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 アニメ『クロスアンジュ 天使と竜の輪舞(公式サイト)』第2話「まつろわぬ魂」の感想です。仙台にて地方遅れ視聴中。

 ネタバレ注意です。
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 何かと「消耗品」という感覚が意識された1話。消耗品というか、あっけなく消費されてそこ(それ)にかけがえのない価値なんて、ない、という感覚。

 ファーストキス、食事(象徴的にはココが大切にとっておいたプリン)などなど、たいして価値なんてないもののような扱いを劇中で受けている。前の戦死したライダーの服を着る、というのも、ここではライダーの命なんて消耗品って感じだし、ラストでは本当消耗品的にあっけなくココ死亡。

 この辺りは、全部第1話で代わりの子供を産めばいいってお母さんに言って、ノーマを消耗品、代替可能品的に扱ってたアンジュの行い、意識がそのまま返ってきてるのだよな。で、実際そんな消耗品的に生命は死ぬ世界なのに(ココ死亡の図も、生命が死んだというよりも、ドラゴンさんが消費した程度の感覚になってると思う)、第1話で何「完璧な世界」とか言ってたの、という。

 で、実は「完璧な世界」の外はそういう何かを消費して何かが生き延びる、誰かを殺して誰かが生きる的な「世界」さ、という所で、次回第3話、アンジュがドラゴンという生命を殺す展開のようなので楽しみ。

 これは、単純に福田監督(今回はクリエイティブプロデューサー)がコンテ切ってるから似てるっていうのもあるのかもしれないけど、次回予告とかのヴィルキスがドラゴンにブレードぶっ刺して殺す絵が、めっちゃ『ガンダムSEED DESTINY』第34話「悪夢」(感想)のシンがインパルスのソード一本でキラのフリーダムに突撃する絵に重なってね。綺麗事的に(映る)世界観に対して、んな綺麗事じゃないだろ、ブっ殺すみたいな感覚も重なる絵な気がして、こういうのは文脈演出として成立すると思ったのでした(というかこの絵はそもそもシンのソードで突撃も、無印『ガンダムSEED』最終回のキラがフリーダムでビームサーベル一本でラウのプロヴィデンスに突撃の絵と重なる感じになってたりで、文脈が色々感じられる絵なのです)。

 ゾーラさんが既に言ってたけど、「完璧な世界」の世界観と「殺して生きる」世界観(アンジュが両方観る、というか交差することになる世界観と思われる)はどっちがVividだったり幸せだったりするのかっていう、けっこう危険球な辺りも平然と扱っていて、攻めてるなと感じてる作品。

→Blu-ray



→オープニング主題歌

禁断のレジスタンス
水樹奈々
キングレコード
2014-10-15


→前回:『クロスアンジュ 天使と竜の輪舞』第1話「堕とされた皇女」の感想へ
→次回:『クロスアンジュ 天使と竜の輪舞』第3話「ヴィルキス覚醒」の感想へ
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【関連リンク】

→当ブログの『機動戦士ガンダムSEEDDESTINY』の感想はこちら
『機動戦士ガンダムSEED』の感想はこちら(大昔のHTMLWEBサイト)