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 今夏の最終話公開(予定)に合わせてブログにて再連載中のオリジナル小説『夢守教会(ゆめもりきょうかい)』の続きです(最初から読む場合はこちらの目次記事から)。
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 以下が今回掲載分の小説本編となります。


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 第一話「少女のケニング」16/「B級映画」


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「――」

 瞳を微かに開くと、後頭部がリンと痛んだ。
 徐々にだが、解体された意識が再構築されていくのを感じる。
 私は薄闇の中に横たわっている。直に肌に感じるこの冷たい感触は無機的なコンクリートの床。ひんやりとした空気が悪戯に私の触覚に刺さる。

――私はどうなった?

 冷静に、できるだけ冷静に状況を把握しようと私は思考を働かせる。
 まず、私は生きている。後頭部に何やら鈍い痛みが残っているが、とりわけ致命傷というほどの傷を負っているわけでは無さそうだ。
 その点に私は幾分安堵を覚え、次に私が思考しなければならない、ここが何処かということと、何故私はここにいるのかということに思いを巡らせる。
 幾ばくだが、窓のようなものから薄明かりが差し込んでいることに気づく。月明かりであろうか。自分が闇の中で視界を失わない理由が分かる。僅かばかり頭をもたげ、その薄光を頼りに周囲を見渡すと、何やら細かい蔦が絡みついた不衛生な壁面が見える。あまり居心地のいい場所では無さそうだ。
 周囲には色あせたロッカーに事務机、足の取れた安楽椅子などが放置されている。何か、長い間放置されている物置のような場所だろうか。自分は閉じこめられているらしい。
 私はゆっくりと体を起こし、膝を折り曲げた姿勢で冷たい床に腰を下ろすと、ジャンパー裏の二重ベルトに手を伸ばす。
 ある。炭素鋼のナイフは奪われてはいない。

――なるほど。

 モトムラくん、ストーキング、強姦といった単語が頭をよぎる。

「ぬかったな、私としたことが、どうやらさらわれてしまったらしいぞ」

 完全に自分の不注意だ。何者かにストーキングされていることは事前に知っていた。それなのに自分は深夜に一人で出歩いてしまった。いや、出歩くのはいい。そんなストーカー野郎に今の私の行動を束縛されるなんてまっぴらゴメンだ。問題は、先ほど背後に異質な気配を感じた時に、私の思考がすぐにそういった危険の可能性を考慮しなかったことだ。不用意で、そして鈍い自分が許せない。明らかに先ほどの私は冷静さを欠いていた。

「ったく……」

 私に冷静さを欠かせたその元凶の男の子の顔を思い出して私は床に拳をあてる。

「島谷、お前のせいだぞこの状況は」

 とは言ってみても始まらない。幸い私をさらった当人である仮称モトムラくんの姿はまだ見えない。用意周到にご馳走を頂く準備でもしているのかと思いを巡らすとそれはそれで鳥肌が立ったが、とりあえずの行動時間を与えられた自分は、この場合幸運だと思わなければなるまい。私がすべきは、モトムラくんが帰ってくる前に何らかの脱出手段を講じることだ。

「人生も残り半年という所になって、私もとんでもない経験をしているな」

 こんな経験、B級映画のヒロインでもなければそうそう味わえないぞ。
 キシリと、立ち上がる動作で軋む床の音を聴きながら、私は腰裏から炭素鋼のナイフを抜き放つ。
 選択肢の一つとして、このままこのナイフを私の喉元に突き刺すというのもありだな、そう思ったからだ。
 もともと自分の納得がいくタイミングで死ねるように携帯していたナイフだ。いざ、強姦されそうな身になって、純潔を守るために自害したというのなら、それはそれで中々に物語的でステキな最後ではなかろうか。
「しかしなぁ」
 何故だろう、微塵も、私はナイフを喉元に突き立てる気にはなれない。

――結局、私という人間にも未練があって、残り半年あまりの生にすがっているということなのだろうか。

 まだ、死にたくないんだ、私って。
 私は自嘲的な気分になる。
 それにしても、強姦とはバカなヤツだ。今の私に種付けたとして、子どもは生まれない。生命が誕生するまでには、十ヶ月余りの時間を要するから、もはや半年あまりの時間しかない私は子どもを生む母体としては不適合者だ。そんな生物的に母親に成り得ない私を遺伝子を刻み込む相手に選ぶなんて、本当にバカだ。
 そこまで考えたとき、ギシリと不快な音を立てて、眼前の扉が開き始めた。
 扉が開き切り、そこに現れた醜い男を知覚した時、私はそこまで思考していた私の考えが間違っていたことを理解した。
 別に遺伝子を後世に伝える気などさらさらない。ただ、一時の享楽の自己発露の相手として、コイツは私を選んだだけなんだと、その男の濁った瞳を見た時に私は悟ったから。

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 本日の掲載はここまでとなります(^_^;

→前回:第一話「少女のケニング」15/「自分」
→次回:『夢守教会(ゆめもりきょうかい)』第一話「少女のケニング」17/「ドア」へ
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