昨晩TV放映された『映画ドラえもん 新・のび太と鉄人兵団〜はばたけ天使たち〜』の感想です。
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 原作漫画を原典として、いかによくアレンジ加えたり、逆に原典要素を大事に残したりという視点からの感想はTJさんの感想がいいので丸投げで張っておいてみます。(え)

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 僕は何やら、子どもの頃は擦り切れるまで原作漫画読んでたけど、藤子F先生が伝えたかったのはこういう話だったのか、と大人になってから観て、今回しみじみと感じ入った部分がありました。

 中、高、大学、その後と、世界の歴史とかある程度勉強してから見るとようやく深さに気づく感じだったのですね(原作よく読んでたのは小学生の頃だった……)。一つは植民地拡大競争の末に西欧(の思想・文化・覇権としておきましょうか)が支配的になっていった世界史に対する、風刺みたいな要素もある作品だったのね。この手の話がなされるときは、その流れと不可分の(少し狭い意味での)合理主義と科学技術文明の話がセットなので、鉄人兵団が科学技術の産物であるロボットである点も、重要なシーンであるしずかちゃんの「人間は時に合理的じゃないことをするんだ」という趣旨の語りも、何というか、ああ、藤子F先生は考え抜いていたんだな、と今更感動しておりました。

 メカトピア創世パートでリルルが最後にインプットしたものとして描かれていたものですが、そういう支配とか階層とか競争とかの流れの中において忘れてはいけないもの、ベタな表現になりますが「他者を思いやる心」という感じでしょうか。リルルがピッポを直した時の気持ち、のび太がピッポをかばった時の気持ち、しずかがリルルを治療した時の気持ち、ピッポがのび太をかばった時の気持ち、と重なりつつ連鎖していく感じで描かれ、ロボットだろうが人間だろうが大事なものとして「他者へのいたわり」があぶりだされていく、最後のピースとして収斂していく感じが綺麗。

 また、僕は藤子F先生の漫画って怖い要素は本当芯に来る怖さだと思ってるんだけど(手塚治虫や水木しげるなどの、戦争経験世代の偉大な漫画家達の作品に共通する本物さを感じる)、『のび太と鉄人兵団』も、原作漫画は本当ゾっとする怖さもあるんですよ(少なくとも僕には。ちなみに一番怖かった原作大長編ドラえもんは『のび太とアニマル惑星』。子どもの頃まじ眠れなくなった。)。そういう人間の怖さも背景に十全に描かれているから、だから「思いやり」のような当たり前のようなメッセージも重い。今回の新映画も、その辺りの感覚は切り取っていたように思います。支配と階層による差別で歌えなかったピッポに対して、ドラえもんがここにはそんな差別ないんだからというけど、その台詞が自省的で重い。エンディングは創世パートでの改変でメカトピアはユートピアになっただろう、的に表面上の語りでは結ばれていくけど、そこには例えば現実の今へ向けての、いやいや、現状の僕らも全然ユートピアじゃないでしょ、という風刺を強烈に感じてしまう。

 とりあえず、藤子F先生に改めて興味が出てきた体験でした。子どもの頃はどちらかというと手塚治虫をめっちゃ読んでた人だったので(ちょうど小学生の頃に漫画文庫が刊行されはじめてたのに乗った形)、藤子先生は有名作品でもけっこう読んでないのあり。ドラえもんの原作既刊をはじめ、有名どころからあたってみたくなったのでした。

大長編ドラえもん (Vol.7) のび太と鉄人兵団 (てんとう虫コミックス)
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