とにもかくにも東日本大震災で大変な一年でありました。
 ◇◇◇

 発生から一か月くらいはとりあえず食糧とか水、暖、眠る場所の確保などとにかく生き残ることで精いっぱい、何とか生き延びたい、母親を生かしたいというのが考えの中心でした。四か月間は仕事らしい仕事はほとんどできずほぼ無収入状態、その間生活費やら年金やらで減るだけ減っていくので、家具・家電の物損(テレビもPCも洗濯機も本棚も食器類もetcも壊れた)、自宅のダメージ(温水器大破、床水浸し、壁から何からまで要修復)の修復関係などを合わせて経済的に大ダメージでした。ようやっと家で風呂が使えるようになったのは夏頃。その後は瓦礫を片付けるのも大事だけど自分に貢献できるのは教育関係だろうと、地域の塾とネットで英語(と場合によっては国語)を教えつつ、とにかく少しずつ損害の補てんにあてていったのでした。それプラス介護は通常通り(よりも、デイサービス先倒壊など、依然よりも厳しかった)。おそらく、寿命が多少少なくなったくらい大変な年でありました。僕は津波被害や原発事故避難地域とは違うのでこれでまだ軽い方です。年が変わると、様々な条件でさらに経済的に困窮する被災地域の住民は増えそうで、年始から課題は山積状態です。

 ◇◇◇

 よかった経験は、もともと僕は語学教育とか言語学の人ではあるのですがそれがある程度役にたったこと。来年以降の潮流は英語できないと相当厳しいので、自覚的な人にはスカイプレッスンを中心にネットでもかなり教えられたし、地域で教えるのも震災で全国比的に他の地域と比べると勉強が遅れた子ども達に教えるというのは、それなりに意義があったと思う。学校施設の大部分が避難所になっていたので、春先まで避難所の手伝いしてましたとか、浪人したものの混乱で予備校入れませんでしたとか、そういう生徒さんばかりでした。受験が全てではないけど逆転してほしかったので、若干ポリシーを横に置いて受験対策的なこともやってみたりして、現在、けっこうな生徒さんが受験と戦えるレベルまでは追い付き中。まじで一か月くらいの定期的な指導で40点→70点くらいにはなったりしたので、日本語教育とかに関してはそれはある程度専門家意識持ってたけど、自分、受験指導の才能もあったのか! と自画自賛したりもした。不定詞と関係代名詞(というか分詞を含む修飾のコツ)を集中的に教えるのがコツだよ!>全国の関係者の方へ。

 わりと、最近の若者は……的な論調が必ずしもそうじゃないなと思ったのも収穫でした。けっこう、根性がある学生さんが多い。わりとスパルタで指導するんだけどちゃんとついてきてくれるし、受験制度はダメだと言う人も多いけど、何となく言ってる大人よりも、随分死ぬ気で勉強してると思う。もちろん、たまたまそういう生徒さんにあたっただけの可能性もあるけど。

 ◇◇◇

 来年からは、引き続き語学・言語系の活動で身は立てつつ、やれること以外にやりたいことの比率も少しずつ戻していくつもりです。というか、両者を一致させるような結合点を今年は見いだせました。ちょくちょく書いていこうと思いますが、語学・言語系の教育とか翻訳を請け負ってマネタイズしつつ、防災や美術(これまでやってた風に言うなら創作活動)の集積もそこにあるような、昔の欧州の教会、日本の講(こう)みたいなの(ざっくりしたイメージだけど)徐々に作っていきたいんですよね(それのWEB社会バージョン。今年よく言っていたローカル&グローバルなもの)。だから、少しずつ自分でもまた何か作ったりもしますよ。あと、とりあえずお金もいるので、じゃんじゃん稼ごうとも思います。お金の意味合い自体が変わりつつあるご時世とも思ってるんですが、そういう話はまた機会があったらメルマガででも。拠点として買いたい土地と物件とか既にあったりするんだけど、まあ、かなり稼がないと難しいんだろうなー。そもそもまだ再起が先なので(瓦礫もとい、後回しにしていたので、部屋もまだ片付いたとは言えない、まだ色々散乱してる的。ようやっと、PC環境が新しくできて冬を迎えられた所)、先が長い話なんですが。

 ◇◇◇

 とまれ、現在様々な人たちに感謝の気持ちで年末を迎えられております。今夜は久々に紅白とか見る予定ですw(AKB48目当て!)。今年は家族はもちろん、友人・知人からブログの読者さんにまで本当感謝。来年も国内だけじゃなく世界的に様々な視点から大変そうですが、何とか生き残っていきましょう〜。