このような空想のテーマを表現するにあたって効果的な装置になるというのも、偶然では無いと思います。

 さて、そこでこの『劇場版空の境界第六章「忘却録音」』が少女小説的に何なのかというと、

 空想VS現実にいる少女

 という大袈裟に言えばイデオロギー対決。

 もうちょっと作品名もあげて具体的に「VS構造」にしてみれば、

 『ひみつの階段』的ファンタジー空間VS『雑居時代』の倉橋さん家の数子さん

 みたいな感じ。

 当然、後者が鮮花ね。そうなると、前者を担ってるのは黄路美沙夜です。

 クライマックスのバトル前の、

 「あなたの復讐は、あなたが望んだだけの都合のいい空想だって」(黒桐鮮花)

 の台詞に凝縮されていると思うんですが、黄路先輩の行動動機が、劇場版では空想の産物な訳じゃないですか。で、そこに最初にあげた麻薬中毒だったオチが上手く効いてるという部分がかかってくる訳ですが、ここで空想を述べる黄路先輩に、鮮花が現実の真相を叩きつける場面が、すごいパンチが効いている。麻薬でラリってたんだよ、と(笑)。

 この、

 少女の空想VS麻薬が見せていた幻覚

 という象徴要素対決が上手いと思うんですが、黄路先輩は、少女時代の現実と空想が入り交じったフワフワした感覚をそのまま切り取っている、本当少女小説的なキャラなんです。『ひみつの階段』にときどきファンタジー要素が介入してくるように、礼園女学院にも、そんなファンタジー要素があるんじゃないかと思わせてくれる、妖精を操る空想的な女の子です。

 だけど鮮花は『雑居時代』の数子さんなので、空想だけでやっていけないことをもう受け入れているというか、色々、恋慕の人をオトすために非常に戦略的に行動したり、現実に即した努力を異常な量こなしたりしている。そういう現実の基盤を受け入れた『雑居時代』的少女主人公なので、麻薬でラリってたみたいなフワフワ少女には言いづらいことでも、グサリと黄路先輩に叩きつける。鮮花が抱いているのは、奈須きのこ作品のキーワード的に言えば、空想と言うよりも、「理想」という感じ。いつまでも空想の中でフワフワしているだけじゃ理想に辿り着けないことを、鮮花はとっくに受け入れている。これが、少女的空想世界のままで夢いっぱいに終幕する系譜の少女小説と、現実と理想の狭間でもがきながらも可憐に振る舞ってみせる『雑居時代』タイプの系譜の少女小説とが、系譜VS系譜になっていて、そこにメタなイデオロギー対決を見て取ることもそれほど突飛でもないように思われます。

 黄路先輩がフワフワ空想少女の代名詞みたいな妖精攻撃を鮮花に仕掛けるんですが、そこで鮮花が使うのが「炎」ですよ。

 妖精さんVS火炎。

 空想ファンタジー攻撃VSマジ(リアル)で殺せる殺戮火炎。

 もう、黄路先輩が放つ妖精さんを鮮花が炎で片っ端から焼き殺していく所とか、すごいシーンですよ。想像力や理想の夢の世界は少女小説的に忘れてはならないものです。それを失ってしまったら、あの曲がり角の向こうに何も感じられなくなってしまうから(『赤毛のアン』ね)。だけど、それだけでもダメ。少女小説の少女は、特に日本では『雑居時代』以降、現実を受け入れたのかもしれないから。だから、必要なら、鮮花は妖精さんも焼き殺す。

 これまたふわふわファンタジー少女の象徴と捉えられそうな「スカート」を破り捨ててからの鮮花さんの猛攻とか、マジでヤバイ。爆熱鮮花フィンガーから、とどめは「かかと落とし」ですよ。ふわふわ空想少女が攻撃は妖精さんを光の矢にして魔法みたいに飛ばして……とか考えている間に、鮮花さんは、攻撃だったらプロ格闘家に学ぼうと、たぶんアンディ・フグのビデオを繰り返し再生していた。こんな女の子に妖精さんが勝てる訳がない。

 ふわふわ空想の権化みたいな大妖精さんを、鮮花さんがかかと落としを食らわせてブチ殺すという図には、鮮花さんが少女小説的に何かを終わらせた感が。原作ではこれらのシーンはほとんど無く、少女小説的メタ解釈もそんなに成り立たないんですが、劇場版はこんな状態であります。そりゃ、奈須さんも、日記に、「そりゃあ妖精も乱舞するし妹もゴッドフィンガーぐらい撃ちますよ。」と書くというものです。

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 とまあ、色々と面白いものが受け取れる、傑作少女創作(と捉えられる作品)であります。鮮花がブチ殺したのは黄路先輩的少女の空想そのものではなく(最後はむしろ黄路先輩を助けた感じだからね)、その背後にあるもの、とか、色々語り続けられそうですが、それはまたの機会に。何度も繰り返し見ようと思います。

劇場版「空の境界」 忘却録音 【完全生産限定版】 [DVD]
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劇場版「空の境界」 忘却録音 【通常版】 [DVD]
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