ネタバレ注意です。
前回、能力を失った状態でも黒子の精神面をリスペクトしている火神と、能力のみを評価して黛の精神面を見ていない赤司くん、という対比がある、ということを書きました。
それが今話で黒子の「覚悟」という言葉で表現されていた感じで、表面的な能力などでは黛さんの方がアップデートされた存在なのだけれど、精神性で黒子の方が上回っていた、というような形。
「見えている」が能力の赤司くんに対して、「見られない」が能力の黒子、という対照もある作品なのですが、赤司くんが見えてなかったのは「心」ということにもなりそうな展開。過去編で敗北者萩原シゲヒロの内面をまったく理解しようとしなかった赤司くんに対して、萩原シゲヒロの内面を、心を受け取って継いだ黒子、という部分にも重なってきて上手い。
また、黛さんの精神面を描写していたのは「ライトノベル」を読んでいたシーンなのだけれど、同じ本を読む設定でも、黒子が好んで読んでるジャンルって、何か劇中で描写されてるんでしたっけ? これで例えば黒子がもっとメンタル的にハードなジャンル(ロシア文学とか、比喩表現なんである程度感じられたらなんでも良いのですが)を読んでるとかだったら対比としては完璧なんですが。ラノベが精神力形成の上で軽いのかどうかとかは置いておいて。
→前回:黒子のバスケ(ジャンプ連載分)249Q「こっからだぜ」の感想へ
→次回:
→前回:黒子のバスケ(ジャンプ連載分)249Q「こっからだぜ」の感想へ
→次回:黒子のバスケ(ジャンプ連載分)251Q「まだ必要だ」の感想へ
→黒子のバスケ/第1巻〜第16巻(ウィンターカップ桐皇戦決着まで)一気読み時の感想へ
→『黒子のバスケ』感想の目次へ">黒子のバスケ(ジャンプ連載分)251Q「まだ必要だ」の感想へ
→黒子のバスケ/第1巻〜第16巻(ウィンターカップ桐皇戦決着まで)一気読み時の感想へ
→『黒子のバスケ』感想の目次へ














































