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 今週のジャンプの「めだかボックス」第22箱「君達はどう思いました?」を読んでの雑感です。
 ネタバレ注意です。
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 昨日バンダイチャンネルでWEB視聴した秋アニメの「とある科学の超電磁砲」の第1話もそんな要素があったんですが、能力格差というのは、現代人にとってかなり臨場感をもって考えるきっかけになる主題だと思います。

 というのも、メディアの変遷にともなって一般人にアクセスできる情報源が爆発的に増えたので、質の高い情報にアクセスするか低い情報にアクセスするかで、かつてなく大衆の中での能力格差が開きやすい時代ですので。で、残念ながら情報源に基づいて知力的に上回った側が、下回った側をコントロールしようとするのが歴史の常だったりします。オルテガという人の『大衆の反逆』って本なんかも読みましたが、一昔前にそういう書籍で問題提起されていた大衆の存在が、いつになく意識させられる昨今です。

 オルテガさんも誠実な立ち位置で『大衆の反逆』を書きながらも、本心では愚かな大衆をバカにしてる気持ちがあったんじゃないかと僕なんかは邪推する訳ですが、そういう知力的な優秀人と大衆との関係というのは、フィクションを通じても色々考えさせられる最近です。

 フィクションだとコードギアスなんかも、ディートハルトっていう大衆問題を意識させられるキャラクターがいて、そこに、大衆には容赦なく自由意志を蹂躙するギアスを使うんだけど、能力値的に大衆となんら変わらないシャーリーやリヴァルの自由意志は踏みにじりたくない、というルルーシュの内側の物語が関わってきていたりしました。この場合、ルルーシュは知力的、能力的に優れすぎてしまった非大衆人の代表で、めだかちゃんなんかとそこは似ている点ということで。

 で、「めだかボックス」は、非大衆人、優秀すぎるめだかちゃんの、絶対に大衆を見捨てない・見下さないという信念と、だけどどんなにめだかちゃんがそう思っても、地頭が良すぎるめだかちゃんは本当の意味で大衆の気持ちが理解できないし、大衆からもめだかちゃんは本当には理解してもらえないという、孤独、ちょうどヱヴァ・破が凄かった年なので例に出せば、変則ヤマアラシのジレンマみたいなのが描かれているお話だと思うのね。その意味で、いずみのさんのこの記事でさらっと書いてある

「そこでめだかちゃんが他のキャラの背後で人マネしている描写について、「彼女は他人の気持ちを理解できないと自覚した上で、他の人間をわかろう(人間になろう/近付こう)としているのがあの行為の意味なんじゃないか」みたいに言ってたんです」

 という指摘は大変鋭く、なるほどなと思ったのでした。

 これは、上で書いた結構昔から提起されていた「大衆」問題が関わっている点で、アイシールド21みたいなシンプルな才能の問題を主題にした作品よりも、なんか僕には突き刺さってくるなぁ。

 今の所この能力値問題、大衆問題を乗り越えられる可能性が伏線として描かれているのはまあやっぱり善吉くんで、陳腐と言われれば陳腐だけとやっぱり「愛」なのかな、と(笑)。優秀な人が優秀な人を好きになるとは限らず、大衆は大衆しか好きにならないというのも、やっぱり違うので、愛には優秀さも大衆も関係ない、みたいな。

 第1話の最後のページの、手を繋いでる幼めだかちゃんと幼善吉くんの絵はすごくイイですよね。ジャンプ連載分のここ数話を読んでから読み返すと、とても奇跡的で感動的な絵に見えます。

めだかボックス 1 (ジャンプコミックス)

大衆の反逆 (ちくま学芸文庫)
大衆の反逆 (ちくま学芸文庫)

→前回:第19箱「黒神めだかの真骨頂その4」の感想へ
→次回:めだかちゃんの真似(コピー)描写と「ふたりはプリキュア」へ
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