週刊少年ジャンプ連載分の「黒子のバスケ」220Q「忘れちまった」の感想です。
 ネタバレ注意です。
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 いよいよ「キセキの世代」という共同体が破綻に向けて進み始めている過去編「帝光編」。最近の扉絵の「もう戻らないみんな一緒だった楽しかった日々」の絵が切ないです。

 以前書いたこの↓感想記事の流れになってきてる感じ。


黒子のバスケ/感想/第1巻〜第16巻(ウィンターカップ桐皇戦決着まで)


 やっぱり破綻する「キセキの世代」の中で、黒子と桃井さんだけが続く紐帯を願っているのだけど、現実は厳しい。競争世界の中で卓越した個が可能なら、人と人との連帯とかチームとか、いらないんだ。

 黒子のバスケシーンでの「パスを回す」役割は、人間関係パートでの「人と人とを繋ぐパスになる役割」に比喩的にかかっているので、ここでもう黒子のパスをどうやって取るか忘れてしまったと青峰が語るのは上手い。まず一人、青峰が共同体から抜けてしまう(精神的な意味でも、もう練習に参加しなくていいという物理的な意味でも)。

 続いて同じく卓越した個が開花しはじめた、紫原君の反乱。競争世界は個の実力が全てだとするなら、自分より弱い赤司君の言うことなんか聞かないよ!

 ただ現在パートの話を参照するに、ここで赤司君が敗北することはなさそうですが、そんな赤司君も、こっちは親から競争世界での絶対勝者を期待されているという切なさ。黒子と桃井さんは、理想論的に「みんな一緒」を願っている。あるいは、青峰だって赤司君だって、年相応の少年のように、友人との連帯を望む気持ちはあったのかもしれない。だけど現実は厳しい。世界や社会の仕組みが競争や弱肉強食なんだからと、そんな少年たちの気持ちは周囲の様々な圧力+個人の才能開花という状況のもと、徐々に断絶へと向かわせられていってしまう。連帯とかいいから、個として超人となって勝ちなさい。それが、正しい。そしてそれが正しいのなら、個としての限界を補うために「パスを繋ぐ」という黒子の能力は、意味がないものになってしまう。「帝光編」の向かって行く先は現在編で明かされている「中三の全中」かと思いますが、黒子のアイデンティティクライシスもこの先待ってると思うと悲しい。

 そして、そんな破綻の後にこそ、現在編で黒子と火神という「信頼の連帯」を軸にした誠凛高校が、バラバラになった「キセキの世代」を一人一人倒していき、「キセキの世代」たちも新しい何かが始まりはじめる……という作劇なんですが、それで、現在編では残るは赤司君だ。

 この過去編を読んでくると、赤司君は絶対勝者側の最右翼の敵キャラというよりは、救済対象なんだよな。親からすら義務付けられていた「勝者であり続ける是」から赤司君を解放してあげるには、黒子と火神で赤司君を一度ブチ倒してあげる必要があるという感じだと思うのです。

 あと付記として、桃井さんが青峰と黒子のどっちとくっつくのかには興味深々。「過去の再生」の作品全体のテーマを優先させるなら、過去から縁がある青峰とくっつく気がするし、でもだからこそ、「過去と決着がつけられたから新しい関係に進める」と描くなら黒子君という気がする……。

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黒子のバスケ/第1巻〜第16巻(ウィンターカップ桐皇戦決着まで)一気読み時の感想へ