『仮面ライダーオーズ』最終回の感想です。
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 欲望(お金とか資本主義)を否定まではしないで終わるのだろうと思っていたんですが、会長が最後に現在の行き詰まった世界云々言い出して、この人、欲望が生んだ現在の世界が歪んでること自体には自覚的な上で欲望欲望言っていたのかと、その辺りは意外でした。ただの頭のネジが振り切れた欲望OK主義者の人かと思っていた。そこは自覚的な上で、でも行き詰まった世界を改めていくためにも、欲望は必要、というのが社長の持論。

 この辺りのお金とか資本主義にも良いところあったでしょ的要素が、最後里中さんがやってくる所で表現してたのが熱かった。

 「ビジネスですから」

 最終回までブレないこの人は熱い。ここ、作品的に重要な箇所だと思うんだけど、里中さんが担うのかよ! とテンション上がりました。お金とかビジネスとか資本主義とか追求し過ぎると、人間は労働商品になってしまって共同体から切断され、人間の尊厳がなくなっていく……とはよく言われる言説で、それはその通りだと思う。しかし、お金やビジネスで何も救えないのかと言ったら、それも違う。里中さんは定時に帰るし、上記の言い方なら労働商品な人間だし、生き方もビジネスライクだけど、それでも世界の危機では一緒に闘ってくれる。あくまでビジネスライクにだけど。

 けれど、こういう欲望(お金とか資本主義)も大事でしょパワーをマックスにした、映司のプトティラでセルメダルマックス攻撃は、ラスボスさんには通じなかった。で、じゃあ最後にどうするのか、という所で、アンクから映司への「交換」ではない、無償の「贈与」が行われる。

 あれだけ契約だ交換条件だと、資本主義の原理を言っていたアンクが、最後には自分の生命そのものである最後のコアメダルを映司に贈与する。何故なら、自分はもう満ち足りていたから。終盤特に欲望の化身としてメダル(お金)を追うだけのグリードという存在にアンクが嫌気がさしてきている描写が豊富だったのだけど、気が付けば自分はそれだけではないモノを手に入れていたのに気付いてしまった。それだけは守りたいものだから、自分の生命を映司に託してもいい。利己主義者が最後に取る他己主義的行動に、今までの言動が説得力を持たせているのが良い。

 そうして最後に使うのがタジャドルコンボなんだけど、ラストはタジャドルかよ的熱さも凄かったけど、アンクの幻影がタジャスピナーに変わる演出もカッコ良かったよ。映司が欲した力(助けられる腕)、一人の時は届かなかったけど、今はアンクの腕もある。タジャスピナーが腕に装備する玩具だったのにも意味があったし、だからこそ最後に制御できなかったプトティラメダルが、タジャスピナーでなら使えるという逆転カードも熱かった。中盤の何気ない玩具が最後の切り札というのは熱い。

 そうして、アンクは一種の汚れを全部背負って退場。ラスボスさんを倒すために自分を贈与してまで最後の力を貸したけど、映司がこれから求めていくべき力、求めていくべき「腕」は自分のような腕じゃない。最後に映司がつかむべき腕は、後藤さん(仲間)の手。

 映司が求めた「世界を救うためにどこまでも届く腕」。「一方的に手を伸ばして届かないと嘆くのではなく、自分も誰かに手を差しのばされる存在であることを知る、救われる側からも手を伸ばせばより届く」「伸ばすだけではなく、手を繋いでいけばより遠くまで届く」という解答は上手い。そのメンバーの中に里中さんなんかも入っているので、上手くお金とか資本主義、無償の人間関係、両方を否定しない感じでまとまっています。

 ラストシーンは、序盤では資本主義のネガティブ要素的な側面もあった、「画面越しの通信」が、「人を繋ぐ道具」としてポジティブに裏返って終劇しておりました。再び旅に出たらしい映司の持ち物が、「パンツとiPad」というオチ。今度は、誰かを助けないといけない状況になっても、通信してみんなの腕も借りる、という選択も選べるようになったのかもしれない。

 オチも、第一話の一人では持ち上げられなくて自動販売機に押しつぶされそうになっていたのに、ヒナが手を貸してくれたので、大丈夫だった、というシーンと重なると思うのでした。自動販売機にメダルにiPadにアイスにパンツにと、様々な象徴アイテム(欲望サイドと無私の信頼サイド両方)が散りばめられつつ、最後にそれらが一つの方向に集まっていく感じが良い作品だったと思いました。一年間楽しませて頂きました。

S.H.フィギュアーツ 仮面ライダーオーズ タジャドル コンボ
S.H.フィギュアーツ 仮面ライダーオーズ タジャドル コンボ

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