『まんがタイムきらら』連載の「けいおん!」大学生編。最新号(「まんがタイムきらら」2012年3月号)分の感想です。
 ネタバレありなので、コミックスを待っている方や、アニメ三期まで(あるなら)待つという方は注意です。
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 「大学生編」にも一本の軸があって、それは上昇志向の是非、みたいなテーマだという話を以前書きました。


けいおん!大学生編所感(ネタバレあり)


 そんな点から今回は重要回で、上昇志向が強い恩那組側のメンバーと、放課後ティータイムのメンバーとを、「シャッフル/交換/入れ替え」してみるというのが今回のお話。

 唯、澪、律、紬の四人は、果たして上昇志向を目指していくの(プロのバンドとかそういうの)か、そうではない別解を選ぶのかというシーソーゲームが描かれている大学生編なのですが(先輩バンドで先行して描きながら、モラトリアムの期限が迫ってるのを高校生編以上に切迫させた課題にしている。)、ここで重要なのは、四人が上昇志向に引っ張られていけば、必然的に残してきた梓とは別れ別れになってしまう、ということです。いわば、アニメ二期最終回(漫画版もだけど)の「ずっと一緒だよ」の反故。

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 ここで見つかる視点が、本気で上昇志向を追うなら、「メンバー、仲間」といったものは、代替可能であった方が強力に進めるということです。もっとギターが上手い人材がいるならそっちに代えて上へ、先へ。もっと容姿が綺麗なメンバーと組めるならそっちに替えて上へ、先へ。

 ただ、アニメ版のタイムリー感想でさんざん書いたのだけど、そういう共同体やそこに宿る「意味」を破壊してまで目の色変えて上昇志向を追うのに懐疑を向けたのが「けいおん!」という作品。

 少し話離れるようで関連する話として、瀬戸内寂聴さんの本に、革命後の中国に行った時に、寂聴さんが墓石でできた石段を踏むのを躊躇っている所に、革命時期に教育を受けた若者が「どうして進みませんか。これは物質です。」と言った、という話が紹介されています。

 瀬戸内さんにとっては、それは遺志であるとか一人の人生であるとかの「意味」がある墓石。若者にとっては何の「意味」もない物質。

 革命後の中国でどうしてそういう考えが若者に蔓延してたのかっていうのは説明すると長くなるのではしょるのですが、『けいおん!』がやっていた凄いことは、日常のどんなものにも「意味」や「輝き」を見つけてしまう唯という主人公を通して、あるいは若者が「ただの物質」といったような無価値観的世界、くだらないと言われる日常に、「意味」や「輝き」を取り戻す「物語」を描いた、ということです。

 革命後の中国の例とはベースが違うんだけど、夢追って上昇していって競争していくの最高的な、新自由主義とか呼ばれるベースの世界でも、いつの間にかあらゆる存在に無価値観が広がっていってしまっていたのじゃないか? それこそ人間にまで。墓石に意味を見いだせなくなったら、それは代替可能なただの物質ですが、それと同じように、あまりに代替可能であると、人間ですらその人間は無価値であるかのように感じられていってしまいます。

 だけど唯はそういうことはしない。

 アニメ二期OPのラストに唯が掲げる謎のマークは無価値観で染まった世界の中では、「ただの意味不明の記号」ですが、唯にかかれば「輝き」の意味があるシンボルになる。そして、その「意味」を保証しているのは、『けいおん!』を見てきて同じように感動や輝きを感じてきた視聴者たち、という共同体、共有体験です。

 これはメタなギミックの話ですが、『けいおん!』作中には、至るところにこの「共同体を受け入れることが『意味』を保証する。再構築する」という話が描かれています。梓が唯にもらった飴玉は、無価値観的世界でみれば「無意味なただの飴玉」ですが、放課後ティータイムという共同体に梓が所属しているからこそ、その共同体を大事なものだと自ら受け入れているからこそ、「大好きな先輩からもらった大切な甘さ」という「意味」が宿る。物語自体が「唯のこのままではニートになってしまう不安」というコメディ調の話から始まるのですが、唯自身が上昇志向と競争の新自由主義的な世界では無価値的な少女でも、「放課後ティータイム」という共同体に所属してそれを大事なものと自身も受け入れる(契約する)ことで、「みんなにとって大切な唯」という意味と輝きを獲得できる。

 ここで、


"「意味」や「輝き」を感じるためには、代替不可能な共同体が必要だ"


