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 今夏の最終話公開(予定)に合わせてブログにて再連載中のオリジナル小説『夢守教会(ゆめもりきょうかい)』の続きです(最初から読む場合はこちらの目次記事から)。
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 以下が今回掲載分の小説本編となります。


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 第一話「少女のケニング」9/「二人の距離」


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「どうした?」

 場所は公園の出口から市街地へ少し入った路地脇の自販機コーナー。ペットボトルのヴォルヴィックを買って今まさに蓋を開けようとしている島谷に、私は声をかけた。

「つまらなくなったか? 確かに、エンターテイメントとしては激しくイマイチだったかもしれないな」

 私もオレンジジュースを購入し、島谷の隣に腰を下ろす。自販機の脇のベンチに二人座る形になる。

「違う」

 島谷がヴォルヴィックのペットボトルを見つめたままの姿勢でつぶやく。

「発作が始まってしまったんだ。例の発作。僕が宗教を始めるつもりになったきっかけ。最初に会った時に話したヤツさ」

 私は、その言葉を聞いてハッとして島谷の顔をまじまじと見つめる。確かに、いつもは憎らしいくらいに余裕をにじませているその顔が、随分と青白くなっている。

「もう一人の自分が自分を見てるような感覚ってやつ?」

 私は確認する。

「そうさ、だからね……」

 私は気がついた。先ほどのピアスの青年の話だと思いを巡らせる。

「もう一人の僕を見ている『自分』、その分薄まっていくここにいる『自分』、なんだかアイツの言う通り、『本当の自分』なんてどこにも無いような気がしてしまってね」

 私はオレンジジュースの蓋を開ける手を止め、島谷を見やった。この話は、島谷にとってとても大事な話だということが分かったから、正面から島谷の瞳を見ようと、そう思ったからだ。
 放心したような表情で、島谷は私を見つめている。

「理子は、理子はどう思う? 『本当の自分』って何? ここにいる僕や理子は『本当の自分』なの?」
「それは……」

 私は何かを答えようと口を開きかけたが、そのまま何も口にすることができず視線をそらしてしまった。そこで、初めて自分の感情に気がつく。なんということだろう、こんなことになってしまうなんて。今、私の心の中にとめどなく内から外へと流れ出んとする言語の清流がある。だけど、その清流に乗せてそのまま私の本心の言葉を吐き出してしまえるほどの関係性が、今の私と島谷の間にはない。

 何故なら、私は島谷に対して偽っていることがあるから。

 私は深めに息を吐き出すと、島谷の手をできるだけ優しく握りしめた。例え全てを今伝えることができなくても、できるだけのことを伝えて心の負荷を和らげてあげたいと思えるほどには、私はこの男の子のことが好きだと感じ始めていたから。

 島谷の体温が、手を媒体にして全身に伝わってくる。

「これが、この体温を感じてる島谷が、私が、本当の島谷だし本当の私だろ? それに……」

 私は続ける。

「これは真実というより、私の希望だけれど……、私は昔も今も、そして半年後の私も、同じ『自分』でありたいなんて思ってるんだ」

 文脈の無いつぶやきに、島谷は困惑したかもしれない。だけど、私はこう言うしかなかった。こうしか言えない理由があった。こう言わなければ、私がこれからやろうとしていることに、意味など無くなってしまうから。

「大丈夫だ、きっと今島谷が感じてる心の重さも、軽くなる時が来る。そのための、私たちの宗教だろ? コレから始まる私たちの宗教が、きっと島谷を救ってくれるさ」

  ◇

 結局、その日は菖蒲さんの部屋には寄らずに解散となった。
 解散する前に、理子が、これから一週間ほど、ちょっと用事があるからサークルの活動は休止しようという旨を申し出た。

 まだ浅いつき合いの僕たちだから、理子が僕との時間の他にどんな用事を持っているのかなど分からない僕は、了解の旨を伝えてその場を立ち去った。次に理子に合うのは一週間後の菖蒲さんの部屋でということになる。

 でも、まだ浅いつき合いの僕たちだけど、先ほど理子に手を握りしめられた時に感じた理子の体温は、ある種の近しさを持って、僕の全身に残留していた。
 まだ、明確に言葉にはできなかったけれど、その温かさから、何か、僕は広くて柔らかい物に包まれるような安らぎを感じることができていた。

 後にして思えば、それは僕より遥かに重い負荷を抱えていた理子の、負荷者としての先輩の寛容さが、僕のちゃちな心を包んでいてくれたからだったのかも知れない。

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 本日の掲載はここまでとなります(^_^;

→前回:第一話「少女のケニング」8/「くだらない話」
→次回:『夢守教会(ゆめもりきょうかい)』第一話「少女のケニング」10/「リンゴの比喩」へ
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