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 本日放映だった、NHK朝の連続テレビ小説『てっぱん(公式サイト)』最終回の感想です。
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 NHKの朝の連ドラとは、あんまり相性がよくないなと思っていたのですが、『てっぱん』は良い作品だと思いました。母親が見てるので、朝の家事などやりながらちょくちょく視聴しているうちに、引き込まれていく部分がありました。

 「共同体の回復」という、ここしばらくのNHK連続テレビ小説では必ず扱わなくてはいけないという勢いの題材を扱いながら、「夢を追うということは、共同体を失うことかもしれない」という部分をシビアに描いていたのが好感でした。

 夢を追うこと、というか、近代を席巻した価値観、「より強く、より速く、より大きく」みたいなのを目指そうよ、という価値観を代表する登場人物が劇中には二人いて、そのまま陸上選手として、「より強く、より速く」を目指している滝沢くんと、物語の当初はマーケティングで「より大きく」商品を売ることが是、みたいなことを言っていたのぞみさんです。

 一方で、初音お祖母ちゃんとあかりを中心とする田中荘の面々は、どちらかというとそういう近代の価値観には適応できずに落ちこぼれてしまった人々が形成している「共同体」です。

 結末として「共同体を回復しよう」という風に展開していって、ラストシーンが現代人がいつか夢見たような理想的な共同体の風景で幕を閉じるのは定番だと思ったんですが、一方で、ラストシーンでも、その共同体の風景に滝沢くんはいない(選抜に選ばれたとかで、一人「より速く」の世界に生き続けている)というのを描いていたのが素晴らしかったと思います。

 上述の「より強く、より速く、より大きく」というような近代的価値観を求めることと、エンディングの「理想的な共同体」を求めることは、色んな意味で相克してしまう、というのをシビアに描いていたと思います。一般的な感覚の話なら、夢を追って上京するという選択をすれば、故郷に残した家族との共同体は失う、というような話でしょうか。

 「より強く、より速く、より大きく」という近代的な価値観を求めていた滝沢くんとのぞみさんですが、のぞみさんはお腹の子を犠牲にしてでもその価値観を追い求めようと当初していたのですが、初音さんを中心とする共同体に触れていくうちに、お腹の子に象徴される「家族(疑似家族含む)」という共同体を選択することを最終的には選びます(欽也のプロポーズを受け入れる)。生まれてきた子どもの名前が「円(まどか)」で、「縁」ともかかりつつ、作中のキーアイテムであるお好み焼きの形状の「円」にもかけながら、少しずつ広がっていく共同体の輪(円)にかけて終劇するというエンディングは、見事過ぎると思いました。

 けれど一方で、陸上選手として結局「より強く、より速く、より大きく」を求道することを選んだ滝沢くんは、エンディングの共同体の輪(円)の中には入ることができない。

 最終章の焦点が、主人公のあかりが、滝沢くんのプロポーズを受け入れて福岡に行くのかどうかだったのが象徴的です。滝沢くんを選んで近代的な価値観を生き、共同体を捨てるのか、滝沢くんを捨てて初音お祖母ちゃんとの共同体を選ぶのか、という二者択一。そして、滝沢くんではなくお祖母ちゃんとの共同体をあかりは選び、生まれてきた円(まどか)に祝福の微笑みを向ける、という、明確な帰結。お祖母ちゃんの心情としては、私達の共同体なんか捨てて自分の道を行きなさい、と言いたい所なんだけど、やがてあかりの意志で共同体に残るなら、それもアリだ、とお祖母ちゃんの意識も変わっていく過程も描かれていて、大変良かった。

 滝沢くんが、陸上の栄光も欲しいが、家族という共同体(あかり)も欲しいという、ある種虫の良いことを言う訳ですが、それは叶わない、というのをシビアに描いていたのが好感でした。それでも夢を追い続ける滝沢くんが最後の風景にはいない(夢と共同体は両立しがたい)からこそ、あかりやのぞみさんが選択した「一昔前にあったような理想的な共同体(縁や円)」が、尊いものに思える。中々見事なラストだったと思います。