 という命題が一つは導かれます。

 個人的にはこれが『けいおん!』のテーマだろうと言ってもいいと思っています。

 だから、今回の「大学生編」最新話でも、メンバー交換自体は上手くいったんだけど、結局どちらのバンドも「元のメンバーでいこう」という所に落ち着くんですね。恩那組メンバーは実力はあるわけですから、とにかく上昇にだけ価値を置くなら、どんどん代替して、そっちのメンバーと交換していって上を目指せばイイ。それこそ高校にいる梓など置いて。だけど、結局唯、澪、律、紬はそういうことはしない。アニメ二期後半が、それぞれがバラバラに夢を目指すよりも、みんなが共同体(放課後ティータイム)でいられる場所を拡張していこう(部室だけから、ライブハウスや夏フェス、劇場版では海外もアリ)という方向に物語が進んでいくのと重なる部分ですが、「意味」や「輝き」のために、ある種の不自由さを受け入れてでも「放課後ティータイム」という共同体でいることが大事であることを知っているから。

 なので、他称「けいおん!」論壇みたいな所で時々言われている、唯たちが一緒の大学に進学したのがダメだとか、唯たちが努力してないのがダメだ、とかいうのは、自分自身が現実でそういう価値観で行動するのは良いとして、作品解釈としてはかなり的外れなわけです。

 上昇、競争、自由最高に向かう世界の中で、「意味」や「輝き」を守るために、ある種の不自由さを受け入れるという代償を払って、共同体(放課後ティータイム)を維持していく物語なわけなので。「努力してないからダメ」も同じ。努力にやっきになれば、自ずと各人の能力差は開くので、みんな一緒にはいられなくなっていく方向に進んでしまうのです。共同体は保持しにくくなっていくのです。努力を強く否定もしてないのでしょうが、そっちに行きすぎると、上述のように「意味」や「輝き」が失われた無価値世界に突入していきやすい。そこに物申している、というか、上昇したい方向性と、共同体維持の方向性とがシーソーゲームしてる作品なのです。

 なので、あまりに自分に無批判に「一緒の大学に進学したのがダメ」「努力しないのがダメ」という感情がふつふつと湧き上がってきたという場合は、それは加速したのはたかだかここ50年くらいで実際には一パラダイムに過ぎないであろう新自由主義的な価値観に、無意識で影響を受けすぎている可能性もあるかもしれません。

 「一緒の大学に進学したのがダメ」と言いたい人を例えば代弁してくれてる作品は、10年前くらいになりますが、『おジャ魔女どれみ』で、これは「それぞれの夢のためにバラバラ」エンドです。よく言えば「それぞれの夢の道へ」エンド。ただこれも10年前の作品で(当時は僕もこのエンドに共感しました)、現在は違う段階に入ってきていると感じます。

 その証拠に、昨年末発表された続編の小説『おジャ魔女どれみ16』では、バラバラの道に進んでいったみんなが、それぞれの深刻な問題を抱えて、一人ではどうしようもなく、ある種の不自由さを受け入れて、『おジャ魔女のみんな』という共同体と再契約するところから物語がはじまるお話になっています。魔法に頼らないで、自分の力でそれぞれの夢を頑張ろうで終わった10年前を裏返すがごとく、もう一度魔法を手に取って願おう、苦しいことがあっても一緒にいようか、というような出だしで、これはここ数年の傑作になる予感がしています。

 HDリマスターが話題を呼んでる『ガンダムSEED』も10年前の作品で中心的なメッセージは「カテゴリ依存からの脱却、個人化」で、当時やっていた『仮面ライダー龍騎』は個人を掲げて13人の仮面ライダーがバトルロワイヤルする話。

 ですが、『ガンダムSEEDHDリマスター』を見ても(映像面は凄くなってますが)、もう現在は個人化するだけじゃダメで、ある種の不自由さが伴うのが前提でカテゴリとどう共存していくかという段階だよなと個人的には感じますし、『平成仮面ライダー』も10周年作品のディケイドで一区切りつけてからは、個人化によるバトルロワイヤルから、ある種不自由でも共同体と再契約して一緒に頑張る話になっています(『W』は街という共同体、『フォーゼ』は部活という共同体と何やかやと付き合っていく。その中で色々な登場人物達が人間性を回復していく。)。

 少しサブカルチャーな領域だけを見ても10年前と現在ではメッセージが変わってきている(当然作り手は世相とかも一生懸命考えて作っている)中、『けいおん!』はその中でもかなり最前線を行っているなと思っているのでした。その他たくさんある四コマ漫画の中で、『けいおん!』だけがそれこそ代替不可能なごとく飛びぬけているのには、メディアミックスでプロモーションされてる以外にも、作品の力としてやはり何かがある。「けいおん!は生き甲斐」という言葉がネットで波及するのにも、やはり意味がある(上述のように人間性の意味や輝きの再構築という物語をやってるのだから、このフレーズはある種必然のように感じていました)。

 現実は様々な面で逆境ですが、うまく、こういう何故か東洋の島国で目覚めてる価値観と共に歩んでいきたいなと思っているのでした。

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