『ガンダムビルドファイターズ(公式サイト)』最終回の感想です。

 7話以降は感想書いてなかったので、最終回感想というより全体のまとめ的な感想。

 記事中はネタバレ注意です。
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●VSアイラ

 『Zガンダム』のフォウにしろ『ガンダムSEEDDESTINY』のステラにしろ、強化人間的な少女をどうやったら救えたのかというようなお話。

 他に「居場所」があれば良い、というのは時代性とリンクしてる感じで良かったですよ。強化人間どうこうほど大仰な話じゃなくとも、やりたくないことをやらされている場所にいて精神的にまいってる人に対して、解法はあるのか、くらい一般化しても観られた感じ。

 「セイの家にくればいーじゃん」というのは現実的になかなかそうもいかないだろ、とも常識的には思いつつ、考える枠組みを広げれば選択肢はけっこうある、という意味では実際楽になる考え方。現実でもさ、シェアハウスとかでいいなら月数万とかだし、僕なんぞ学生時代月1万ちょっとの所に住んでたし、スタンダードと違っていいと割り切れば、住居という意味での居場所はけっこう捻出可能。

 「居場所」は何かと描かれていたと思う作品。セイの実家のガンプラ屋さんからして、ネット通販もやってるとか描写が豊富で、視聴者が自身を投影しながら精神的に豊かになれる居場所の一つ。あと序盤のガンダムバーにたむろってる大人達とか。世間の目に合わせるとダメな大人なんだけど、精神的に擦り減って病んだり狂暴化したりするよりは、ああいう好きなものに囲まれた「居場所」にいた方が、ダメ人間と思われるリスクを差し引いても幸せな生き方に思える。

 「小説家になろう」の小説とか、最近の消費者からの嗜好の一つに「異世界に転生してそこで自分らしく生きる」みたいな作品がけっこうあると思うのだけど、あれも現実の居場所が苦しい人が、虚構世界に理想的な「居場所」を求める、的なニーズを汲んでるのかなと思っておりました。

 『ガンダムビルドファイターズ』はそこまで逃避的じゃない結節点を描いていた感じ。シェアハウスでガンダムグッズ通販しながら生活とか、日中会社務めでも夕方〜夜は趣味仲間のバーに集うとか、現実でも「居場所」の創出は選択肢として可能。


●VSメイジン・カワグチ

 上記の歴代ガンダムシリーズの「VS強化人間」を本歌にしたアイラ戦もそうだけれど、歴代作品をオマージュとして絡めながら、この作品なりに描きたいものを描いていた作品。

 とりあえず、僕の『ガンダムOO』最終回の感想にリンク張っておいてみます。

 『ガンダムOO』のGNドライブには「一人(独り)の人間」みたいな象徴的な意味があって、劇中後半のダブルオーガンダムは、これを二つ装備してるのです。だから、一人と一人、二人の人間が協力・対話した状態なんで、謎のダブルオー空間を使った対話機能を備えている。

 なのだけど、最終回ではダブルオーガンダムのGNドライブは二つに別れちゃって、片方はリボンズのオーガンダムに、もう片方は刹那のエクシアに、結局、一人対一人として、戦い合うしかない、人と人とは解り合えない、というエンディング。もっと言うと、そこにマリナ様からの手紙(対話の大事さを説いている)がかかってくる、という演出が切ない、という作品。ああ、やっぱり人は孤独で、解り合えないんだ、的な。

 で、『ガンダムビルドファイターズ』、決勝戦のメイジン・カワグチ(というかユウキ先輩)の機体がガンダムエクシアで、最後の最後に印象的にGNドライブ一つが装着されるシーンが描かれるのね。これ、『ガンダムOO』も観ていた人向けで上手いな、と。あの時点でのメイジン・カワグチは一人で戦ってるって描写だと思うのですよ。

 で、それに反撃を開始する所で前期OPテーマ「ニブンノイチ」が流れ出して、セイとレイジは「二人」で対抗するんですよ。もう、歌詞と映像もリンクしていて熱かった。ある意味、最後は(劇場版のぞく)一つのGNドライブを背負ったエクシアでリボンズに一人で向かって行くしかなかった『OO』超え。二人ならできるさ! 的熱さ。

 2011年以降、一人でどうこうするフェーズは終わってると感じていたので、このラスト2に非常に共感したのでした。

 なので、最終回の一人でも戦えるようになったことをセイの自立・成長として描く所まではいらないんじゃとも思ったのですが、こっちはレイジはファンタジーとか虚構とか、そういうものの象徴要素も含んでいるんだと解釈しなおして納得。僕の他の感想記事とかも読んでる方向けに言うと『スマイルプリキュア!』に近い。メルヘン的助力者であったレイジとは、最後にはお別れして、その次は現実の世界で、メルヘン的なもの(本作で言うなら趣味的なガンプラとか)を体現していく、というフェーズに入っていく。メルヘン的な時間に出来た仲間が、現実のその後も糧になっている、という辺りも『スマイルプリキュア!』っぽい。

 堪能した作品でした。虚無感がつのり、それを反映するかのように統計上の自殺率も高いし、あるいは居場所がない人も多い無縁社会だよ現代、みたいな状況を改善していくにあたって、趣味的な動力が突破パワーになり得る、と、このメッセージはこのメッセージでありだな、と共感したのでした。





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